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呉藍の薔薇  作者: 散花 実桜
一章  再会編
5/35

王の心は秋の空

Wordで3P分ほど加筆しました。

ノワの話が増えてます。


王の心は秋の空





此処は、質素で無機質。人の訪れを拒むような、威圧感を放っている。

その後者は、主から発せられている者なのだが、慣れない部屋に其処まで思考が回らない。

ただ、何で今更という言葉が横切る。

だから、6年も放って置かれたのだから、大丈夫とばかりに切り出した。

「帰して下さい」

ラヴァニーユが指定席に座った途端、ミルティーユは懇願した。

距離を縮めるとは分かっていても、オークのデスクに手をついて頭を下げた。

耳元で囁かれなければ決心は揺るがない。

離れた今しかないと践んだのだ。帰ると言っても帰る場所はない。

「何処へ?」と聞かれたら答えられない。

騒ぎを起こしたあの街へは帰れないだろうし、故郷は……。

しかし、此処ではない何処かでの平凡な暮らしに未練がある。

帰城したことがココ侯爵にばれれば、契約違反になる。

ミルティーユは顔面蒼白で、対するラヴァニーユは憤慨している。

歳の割に若作りな顔に不快な色を浮かべて、太く重厚な声が執務室に響いた。

「無理だな。いい加減戻っても貰わねば困る」

「何故ですか?」

左手の人差し指をコツコツとデスクに連打し、イライラした仕草を隠しもせずラヴァニーユは大きく息だけを吐き出す。

「ノワ・ド・ココが死んだからだ」

「!?」

「……私の妃はミユだけだ」

再度、驚きで目を見開く。最後の言葉は乙女なら喜びそうな言葉だが今のミルティーユの耳には届かない。引けていた腰が身を乗り出す格好になった。

「ふん。だから無理だと言ったのだ……」

面白くなさそうに、其れで居て清々したとばかりに、ラヴァニーユは深い息を吐く。

そんな、話は初耳だった。其れもその筈。喩えココ領に住まう民で在っても、後宮に召された者の安否や近況は一切外部に漏れることはない。

それ以前に、貴族高官のごく一部を除いては、家族以外は知らない。不用意に知らせれば一族郎党皆殺しである。

スターニス王国の王家の男子は、外交に式典にと顔を晒すが、妃や姫に関しては秘されている。現王が婚姻しているのか否かすら知らされず、世継ぎを設けて公開されて、やっと、あの王は妃が居たのかと知るのだ。

その中に妃の存在は含まれない。

早い話、女官に手を付けて産ませても、公爵の娘を娶り子をなしても、同じ様に王子誕生の報だけが流れるのである。

但し例外がある。

本来は後宮の奥底に秘されているから滅多にお目にかかれる者ではないが、儀式を済ませた妃の耳には、育つ王家の石がある―――。

「当たり前だが私には世継ぎは居ない」

「……そうですね」

「言っておくが潔白だ。姫も何も子はおらん」

ラヴァニーユは相変わらず仏頂面のまま、連絡事項を淡々と読み上げるがのごとく、ミルティーユの目すら見ずに書類の文字を追いかけていた。

それには意外だとばかりに、口を開けたまま固まってしまった。




現王ラヴァニーユには6年前の時点で、2人の妃が居た。

1人はミルティーユ。もう1人は、ノワ。ココ侯爵の愛娘である。

ラヴァニーユはノワ・ド・ココと呼んだ。その事に不審に思いながらも、別の大きな事柄が気になる。

ミルティーユが最後に見たのは6年も前になるが、6歳年上の彼女は健康そのもので、病気とは無縁そうだった。

憎まれっ子世にはばかる―――。長生きしそうな性格だったとも言える。

最も敵に回して刃傷沙汰なら有り得るかも知れないが。

緩いウェーブのかかったブロンドの髪。歳に不釣り合いな派手目の化粧を施した侯爵令嬢。

「あら、貴女。何処の方かしら?御免なさい存じ上げなくて。勿論貴族の姫よね//////」

気位が高くて、成婚の儀で顔を合わせた時向けられた侮蔑の表情がミルティーユは忘れられない。

社交界が大好きで、毎夜踊り狂っていた割に、身が固かったのが幸(災)いし、ラヴァニーユが拒めなかった人物。

公爵の孫娘。忌々しいとばかりに吐き捨てられる言葉。

「種を必至に守って六年。遂に果てたのだ。最初から侯爵ごときの娘には無理だと言っていたのに愚かな。私がお前を見出して来たのが不満だったのだ。よく知りもせずにごり押しなどするからこうなる……」

