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呉藍の薔薇  作者: 散花 実桜
一章  再会編
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伯爵令嬢の悪戯

伯爵令嬢の悪戯







案内役のルリは悪戯っぽく笑った。

「ミルティーユ様の事を暫くミルとお呼びしますけどお許し下さいね」

様付けは性分ではないのでコクリと頷くと、ルリは良かったとばかりに口角を緩めた。

今では下町娘で、ちゃん付けで呼ばれているのに、“様”と呼ばれるとこそばゆい。

七色の庭園のある故郷では生まれながらに様付けされていたが、限られた人と空間に置いてのことで、家族の中で女の子は誰でもお姫様になれるように、名前の代わりに姫様と呼ばれていたようなものだった。

箱庭で守られてた子供の頃、時を止めたかのように時代遅れの街で、ミルティーユは一人だった。親だと思っていたのは親ではなく、でも自分は時忘れの古の王族の正当な末裔で、田舎領主の娘だった。

国を変える力さえないのに……。一介の下町娘にはもう戻れない。

6年間が夢の出来事ではなかったかと一瞬思う。

故郷に戻れていれば、また違っただろうが、ミルティーユが去るのと同時に役割を終えた街は火を掛けられ消失した。

最初から、ラヴァニーユの花嫁になることは、本当の両親は知っていたのだろう。


ルリは丁寧な挨拶をした後、固まっていた。

王の女を見るのは初めてだった。そして、見事な細工を施したかのような瑞々しい紅色の薔薇の蕾が両耳に輝く。ミルティーユの格好とアンバランスな其れは、数年後には見事に開花するであろう容姿と比例したかのように、しっかりと閉じている。

「ルリ様?」

まじまじと覗き込むルリに、背をやや反らせて疑問を投げかける。

後宮勤めと言うこともあり、顔の手入れは行き届いている。メイクもナチュラルな感じで好感が持てる。

「すみません、無礼を。私は貴女様の臣下で御座いますから、様は必要ありません。

ただ、少しの間だけそう呼んで頂けると助かります」

ミルティーユより背の高いルリは、立ち止まったままのミルティーユに屈んで恐縮したように話しかけると、顔を歪めた。


ミルティーユとルリは、人通りのない3階の廊下を連れだって歩く。

重厚な扉が幾重にも連なり、細かな細工が施された彫刻や有名な画家が描いた絵画が等間隔で鎮座する。磨き上げられた柱にさえ場違いな姿が映り込みそうで、早足で通り過ぎた。

紅い絨毯にくぐもった音を響かせながら、場違い感丸出しで突き当たりの階段を降りる。

2階に差し掛かると活気に満ちた声が響き、国の中枢であると言うことを改めて感じさせた。ただ、黙して歩きながら1階が見えてくると、傍らに立つルリが耳元に囁いた。

「ここから先は巧笑なさって下さい。私が何を言っても驚く事をなさいませんように」

「……」

先程のやや砕けた感のある微笑みに反比例して、至極真面目に言うので、生唾をゴクッと飲み干す。

階段を降りた西側の突き当たりには重厚な扉が両脇に兵を抱えて建っていた。

見事な細工の扉の前で、ルリは胸元から4つ折りにした紙を取り出すと、読み上げる。宣言と言っても過言ではないほど大きな声は、この一体の異様な空気を薙ぎ払った。

「私はルリ・イア・エスピガです。兄オルジュの命により、後宮の新たな使用人として彼女を雇い入れるとの事です」

ルリはそう言うと、ラヴァニーユの黄金文書を無礼にも再度折りたたむとミルティーユの背を押した。ミルティーユは驚きをかみ殺しながら、常で身についたお辞儀をすると、重厚な扉はゆっくりと開かれる。夜が長くなり始めた若葉の頃の昼間。外からの強い光は、陰気な空間に強烈に差し込み、壁に掛けられた幻想的な天使ステンドグラスの七色を彼方此方に飛ばした。


