EX1:side~スフィア~
予想以上の難産っぷり。
途中でブラウザの強制終了をくらい、最初からやりなおしなどの苦難に耐えてお送りします。
side~スフィア~
その日。
勇者召喚の儀が行われる。
生まれてからずっと、わたしはこのために生きてきた。
第3王女という、政略結婚程度にしか道のない役立たずのわたし。
王族という血統が受け継いできた潤沢な魔力で、勇者を呼び出し、籠絡する。
それだけが、わたしの存在意義。
(これが失敗すれば、17年後……)
失敗すればいい、という思いはある。
だが、成功しなければならない。
これさえも失敗してしまえば、わたしの居場所なんてどこにも存在しなくなるのだから。
「―――――――」
儀式は簡単。
床に刻まれた魔法陣に魔力を流し込むだけ。
詠唱も必要がなく、すべて魔法陣がやってくれる。
「あ……」
魔法陣が光の柱を生んだ。
やがて、光は収束していき、一人の青年が現れた。
「勇者様、この国をお救いください」
彼は黒髪黒目の、同い年くらいで、わたしとしては少し安心した。
戸惑う彼に名を名乗り、謁見の間へつれていく。
勇者様は廊下をずっときょろきょろ見回しては、ため息をついたり、頭を抱えたりしていた。
どうしたのだろう、と思いながらも謁見の間に彼を連れていく。
~謁見の間~
勇者様が部屋の中へ入っていくのを見て、わたしも後を追って、王族の立ち位置まで歩いて行った。
謁見の間には、王族や上級貴族、団長、副団長階級がすでに集まっている。
いくつかの説明の後、王家に代々伝わる聖剣が勇者様の前に運ばれてきました。
――――しゃらん、と。
お人形としての、本格的な役割の始まりを告げる音がしました。
「契約は完了した!
今代の勇者、アキラの誕生だ!!」
「そんなっ、契約!って? まだオレは勇者になるなんて――――!」
謁見の間に拍手が鳴り響きます。
わたしは少し遅れて、それに続きました。
「ふん。わめくな。
≪腕輪よ、その力を持って契約を知らしめよ。コンライス≫」
服従の魔法の行使により、勇者様は倒れてしまいます。
いきなりの事態に、わたしは驚きを隠せません。
正の鎖、負の鎖とは聞いていましたが、服従の魔法まで使うとは思っていませんでした。
契約が終わって、勇者様は部屋へ運ばれていきました。
謁見の間からは次々と人が出ていき、王族と宰相だけが残ります。
「スフィア。おまえの役割、わかっているな?」
「はい。わかっております」
「では、明日、勇者が起きたときからはじめよ」
そういって、お父様は会話を……命令を終えました。
もうこれ以上言うことはないと体現するかのように、わたしのことは眼中から外されます。
人形は役割を果たすのみ、ですね……。
~2日目~
わたしの役割、初日です。
朝、勇者様を起こしに行きます。
できるだけかいがいしく、人好きのするように。
そのようにしつけられたわたしは、そのことしか知りません。
「勇者様?起きていらっしゃいますか?」
「ああ、いるぞ」
「失礼します。おはようございます、勇者様」
「ソフィア、それは皮肉か?」
皮肉?
わかりません。どういうことでしょうか。
「そんなつもりは……」
わけもわからず嫌われては困ります。
なんとか弁解しようと、ベッドに腰掛けている勇者様に歩み寄っていくと。
「――――シッ!やっぱり、か……。クソ剣、消えろ」
「――――な、なにするんですかっ!?」
なにが、起こったんですか!?
え、いきなり、剣で斬られた!?でも、止まった!?やっぱりって!?
「殺そうとした」
「なっ!?」
「まあ、予想はしてたけど、やっぱりだめか」
どうして朝の挨拶を交わしてすぐ殺されかけたんですか!?
なのに、勇者様は平然と、顎に手を当てて考え事!?
「邪魔、するんだろうなあ、どうせ。はあ」
「ちょっと、無視しないでください!