その言葉に恐ろしくなって、ミルティーユは魔法具と密かに呼んでいたピアスに触れた。

カタカタと震える手でやっと捕らえると、体温程度の温もりを感じる。

ああ、この人は愛してくれない。子をなす道具としか想っていない。

おとぎ話はおとぎ話でしかないのだと改めて痛感させられた。

「お前は平気だ」

再度、ミルティーユの手に微かにラヴァニーユの手が触れる。そのまま、頭上へと伸ばしたかと思うと、わしゃわしゃと髪を乱すぐらいに撫でた。

いつの間にか倒れ込むようにデスクの上で前のめりになっていたようだ。

優しくて温かい手。

「それにしても意外だった。離れていてもこんなに育つとは。さすが、ハイデルベーレと言ったところか」

「……ハイデルベーレ?」

「いや、何でもない。王家の紅い石には相性があるって言う話だ。私は末の王子で先王が死去した折、11だったから継承権を得られなかった。故に何代かぶりにあのような儀式を行わなければならなかったという訳だ。まあ、好都合でもあったがな……」

青い瞳の向こうがギラギラと輝いた気がした。

死を喜ぶ―――まるで、冷酷との呼び名に正しいかのように。


ミルティーユはまた無意識に耳たぶを触る。

屋敷にあった埃を被った書物にも、開かずの間と呼ばれる閉ざされた部屋にも其れはなかった。あの日初めて目にした紅石。

王家の石と呼ばれるそれは、以前の王の女が死した時、花は子の元へ飛び立ち、子が死すと花は砕けて種となったものだ。スターニス王家は第一子の子が成した国。その時の種か、幾代か後か。混ぜられたそれにタグはない。