重厚な扉を騎士2人の力で割り開かれた先。

まるで、王が伽のために渉るような。それ以上の緊張感を持って久方ぶりに開かれた扉の向こうは、甘酸っぱいような花の香りが漂う煌びやかな渡り廊下が長く続いていた。

「眩しい……」

あまりの目映さに桜桃の様な艶やかな唇から漏れた。

「良い天気ねミル」

と、ルリは返す。絨毯を失った石造りの床に、ルリのピンヒールの音が響いた。

反響して幾重にも重なる音は、教会のベルの様に静けさを薙ぎ払う。


幼馴染みの騎士が通り過ぎようとするルリの腕を掴み引き寄せると耳打ちした。

「この扉からとは珍しいな」

「ルークにも伝達が言っているでしょう?王妃様が帰城なされるので、兄付きとして召し抱えた彼女を急遽後宮へ送り込むんですって。で、私はその付き添い。でも、行く行くは王妃様の侍女になる予定だから、そのまま後宮勤めかしら//////」

陽気なルリに呆気にとられるルーク。幼馴染みとは言え、相変わらずの突飛っぷりに驚きと呆れが半々だった。「おまえなぁ~と」白い手袋を嵌めた大きな右手で顔を覆う。

赴任してきてからの“初仕事”が、侍女のために王宮から開くなんて……と、反対側の騎士は意気消沈顔である。花形であって花形ではない。僻地の門番の気分だった。

ルークは、図太い神経のルリを良く見知っているので、気を取り直すと正論を言う。

「まあ、急ぐならここからの方が近い。それに王が渡られるなら、安全チャックもした方が良いからな」

「それは、あなた方のお仕事でしょう?」

「お前もだろ」

「あら、私は今日付で解任されたわ」

「……王妃様が帰城なされるので、兄付きとして召し抱えた彼女を急遽後宮へ送り込むんですって。で、私はその付き添い?って言うか、同じなんだろう。でも、行く行くは王妃様の侍女になる予定だから、そのまま後宮勤めかしら//////ってお前もか?」

ルークは先程のルリの台詞を声まねしながら、時折突っ込みつつ反芻する。そして、驚きに目を見開いた。「鳩が豆鉄砲を喰らったって言う顔ね」としてやったりのルリを睨め付けた。女だてらに第5騎士団副隊長を務める4歳違いの幼馴染みを女としてみているのは、自分と親達とルリの兄ぐらいだろうと思っていたが、今は何処からどう見ても淑女である。何時もの濃紺の騎士服を脱ぎ去り、常にストロベリーブロンドの珍しい長髪を、きっちりと編み込んで巻いている。其処に飾り一つないが、華やかだった。

「悪い?こう見えても伯爵令嬢なのよ私!」

「知ってるよ。侍女って柄でもねぇのにな……気をつけろよ」

「有り難う」

にっこり微笑んで返す。その姿は、艶やかな後宮の住人、または主の様だった。

ルリの貴族としての顔なのだろう。喩え、身分高い公爵子息を前にしても、媚びへつらうことなどしない。

一方、身分差はあれど都の屋敷がお隣さんという間柄であり、兄貴分のルークとしては心配するなという方が無理であるし、其処に、他の感情があるかは本人にも理解し得ない。ただ、ルークを調査し報告書を認めるなら、ルリの幼馴染みルーク・ロイ・ギゥルレークは公爵家の次男で、まだ独身。仕事命で近衛第4騎士団に配属されていると言う事だけである。

「……副隊長お辞めになるんですか勿体ない//////」

静観していた傍らの兵士が、唐突にルリに話しかけてきた。

女性騎士は少ない。その中でも、さっぱりした性格で容姿も美しく伯爵令嬢なのに鼻に掛けないルリの信奉者は騎士団の中にかなり居た。

その内の隠れファンの一人だったのだろう。放心した状態で譫言の様に「辞めた……」と繰り返している。

その間に、ルークがミルティーユを見下ろす。怪訝そうに眉根を寄せる姿は、疑心たっぷりと言わんばかりだ。女性にしては背の高いルリの背に隠れていたミルティーユとルークとではオトナと子供位の差がある。