なんでいきなり殺そうなんてしたんですか!」
「はあ?異世界に拉致されて、勝手に奴隷にされたのに恨まれる覚えはないとでも?」
「わたしは……その、知らなかったんです。
勇者様があんなふうに扱われるなんて……」
だって、わたしが知っていることは“役割”と、それを果たすための知識だけ。
それ以外は、なにも教えられていない。
「嘘くせー。オレの前にもいたから知ってんだろ」
「ほ、ほんとにっ――」
「それに、知らなかったからってなんになる。
オレを召喚したのはおまえだ。奴隷扱いじゃなくたって、オレはおまえを恨んでるさ」
「そんな……」
嫌われた……。
どうしよう……やっぱり、わたしは役立たずなの?
役立たず、いらない道具、また、あの目で、あんな目で見られるの?
「あーくそっ、泣くなよ!
こんなとこ見られたらまたオレが痛めつけられるかもしれねぇだろうが!」
「わぷっ、ちょっ」
すごく乱暴に頭を撫でられた。
初めて、だれかに触れられる温かさを感じたような気がする。
わたし、こんなことも知らなかったんだ……。
なんだかぽかぽかして、すごく気持ちいい……。
ついさっき殺されかけたというのに、のんきなことだと我ながら思う。
「……契約を果たせば腕輪は解けるんだろ。
真面目にやってりゃ懲罰もされないだろうし、やってやるさ。
クソ王にもそう言っとけ。ただし報酬はもらうってな」
あっ、手が……。いっちゃった……。
うん、勇者様のために、報酬についてはお礼代わりに話してみよう。
「で、何の用だ?」
「……ご飯です。従業員用の食堂まで案内しますから」
「へー。王女様は暇なこって」
「……えぇ、そうですか。知り合いがいない勇者様を気遣おうとしたのは間違いだったようですね。
メイドに任せますから気まずい時間を過ごすといいです」
「どっかのだれかのおかげで天涯孤独になっちまったからな。
人見知りを直すいい機会って無理矢理納得しないとなー」
「…………」
「…………」
「嫌味ですか?」
「嫌味ですが?」
少し、意地悪をしてしまいました。
でも、楽しいです。
こういう、だれかと気兼ねなく話すことなんてなかったから。
だから、今回は許してあげます。
「朝ごはんの後の訓練、地獄レベルにしてもらうようお願いしておきます」
しっかりがんばってくださいね?
~16日目~
勇者様は、グレン様に勝つほど強かった。
あれだけの凛々しい姿と鮮やかな剣技は見たことがない。
なかったのだが…………。
「どうして……?」
今では、グレン様にも副団長のリーゼロッテ様にも、騎士団の中で上位にいる人相手では負けてしまう。
またあの汗と聖剣で輝いて見える勇者様を見て見たかったのに。
頭を撫でられたときに感じた温かい気持ち。
戦う姿に感じた憧れ。
それ以来、何度も声をかけてようやく、わたしの方はわだかまりもなく勇者様と付き合うことができるようになった。
あくまで、わたしの方は、だけど。
勇者様は時々、わたしを睨みつけるような眼で見てくることがある。
最初、切りかかられた時よりは親密になれていると思っているのですが、道は遠いようです。
そんな中でも、一番の変化が。
アキラさん、とよぶようになった事。
勇者様、とよぶのはやめてくれと。
なんと形容したらいいのか、とりあえず怖い空気でそうお願いされた。
アキラさん、と呼ぶと彼は少しだけ嬉しそうにしてくれる。
でも、それは一瞬だけで、すぐに暗い表情に変わってしまう。
どうして、そんな顔をしてしまうんですか?
笑顔が見たい。
その、きっときれいだろう彼の笑顔が。
見れる日が来るといいな。
~19日目~
ついにアキラさんの実戦の日がやってきた。
なんでも、近隣の村から届いた山に住む魔物を退治してくる、というものらしい。
正体不明の魔物。
もしかすると、とんでもなく強いのかもしれない。
「でも、どうやってもアキラさんが負ける姿は想像できませんね……」
だから、わたしは彼が帰ってきてからの事を考えよう。
どうやって出迎えてあげようか。
どうやって疲れを癒してあげようか。
いろいろと考え、それに対する反応を想像するととても楽しかった。
しばらく会えない日々をそうやって過ごす。
彼が帰ってきてからの日々を思い描いて。
いまだ見ることのできない笑顔を想って。
「はやく、帰ってこないかなぁ……」
~22日目~
アキラさんが出ていってからもう3日目。
わたしは、謁見の間によばれていた。
「それで、勇者は今どういう具合なのだ?」
今日は、アキラさんがいない間に、アキラさんの民へのお披露目をどうするかという話のようだ。
「それが、城を出たところで見失ったようでして。
ノーマの村に行き、依頼を終えたことは潜入した魔法部隊からつい先ほど報告がありました。
今は帰り道の途中でしょう。
腕輪の力で探しますか?」
「それは明日戻ってこなかったらでいいだろう。
それよりもやるべきことがあるだろう?