成婚の儀式は、前王の様に煌びやかでもなく、礼拝堂で誓いの言葉を言うだけの簡素なものだった。

採寸して何ヶ月も掛けて準備したかのような純白の衣装を纏い、祭壇まで続く深紅の絨毯の上を静々と歩く。

丁寧に編まれたレース飾りが重さを増すが、ミルティーユは難なく進んでいく。

まだ、10のミルティーユは初めて見る人の多さに緊張して、前しか見えていなかった。

長いドレスの裾が続くノワを阻んでいた。

「突如として気が迷った割には、準備がよいことよ」

末端に控える貴族が袖で口元を覆いながら冷笑した。

如何にも腹黒そうな三白眼の人物。ココ侯爵である。

周りから叱責を受けないのは、ミルティーユが気付くことがなかったのと娘のお陰だろう。

花高だかな当の娘は、シンプルな純白のドレスに、何処までも棚引く豪奢なベールを被っていた。


見下ろすかのように伸びた天空の階段。

一新に光を浴びている目映いラヴァニーユ。

おとぎ話の王子様のように佇む姿を確認したくて、思い切って顔を上げた。

目の前には神の使いは居ない。聳えているのは母なる神の像だけ。

ラヴァニーユが手を鳴らして合図すると、真っ白い布で全身を覆った巫女がサイドから現れる。

手にはカリスを捧げ持っている。それを高らかに掲げ姫巫女は宣誓をする。

「恐れ多くも我が王、ラヴァニーユ・エクリップス・ドゥ・ソレイユ・ゾネン・フィン・スターニス陛下の結婚を此処に認め、儀式を執り行います」

凛としたアルトの声がだだっ広いだけの礼拝堂に響き渡る。

姫巫女は傅いた。これに合わせて歓声が上がる。

目の前の聖水の中には、小さな豆粒大の紅い石が揺蕩っていた。

躊躇うことなくラヴァニーユが手を入れそれを取ると、石は2つに砕けた。

何が起こるのか分からないままのミルティーユの頭に浮かんだのは、“I Tego Arcana Dai”―――。

故に巫女の保つものはカリスだと想ったのである。

「ミユ」

ラヴァニーユに名を呼ばれる。

祭壇の階段に垂れていた裾を巫女が持ち、くるりと45度向きを変えた。

それに伴い、階下のノワも後方へと回る。

祭壇嬢に役者は揃った。



紅石を高らかに掲げると光はその一点に集まる。

それは、儀式の始まり。

秘匿の儀たるそれを行うに際して、姫巫女と宰相を残して退室を求められた。

「皆の者。これよりは王家に連なり立会人として選ばれた我と姫巫女のみが場に残る事を許される。下がれ」

妙に威圧感たっぷりな太い低音の声が響き渡る。

成婚の儀式はキスすらすることなく、直後激痛が両耳に走る行為だけだった。

『痛みは時期に消える。もう、これで終わりだから我慢してくれ』

膝まで伸びた髪を掻き分けて最後に右耳に電流が走る直前耳元で囁かれた言葉。

掠れた優しい声音と宥める行為のあやすように頭を撫でる手。想い出すだけで安堵感を与える。

今でも数少ない王城の記憶の中にそれは残っていた。

『ラニー?』

初めて名を呼んだ。人生において初めて。それは愛称だったけど、縋る感情と夢見る思いが入り交じった複雑な言葉だった。

それにフッと表情を緩めて答えてくれた。

『ミルティーユに蒼い薔薇を捧げん。今日より名をミルティーユ・エクリップス・ドゥ・リュヌ・モーント・フィン・スターニスとする。同意は復唱により成される』

『ミルティーユ・エクリップス・ドゥ・リュヌ・モーント・フィン・スターニス?』

古語でまくし立てられ、ミルティーユは訳が分からないまま続いた。

痛みに支配された子供は逃れられる術を探して意識だけが奔走している状態でもあったのだろう。

そして、儀式は終わる。何処かからか微かな血の臭いを漂わせて―――。



儀式はミルティーユが先だった。

痛みに蹲っていたが、突如上がった悲鳴に我に返り、恐る恐る見上げると、ノワが右耳に紅い証を埋め込まれている所だった。

自らに濡れる感触はなかったが、血でも流したような錯覚は目の前の行為で払拭される。

緩やかなウェーブがかった髪をアップにし複雑な編み込みによって巻かれ、わざと垂らした後れ毛が、実年齢より色っぽく見せている。其処に誇示するように紅く輝く石は、豆粒ほどにも満たないのに、存在感は十分だった。

同じ物が耳たぶに埋め込まれているのだろう。呪術的な成婚。

何かが始まる予感―――。

それは詠唱のようなラヴァニーユの声によって、更に暗雲をもたらす。

『遠き父母よ……子たる我に扉を開き給え。女神に慈悲を。永久とわに繁栄を。常しえなる栄華を……』

ラヴァニーユは誓いの言葉を唱える。

先程は、『遠き父母よ……子たる我に扉を開き給え。女神に加護を。永遠とわに繁栄を。永久とこしえに続く未来を……』と唱えたが微妙に変えた抑揚は機械的。不満を詠唱に込めていたが、立会人は2人しか居らず、緊張と悲鳴が交錯する中では、誰も気には留めないだろう。そもそも古語を理解していなければ分からないとも言える。

その先は古語ではなかったから、ミルティーユは理解出来ないまま全てが終わった。







「本当に慈悲を与えたのだ。もしも、完全に結婚していたなら即死んでいたのだからな。6年も保ったのは奇跡だろう」

先が見えているのにしなくてはならなかった行為。ラヴァニーユは腹を汚されて憤慨していたが、その哀れな末路に憤りを感じていた。

激痛に耐え、毒が抜けたみたいにあどけなく微笑んだノワ・ド・ココ。

伏せられた睫に、ギラギラしていた蒼穹の瞳が陰る。

「今度はノーチェと言う娘をだと……懲りない男だ」

まるで、泣くのを堪えているかのように、目を閉じたままぐっと顔を顰めて、宙を仰いだ。




再び、見開かれた瞳は薙いだ海のようで、ミルティーユは押し黙ることしかできなかった。

不遇に文句を言うことさえ出来ない。安心と安らぎを瞬時に与えてくれるような優しい目線に、肩の力が抜けた。

ミルティーユはノーチェと言う名前には憶えがある。ココ侯爵の屋敷預かりの公爵の息子が愛人に産ませた庶子で、ミルティーユより2歳上の娘だ。認知されている以上、公爵家の娘なのだから、ノワ亡き後輿入れの話が上がっても、不思議ではない。

