下町娘から後宮侍女へ
直前で一部書き直したため、2回に分けました。
会話少な……。だったので、過去部分を足しました。
下町娘から後宮侍女へ
王が渉られるときと同じ様に割開いた扉を閉める前、ルークが備え付けのベルを鳴らす。
ベルは大小様々に幾つか下がっていた。それらは用途によって違う。音が鳴るのは此処だけだが、糸電話のようにピンと伸びた線を振動となって伝っていく。
耳には聞こえない音を察知して遙か向こうから明かりが漏れた。
「ミル行くわよ」
自分に言い聞かせるように、気合いの入った声だった。
ルリは一度ゴクリと唾を飲み込むと、カツカツと規則正しい音を刻みながら、その一点を目指して注意深く進む。
規則正しいその音は、騎士だったと聞かされれば、それ故の独特のリズムだと思えるから不思議だ。
白亜の後宮に繋がる渡り廊下の柱一つにしても細工が細やかで、高らかな日差しに影を落とす屋根の下、続くミルティーユは、物珍しそうに辺りを見回していた。
「ルリ様は、初めてではないのですか?」
「……」
聞こえないのか、返答がない。足音だけが反響していた。
ミルティーユが此処を通るのは、後宮入りした際と成婚の儀を執り行った際だけ。
後宮入りの時は、幼かったミルティーユをラヴァニーユが抱きかかえて渡っており、ドキドキが勝って景色どころではなかったし、成婚の儀に至っては城内の敷地にある礼拝堂まで、人垣が出来て居た。
「あの時のワンピース、部屋に置いたままね……」
景色の一部が記憶の引き金を引くかのように、想い出す。
6年前、春夏秋冬の庭を後にしたのち、同じ様に執務室に空間を渡って来た。
手を引かれ暫く歩くと、何処か店の女将と似たふくよかな女性が待っていて、ワンピースに着替えさせてくれた。
「まあ、可愛らしいお嬢さんね」
「//////」
お世辞にはにかむことしかできなかった。
「淡い金髪にははっきりした色が似合うけど、こんなに可愛らしいのだもの。このドレスがいいわね……って、陛下まだ居らしたんですか。殿方は禁制ですよ。お嬢様、あちらに行きましょうか」
女性はそう言って続きの間に、ミルティーユを導いた。
幾度か開かれたが、中の様子は窺い知ることは出来ない。
ラヴァニーユは、衣装部屋に取り残されたまま、待ちぼうけをくっていた。
後宮を11歳で去り、その後、マール家に一時匿われ、男だらけの近衛に入隊させられた。
そんなラヴァニーユは、女性の扱いが上手くない。
性格に問題ありなのだが、20歳の頃のラヴァニーユは、いまいち疎かった。
暫くして出てきたミルティーユは、愛らしいお姫様だった。
「歳は幾つだ」
「10歳になりました」
「陛下、何ですか!女性にはまず賛辞を贈って下さい。それに、年齢を問うのはタブーですよ!!!」
仏頂面の大男を凄い剣幕で叱りつける女性の言葉に、苦笑しているラヴァニーユは子供に見えた。
今までの緊張が嘘のようにフッと抜けて、笑うミルティーユをラヴァニーユは抱き上げる。
耳元で、照れくさそうに賛辞を述べた顔は紅かった。
「ピンクも似合うな……」
けっして、甘い言葉ではなかったが、褒め言葉だった。
がっちりとした腕の中はふわふわとしていた。
羽の様に軽くて、肌触りは柔らかい淡いピンクのワンピース。逃げ出した時、ミルティーユが着ていたその服は、今は下町の自分の部屋に仕舞われている。
あの服を見ていると嬉しくなってくる。それは、初めて目にしたときの気持ちを反映していたのか定かではないが、宝物だった。
あの服を着て、ミルティーユは後宮に囚われたのに、不思議な物だ。
微かに憶える深紅の絨毯が引かれていない其処は、今は静寂に包まれている。
初めて見る光景のように、ミルティーユはキョロキョロしていた。
サイドには池があり、川のように流れている。大きな蓮の葉がまばらに点在し、
縁はザラザラとしたガラス玉で彩られていた。
花は何処にもないが、春の匂いがする。
その匂いは扉を前にして濃くなり、其れが花などではなく人工的な香りだと悟った。
燦々と輝く太陽光ではなく、人工的な明かりが差しから零れる、固く閉ざされた扉の前でルリは立ち止まった。この通路の終点である。
固く閉ざされた強固な扉の前には兵の姿が見えないが、中には気配を感じる。
威圧感と緊張が相まって、ミルティーユは唾をゴクリと飲み込んだ。
久しく味わっていなかった緊張感は時として人を弱くする。
ミルティーユは今更、自分を胸の位置から足先まで見る。続いて前方のルリを見た。