勇者の披露会はいつにするのだ?」
「明日帰還した場合、その3日後というところではないかと」
今日から、4日後。
アキラさんがわたしたちの勇者から、この国の勇者に変わる日。
「では、そのようにはからえ。
次だ――――スフィア」
「はい」
お父様に呼ばれ、前に進み出る。
その顔は、いつものように厳しかった。
「勇者のいない今、おまえの印象を聞いておきたい。
あやつの籠絡はできているのか?」
「いえ、まだです」
声が、震えそうだった。
そのことを、忘れていた。
「どうも、ァ……勇者様はあまり女性に手を出されないようです。
城内のメイドも含め、わたし相手でさえ手を握ることすらありません。
どうやら、女よりも金、なお方のようです……」
必死で言葉を紡いでいく。
そうだ。そうだった。
「なにをやっている!
おまえの役割は勇者の召喚と籠絡だろうが!!
いつまでも金をせびられてはかなわん!」
わたしの、役割。
何の役にも立てないわたしの、存在意義。
「……申し訳、ありません」
「契約と痛みという負の鎖。
女と信頼という正の鎖。
その二つが揃って初めて、勇者を完全に操れるのだ!
負の鎖だけでは縛るだけ。
使える道具だが、最高の道具にはならんのだ!
勇者を最高の道具として完成させること!
それがおまえの役割だ!それを忘れ遊びほうけていたのか!?」
…………そうじゃないか。
わたしは、ずっとそのためだけに生かされてきた。
王家と勇者をつなぐもの、といえば聞こえはいいかもしれない。
でも実際は、勇者の慰み者で人形、王家の道具で操り人形。
わたしの本質は――――人形なのだ。
王家と勇者、そのどちらにも偏ることはゆるされない。
王家のために勇者を籠絡して。
勇者のために身体を提供する。
間に立って、勇者を間接的にだが王家とつなげる役割。
好意を持たせ、いいように操る。
人形がだれかを操るなんて、滑稽だ。
(わたしの役割は、お人形。
勇者に愛される愛玩人形であり、王家の意図|(糸)どおりに動く操り人形)
あんなに楽しかったのに、気づいてしまった。
気づかされてしまった。
そして、信じられなくなってしまった。
このためだけに生きてきたわたしは、今までアキラさんとどう接してきたか。
どこか温かさを感じたのは、彼に好意を持っているから?
それとも、そうなるようにしつけ、育てられてきたから?
わからない。
わからない。
(わたしは、お人形、考えなければ、それで……いい)
結論から逃げて、答えを出すことを恐れたゆえに、最初に戻ることにした。
アキラさんに知られないうちは、どちら側でもない人形でいい。
こんなわたしを知ったら、彼はなんと思うだろうか。
それだけは、怖いかな……。
アキラがすぐそばで、一部始終を眺めていて。
オレンジを示す光を確認していたのは、ついぞ知ることはなかった。
スフィアの諦め、アキラの≪サーチ≫。
順番が入れ替わっていれば、光の色も違ったのかもしれない。
それはもう、誰にも確認できないのだが。
~26日目~
アキラさんのお披露目の日。
討伐任務から帰ってきたアキラさんはフェンリルの牙を持ってきました。
だれもが驚き、彼をやはり勇者なのだな、と思いました。
そして、それ以来、アキラさんが急に冷たくなりました。
いきなり切りつけられようとした、あの日のように。
敵意の混じった、キツイ視線を浴びせられます。
これでは役割も果たせません。
それにこの3日間、つめたくされただけで、人形ではない生き方をあきらめきれなくなっています。
わたしは、弱いですね……。
それにしても、この急な変化はどうして?