しかし、侯爵の娘であるノワ同様、資格がないのに仕方がないという現状に、冷酷な魔王もしくは冷酷王と呼ばれるラヴァニーユとて、胸を痛めない事は無いのだ。

「私の母の身分が低い為、現状では断れないのだ。ノーチェが駄目ならアリエーフとか言う名の一回り以上離れたひ孫を寄越すかもしれん……」

「ちなみにアリエーフ嬢はお幾つなのですか?」

「お前が輿入れした時と同い年だ。童がお好きなようですから等と嫌み付きで言われたぞ!?」

正確な歳を尋ねてはぐらかそうと試みたミルティーユだったが、逆に同情を禁じ得ない。

ラヴァニーユの母とて、けっして出自が低い訳ではない。男爵の娘だが祖父は王家の者だ。

祖母と一緒になる為に、出奔している為、後ろ盾にはならないが。

「私がその歳には自分の力を理解していたから、コントロールする事だけではなく、鍛えることすらもしていて、意識だけを飛ばした時、遠くの地から祝福の鐘が聞こえたのだ」

王はデスクの上に両手を組んで、顎を載せて頬杖を付くと、にこやかに笑って見せる。

「ミユ、お前は平気だ。ハイデルベーレの末裔だからな」

「貴方の様に力もない古の王族なだけの私が保証されるのですか?」

魔王と呼ばれる魔物の血を引く人に言われると、自分の方が異端な気がして、納得がいかない。

「まあ、最後の姫だから、何百年か前にこの大陸を統べていた……位にしか聞いてないのだろう?」

「ハイデルベーレは失われた魔法を引き継ぐ唯一の家系です」

古の王族で在ることすら、攫われた当日に聞かされたとは口が裂けても言いたくない。

其れを察してか、王は「可愛げのない……」とぼそりと呟く。

「今日は、もう良い。ミユの部屋は用意してある。部屋を出た右側に控えているオルジュの妹に案内して貰え」

先程とは打って変わって、低い声が鼓膜の奥にまで響いた。風が唸るような身震いするほどの寒々しさを憶えた。

速く逃げ出したくて、踵を返すと一度も振り向くことなくドアを目指す。

「王家の紅石にキスを落として完全なる成婚の儀の終了だ。あの日のことを憶えているか?」

背後から遊ぶような声がミユに投げかけられる。

ミユは想い出して赤面した。

それを悟られまいと、突き進む。


重厚な其れを力一杯押し開ける。

身一つ抜け出せる隙間を作り、滑り込ませると廊下に出た。

紅い絨毯が敷かれた石造りの床にくぐもった音を響かせると、場違いだと叫び出したくなる。かといって、もう1度中に戻りたくはない。

どうしたものかと考えあぐねていると、ドアの右側に控えていた兵の後方からニョキッと女性が出でる。

女性はスッとミルティーユの前まで来ると、行き成り跪いた。隙のない動き。

「私の名前はルリ・イア・エスピガと申します。王妃様、これより私が命に代えましてもお守り致します」

手入れの行き届いた何処かのご令嬢らしき女性の第一声は、まるで、騎士のような言葉だった。

そして、騎士のように忠誠の証を白磁のような手に刻む。

柔らかい口づけを1つ。


ミルティーユと入れ違いに、左手から一礼して入室してきたオルジュは横目で見やりながら、妹に合図を送る。

ルリは目笑で答えた。

オルジュが片手を上げると、控えていた兵が重厚な扉を閉じた。



ラヴァニーユはその光景を水晶越しに見届けると、安堵からか肩の力を下ろした。







メモなのに長すぎた……。

サイトの方の話が、どっちも相手に遭遇しないものだから、こっちは初っぱなからGOにしてみました。出逢ってしまえば、話はサクサク……行くかな?


打ってるとうっかり、ミル視点に。何でだろう?


早くもストック尽きました。


読んで下さり、有り難う御座います。



追記:作中のカリスは、「私の血」発言に直結したミユが、それをカリスとしただけで、本来はグラアルである。

宗教色?だすので、初期予定から削った部分を加筆。

伏線も盛り込みました。





                       実桜

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