ルリは伯爵令嬢らしく、モスリンの透ける生地で出来たエンパイア・スタイルのドレスを身に纏い、最も身分が高いミルティーユは、安物の生地で出来た質素なワンピース姿で頭には三角巾を被っている。
それも、華やかな柄物ではなく、清潔感漂う白だ。
もの凄く場違いな気がした。
しかし、時は待ってはくれない。
ルリは肺に一杯空気を吸い込むと、ハイトーンの凛とした声で解錠を求める。
「此方から申し訳御座いません。私はルリ・イア・エスピガと申します。兄オルジュの命により、王妃様の侍女となるべく参りました。どうか扉をお開け下さい」
「貴族紋を」
中からそう問われて、ルリは首から提げていた指輪と先程の書状を、横に設置された小さな扉の中へ差し入れた。
この扉は本来なら王のお渡りをお知らせする際に使用されるためのものに違いない。
使者は同じ様に通路を通り先触れを渡す。女は時間がかかる物だ。
そして、欲深く、嫉妬深い。
後方で控えていたミルティーユは、久方ぶりの後宮の外観を眺めながら、人ごとみたいに観察し、妄想を膨らませた。あれから幾たびもラヴァニーユはノワに逢いに渡り、仏頂面で愛を囁いたのだろうか?周りには、綺麗どころのお姉様方を侍らせ、寵を競って犇めくような女の園が広がっていたのでは無いだろうか。
ミルティーユの空想の間に、物事は淡々と遂行されていく。
「確認致しました。王妃様の件は聞いております。侍女を二~三人配置することも。良いでしょう扉を開きます」
「有り難う御座います」
差し入れた扉は窓口のように上へと上がり、女官の口元が見える。気配を察してか将又窓口の扉に仕掛けがあったのか、態々数センチから3倍ほどに開き問う。
長い指がスッと伸び、返された指輪を再び首に提げる。
「此方のお嬢さんは?」
その問いは、そんな事を考えるのは不謹慎だと窘められたみたいに、ミルティーユの背筋をゾクゾクとした電流となって、走り抜けた。そして、聞き流していた言葉を拾う。
ルリはミルティーユの腰を引き寄せて、隣に並ぶとにこやかに微笑んだ。
「侍女の方?」
「はい、兄付きのメイドのミルです。急遽配置するのに王妃様に年が近い方が良いかと選びました」
「ミルと申します」
「身元は確かでしょうね?」
「ええ。ミルは代々我が家に仕える家の出ですから。それに母親はギゥルレーク公爵家ゆかりの者で、近々正式に兄と婚約しますのよ」
ルリはしれっと嘯く。ミルティーユはあまりにするする嘘を吐くルリを真っ正面から観察してみたい衝動に駆られるが、現実はひくつく口元を如何に微笑ませるか。其ればかり頭の中を巡り、焦りの色が色濃く出ている。……結婚。突飛なルリの考えについて行けない。
「まあ、ギゥルレーク公爵縁筋なら……庇護も……お有りでしょう」
途切れがちの言葉に躊躇いと思案が入り交じる。低く吐き出された言葉は忘れ去った過去を呼び覚まし、夢から強制送還された。絵本のような世界はない。
一週間だったが女の園を垣間見ていたミルティーユは一抹の不安に駆られた。
出自不明として後宮入りしたミルティーユは、幼さも相まって、相手にされなかったのだ。
「今、開きます」
対応していた女官が短く告げると、禁断の園は解錠された。
まるで、劇の幕が上がるかのように。
読んで頂き、有り難う御座います。
度重なる部分修正や私の勉強不足により、言葉遣いや文章がおかしな点が多々あると思います。指摘して頂けると助かります。
もともと下手なので、今後進化するかは分かりませんが、お暇な時にでも読んで頂けたら嬉しいです。
次話で予定していた話の続きに気道修正予定。貼り付けしてちょこっと修正。
ルリに流されてるので、全然しゃべらないミルティーユですがヒロインです。
基本、ラヴァニーユと再びな展開にならないと、影が薄いです。
内容的には、修正前の方が好きなのですが……。だから、無理矢理服の話を次話に挿入しました。タイトルは「陛下の○○ですか?」です。ええ、タイトルでネタバレしてます。その代わり、間が開くので、城に来た当時のミユとラニーを挿入しました。余計、読み辛くなったと思いますが。
修正前の前話は「下町娘の後宮帰還」と言うタイトルで、王妃として後宮に乗り込みます。なので、ルークは出てこないんですよ。
「ミルは代々我が家に仕える家の出ですから。それに母親はギゥルレーク公爵家ゆかりの者で、近々正式に兄と婚約しますのよ」が要らないから。
で、今話が「後宮の秘密」でルリが暴露しまくる展開でした。
こっちはネタバレするので、ブログには載せません。
語るなら、ルリじゃなくてラヴァニーユがいいなぁとか思わなければ良かった。
ぐだぐだしてて申し訳ありません。お付き合い頂けたら幸いです。
実桜