わたしが、なにかしてしまったのでしょうか。
おまえが悪い、そう言われることが怖くて、なにも聞けません。
ですが、このままでは嫌です。
この式典が終わったら、勇気を出して、聞いてみましょう。
そう、思っていたのに。
「――――誓おう!
初代聖王家の志に仇なす、貴様ら現王族を殺す剣となることを!!」
「なっ――――!?」
「今代の勇者――――アカツキ・ヒガシは!
王家への反逆を宣言する!!」
仲直りの機会は、永遠に失われてしまった。
=====
国中に雷が降って、わたしたち王族と一部貴族は近衛の二人に守られながら城へと逃げ込んだ。
付き従うように走りながらも、わたしの頭の中は疑問だらけだった。
奴隷。
反逆。
その言葉がぐるぐるとめぐり、どうすればいいのかわからない。
「くそっ!この道もふさがれている!どうなってるんだ!」
「ダメです!この岩は壊せません!魔法で補強がしてあります!」
「これもあの勇者か……っ!くそっ!」
王城にあったはずの地下通路はすべて塞がれて、どこにも逃げることはできそうにありません。
(これは……ずっと前から……)
これは、ずっと前から計画していなければできない。
すべての道をふさぐなど、事前の準備が必要になる。
(アキラさん、いつからこんな……)
彼が聖剣を受け取ってからというもの、向けられていた敵意は、ずっとこれのためだったのでしょうか……?
冷たかったのも、これのため?
少しだけ仲良くなれたと思っていたのはすべて幻想だったのかな。
(痛い……)
ズキン、と響く。
そのこと自体に、疑問を持った。
お人形が感じるものなんてない。
愛されてうれしいか、めでられて喜ぶか、その程度しか許されない。
寂しいとか、辛いとか、そんな感情は……。
よくわからない何かに苛まれながらも、わたしたちは逃げ道を探し続けていた。
それは結局実ることはなく、たどり着いたのは謁見の間。
そこで籠城することになった。
すぐに、謁見の間にアキラさんが現れた。
そこにあるのは純然たる殺意。
それが向けられているというだけで、身体に怖気が走る。
彼はお父様を睨みつけ、銃を突きつけている。
奴隷にされたことに怒りを燃やし、契約の解除を迫っている。
その姿に、わたしはどんな感情を抱いているのだろう。
自分でも自分がわからない。
「――――待ってください!!」
「……なんだ?スフィア」
「どうして、こんなことを……?」
反逆。
これがなければ、きっと。
今頃は仲直りができていて、アキラさんの笑顔が見れたんじゃないか。
そう、思ってしまう。
「どうして!?どうしてだと!!
おまえらがそれを言うのか!!
オレを無理矢理召喚して!奴隷にして!
都合のいい道具として扱ってきたおまえらが恨まれていないとでも!?
心当たりがないとでもいうつもりか!?」
「それはっ……」
そうかもしれない!でも、わたしが言いたかったのはそういう意味じゃ……。
「言い訳はさせない!
オレから家族も友人も尊厳も奪ったくせに、おまえらはそれが当然のような顔をしている!
どうして!?
その言葉は、罪の意識がかけらもないやつからしかでない言葉だ!
そういう無自覚だからこそ、オレはおまえらを殺したい!!
誠意も謝罪もないおまえらをぶち殺してやりたいんだよ!!」
「…………」
向けられる殺意に、何も言えなくなってしまう。
すでに引き返す機会を失った、望んでいた未来への希望を捨てきれないだけ。
今この状況をどうにかしたいとは思っていなかった。
「それにな、もう遅いんだよ。
オレはすでに18000近い兵を殺したんだからな。
いまさらだ」
「そんな、何も知らない一般兵まで、殺したんですか……?」
「ふーん、どの口でいうんだか。
おまえら、魔物退治だけじゃなくてオレを戦争の道具に使うつもりだったろ?