「そんな報酬貰って無理強いされたんじゃないだろうな?」

子供を哀れむように、ルークは盛大に溜息をつく。

ミルティーユは慌てて、両耳を覆い隠した。ルリがああ言った手前、王の女=妃だとバレルのは困るのだろう。ミルティーユ自身も後宮に長居はしたくないので、その方が好都合だった。例えば、街へ買い物に行かされたすきに、見事トンズラとか考えるとワクワクしてくる。

「ルーク人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。これは彼女の母親の唯一の形見なの!城に入るのには荷物検査やら何やら時間がかかるから、身一つで着て貰うのに付けさせたのよ!!!」

「……こんな上等な宝飾具を持っているならそれなりの家って事か」

「ご名答」

ルリはルークがミルティーユに話しかけているのに気付くと慌ててミルティーユに抱きつき、「女性をじろじろ見るなんて失礼ね」と付け加えてルークを威嚇した。

巻き込まれた感は否めないが、話の論点はずれそうだ。

「噂通り本当に副隊長と仲がよいのですね」

更に話に加わろうと、青年騎士が口を挟んだので、ルリの思惑通りに進む。仲がよい発言は少し照れくさいが。

「ただのお隣さんよ」

「はぁ?何ややらかすか分からないから、オルジュ同様見守ってやってるお隣のお兄さまに対してその言いぐさはないだろう?」

素っ気なく返したルリに、ルークは態とらしくジェスチャーを加えて落胆とその中に沸く怒りを表現した。

「お隣さん……幼馴染みですよね。羨ましい……」

「何処が羨ましいんだか。オレの疲れも知らずに」

ルークの愚痴等耳に入らずに、目をハートマークにして、職務そっちのけでルリを見つめる青年騎士。

「こんなところに長居は無用よ。行きましょうかミル」

「……はい」

頬をひくつかせながら、ルリは歩みを再開した。ミルティーユは大股でツカツカと歩き出したルリに追いつこうと小走りで追いかける。

追いついてホッと一呼吸した後、口から零れた言葉は先程の光景への賛辞だった。

「ルリ様は人気者なのですね」

先程の約束通り様付けで、間の抜けた台詞を吐き微笑むミルティーユは、後方を振り返った。その気配に気がついたルークは真顔で気にするなと告げると、騎士の目の前に手を翳したり「オーイ」と声を掛けたりしている。その光景が面白くてつい足を止めてしまう。

「ああ、こいつのことは気にしないでくれ」

「仕事にならないんじゃどうしようもないわね。一発気付けでもかましてやりなさい」

聞こえてないのかと、ルークは通る声を張り上げる。

すると、ミルティーユとは対照的に、過激な発言が飛び出した。

流石、副隊長を務めた人物である。

厳粛な筈の渡りの場所に声が響く。

「あっちではあんなとこから出すなよ」

「ルーク用のジョークだからしないわよ//////」

ルリは振り返ることなく手を振りながら、ケラケラと笑った。

ルークの向かいでは真っ赤な顔した年下の兵士が直立不動で固まったままだった。






全然、話が進まない。

しかも、予定外にルリとルークの話になりました。

内容的には「伯爵令嬢の企み」が正解ですが、何か悪役っぽい気がしてしまうので、悪戯にしました。

ルリは賢い!……のか?

当初予定していた話は、サイトのブログに同じ時間にUPしております。

勿体ない精神です。

あっちなら、すぐに本題に入れそうな内容なのですが、遊びたいのでこっちを書き直しました。

どうでもいい話ですが、最後に数行空白を入れた所為ではないと思いますが、予定していた話だと此処までトータル12167文字だったのですが、こっちだと13940文字……。あっ後数文字増える……。長くなってないか?



話は変わりますが、

予約投稿してる訳なのですが、その分まで含まれて文字数とか分数でるんですね。

書き手になって初めて知りました。


ちょっと、詐欺っぽい気がして心苦しいです。



此処までお付き合い下さり有り難う御座いました。




                    実桜




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