それは、相手国の人間を殺しまくれってことじゃないか。
それこそ一般兵どころか民衆も含めてな」
道具。
その言葉に、はからずも共感してしまう。
人形であるわたしと、同じ。
愛玩人形であり、操り人形であることしか望まれなかったわたしは知らないことばかりだけど、似た境遇であることだけは理解できた。
だからこそ。
「もう、これ以上は、やめてくださいっ……。アキラ様……」
そう懇願した。
すべてに耐えられなかった時の、自分を見ているようで。
人形としての役割を放棄し、解放された自分の未来のようで。
見ていられない。
「これ以上、ね。おまえらで終わりなんだけどな。
ていうかさ、スフィア。君はどっち側なの?」
「……え?」
「おまえの“役割”は知ってる。
正の鎖だろ?」
その、言葉は――――。
「痛みや恐怖と言った負の鎖じゃなく、信頼や好意といった正の鎖の役割」
「なんで、知って……?」
一番、知られたくなかった事実。
知られたくない人に、知られてしまった。
と、同時に、気づく。
どうして、知られたくなかったのか。
知られても、別に問題はない。
身体を使って虜にすればいいだけ。
彼だって都合のいい女としてわたしを使うだろう。
それが……嫌?
(そっか。わたし…………)
お人形。
彼にだけは、そう思われたくなかった。
役割を知っている人はわたしをお人形として扱い。
そうでなければ第3王女として扱う。
勇者と王家のお人形か、王家のお人形かというだけで違いはない。
でも彼はそれを知らないから。
「君の行動が全部嘘で、クソッタレな王の命令だったとしても、オレはおまえに癒してもらったし、助けられた」
わたしも、癒されていたんだ。
助けられていたんだ。
アキラさんに依存するように。
逃れられないお人形の役割を果たしながらも、そうとは知らずに接してくれる彼に、助けられていた。
「君は、どっちの味方だ?
王か?オレか?」
この気持ちは、きっと――――。
「…………わたしは、アキラさんが好きですっ……。
最初は命令でしたけど、名前を教えてもらって、そう呼ぶたびに少しだけ嬉しそうにしてくれるあなたが、わたしにも嬉しかった。
わたしたちがひどいことをしていたって、分かりましたから。
人を殺させてしまったって、わかりましたから……。
だから、やめてください。
あなたの意志で、これ以上、だれかを傷つけないで……」
人形としての役割しか与えられず、それに関する知識しかしらない少女は、初めて感じた好意がどこか歪んでいるとは気づかず。
だからこそ、自らの内にうごめき持て余す、様々な感情はそのままに、その言葉を口にした。
初めての愛や好意も、同類と出会えた喜びも、この状況の恐怖も、人殺しに向ける敵意も、なにもかもをひっくるめたまま。
人形として、生きてきた彼女には。
気持ちの整理をつける、なんてことはできるはずもなかった。
そして、優秀な魔法である≪サーチ≫は、彼女の内にうごめく敵意をきちんと読み取り、主に報告する。
結果は。
「あは、あははははは!!
真っ赤だ!真っ赤なウソだね!スフィア!!」
スフィア・ペルヴィア。そのマーカーは、赤色。
「涙まで浮かべて。すげぇなぁ、オンナの演技って!
≪サーチ≫がなかったら絶対に騙されてたな!
あははははは!!」
どうして彼が笑っているのかわからない。
どうして演技や嘘などと言われるのかわからない。
「なにを……?」
「もう迷いはない。
クソ王サマ。契約の解除か、死か、選べ」
アキラさんはわたしから視線を外してしまう。
彼の眼に、わたしは映らなくなってしまった。
それが悲しくて、その原因がわからなくて困惑して、どうすればいいのか、どうなっているのかわからなくなる。
お人形としての知識では、どうすればいいのかは教えられていないから。
そうこうしているうちに。
人が殺され、拷問が始まり、すべてが終わりへ加速していく。
「≪契約の無効を宣言する≫」
「あははははは!これで自由だ!」
「よかったなアキラ。我もうれしいぞ」
その光景を、憧れを持ってみていた。
それと同時に、なにかがガラガラと崩れていくのを感じる。
もう彼は、自由となり、一個人となった。
お人形のままのわたしとは違って。
たとえ役割を果たせるとは到底思えなくなった今でも。
お人形としての生き方しか知らない、わたしとは違って。
彼は進める。
わたしを置いて、どこまでも。
「ああ、ありがとよリース。
……で、クソ王。約束通り、1人だけ選びな」
「子どもたちだけは助けてくれ……」
「なにいってんだ?1人だって言っただろうが。選べ。
自ら、子どもの生死を決めろ。
子どもの中で優劣をつけ、3人を殺し、1人を生かせ」
「………………アレク王子を、助けてくれ」
「「「お父様っ!」」」
予想はしていたが、やはり衝撃だった。
仲間からも、家族からも見放されてしまった。
役割をはたしている間は、見放されはしなかったけれど……もう終わりということなんだ。
「すまん……。しかし、王として、血を絶やすことはできん……」
「そうか、では。
王子――――死ね」
タァン!と一発。
大した会話もしたことがない、弟はあっさりと死んでしまった。
それに、もはや大した感情を抱かないわたしはまさしく人形なんだろう。
一般兵について責めたことも、アキラさんがそれをしたことが嫌だったのであって、兵が死んだことが嫌だったわけじゃないのだから。
こんなわたしは、人として壊れているのだろう。
次々と、人が死んでいく。
軽い音とともに、微かな悲鳴と恐怖が広がっていく。
でも、ただそれだけだ。
わたしを縛る檻と鎖が壊れていくだけだ。
残るは王族だけになったとき、アキラさんが闇属性の魔法を使った。
「≪ナイトメア≫」
悪夢を見せる魔法。
「「「「ぁあああああああああああああ!!!???」」」」
わたしの悪夢は――――不必要であることだった。
勇者はいない。
だから、わたしの存在に意味はない。
そんな世界を幻視した。
ただ生きて、死んでいく、そんな世界を。
「「「「――――はっ!?」」」」
解呪されたのだろう。現実に戻ってきた。
でも、ここもそう変わりはない。
わたしを望むものはすでになく、彼らはわたしを必要としていない。
王も、アキラさんも。
姉が、母が、また姉が、そして、父が。
それらの命が奪われていくのに、やはりわたしは何も感じない。
いや、少しだけ、あった。
解放されたことへの喜び。
解放されたことへの恐怖。
自由になれた。でも、生きていくすべなど知らない。
お人形としての生き方しか知らない。
そんな喜びと恐怖。
「さあ、最後だ」
「(びくっ!?)」
命を失うことに恐怖する感情は、残ってたんだ……。
どこか他人事のように、わたしは思う。
「第3王女。君がオレを召喚した。
奴隷にすると知っていて、使い捨てのコマとするためオレを召喚した。
奴隷契約を結ばせたクソ王も憎いが、君が一番憎いよ。
一時期、オレの心の支えになりかけただけに」
「…………もう、名前では……呼んでくれないんですね……」
それだけ。
目の前に迫る死ではなく、それだけが、心残り。
「そんなことを言いながら、テメェは今も、オレに敵意を持ってる」
「…………はい。でも、もういいんです。
家族を殺し、国を殺したあなたに敵意はあります。
ですが、もう、いいんです。疲れました」
それは本当だろうか。
気づいてしまったわたしは、それらが亡くなり、解放されたわたしは、今では敵意を持っていないのではないか?
ぐちゃぐちゃだった気持ちは、この光景を前に整理がついてしまった。
自分をお人形にした王族はすべて死に、鎖は消えてなくなった。
敵意を向ける相手はもういない。
好意を向けるべき相手だけ。
それが自身のものか、役割による強迫観念なのかはわからないけど。
この気持ちは、確かにここにある。
それがわかっただけでもう、すっきりした気分だ。
「勇者の慰み者という運命だった私は、この国の崩壊が嬉しかったのかもしれない。
やっと、解放された気分」
だから、この状況をつくり、わたしをお人形ではなくしてくれたアキラさんに感謝すらしている。
「そんな顔をするな!
オレはおまえの満足のためにやったんじゃない!
オレのためだけにやったんだ!」
「ええ。だから、あなたのためだけに私を殺して」
あなたに殺されるのなら、わたしはきっと嬉しいから。
「あなたは、わたしを縛る所有者だった」
アキラさんがくれる、最初の贈り物。
彼からもたらされる、死を、受け入れよう――――。
「あなたは、わたしを救う勇者様でした」
最後に見たアキラさんの顔はひどく歪んでいて。
心残り、もう一つ、あったなぁ。
一度くらい、笑顔が見たかったなぁ……。
スフィア・ペルヴィアは、人形ではなく、人間として。
死を迎えた。
これはスフィアをいい人にするための話ではないです。
彼女も彼女でいろいろ狂ってますからね。
そのように育てられたことに一番の原因はありますが。