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呉藍の薔薇  作者: 散花 実桜
一章  再会編
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下町娘の帰城

下町娘の帰城







先程の客が去ってから、まだ数分も経っていなく、走って逃げていなければ、まだ目の前の大通りの先には、伝説を民衆よりは知り得たその人物が見えただろう。

「今日はもう良いからお帰り」

女将が言うやいなや、けたたましくドアが開き、砂塵舞うような突風と共に、闇色のローブに身を包んだ青年がツカツカと一直線に歩いてくる。闇色の髪にローブの中から漂ってくる威圧感。

誰もが固まっている。時計の音がカチカチと刻む以外は、厨房からの忙しない音が響くのみで、数回瞬きして、目に入った埃を追いやると、いつの間にか店の中程に立ち尽くす看板娘の眼前に立つ。客らは何をする訳でもないのに、恐怖を抱いていた。

それ位、美麗な青年の顔は険しく、態度も横柄だった。

青年は女将を払いのけると、ミルティーユの顎をグイッと持ち上げる。

冷たいかと思った手は、非情に温かい。故に静電気も発生せず―――。


そこに嫌悪感が発生しなかったのは、意外だった。

「まさかこれほどまでに育つとはな……」

桜桃のような唇、新雪のような肌、絹糸のような金髪。芯の強そうな瞳。

美しく育った外見か。それとも……ぷっくりと膨れあがったピアスか。

「もう、開花前の蕾だな」

元々生き人形のような愛らしさはそのままに、ピアスだけが異常なほど育っていた。



ミルティーユが蒼穹の瞳に魅入られていると、手は顎を離れピアスへと伸びた。

ああ、何だピアスか……。感情が顕わになって一筋涙が零れた。

妙に悟りを開いた所もあるが、自由を求めても住む世界は狭く、其れが幼く見せた。

強情だけど脆い。これが、看板娘ミルティーユの最大の欠点。

だから、淡い期待は潰えたのは当然と言えた。見目麗しい男性をこんなに間近で直視したのは初めてだったから、ちょっと、期待しただけだと言い聞かす。

言い聞かせなければ、ヘタに温度が上がって、真っ赤な頬になってしまい恥を掻くだろう事は目に見えている。大きく深呼吸して、吐き出す。今なら恐怖に涙しただけだと言い張れる。

ミルティーユが言いつくろう言葉を探していると、薄い唇ながら形の良い其処から漏れた言葉に、瞬きを繰り返すしかなかった。

「まさか、夫の顔も忘れたのか?」

「……」

静寂の中でその声は、響いた。

1人で生きて行くには、そうならざる得なかったきつい目がまん丸に見開かれる。

男は呆れたように溜息を漏らすと、三角巾から零れる長い金糸の髪を長い指で梳いた。

「ミルティーユ・エクリップス・ドゥ・リュヌ・モーント・フィン・スターニス」

6年前成婚の儀式で1回口にしただけの、忘れた名前を紡がれる。

発音の良いその声。バリトンの重厚で艶のある聞き覚えのある声。

何よりも威圧的に響くそれは―――。


間違いない。ミルティーユが忘れたくても忘れることの出来ない人。

このピアスの枷をその手自ら埋め込んだ人物。

「……ラニー」

観念したように、青年の愛称を呼んだ。

多分今、この名を口にすることを許された者は少ない筈だから。

「久しぶりに聞いたな。どうせ、私の名前は覚えていないのだろう?」

「……」

青年は一瞬だけ寂しそうに笑った。

ミルティーユは申し訳なさを隠すように、俯く。

「まあ良い。ラヴァニーユ・エクリップス・ドゥ・ソレイユ・ゾネン・フィン・スターニスだ。ミユ王城に戻るぞ」

ラヴァニーユはそう宣言すると、自身のローブの中へとミルティーユを引き摺り込む。

拒もうにも、少しざらっとしたその手は、剣だこが一杯で鍛え上げられているのが分かる。

何の抵抗もしないまま、途端に目映い光に包まれ、瞬きを繰り返す。


光よりも早く到達する不思議。


其処はかつて一度訪れたことがある王城の執務室だった。

一瞬にしてのその行為は、6年前のあれと同じ。



「魔術は時として残酷だわ」

ラヴァニーユに聞こえない様小さく愚痴る。

お世話になった女将や大将。馴染みの客や行き付けの店の親切な人たちに御礼も言えないままなのが心苦しかった。

あの時の皆は顔面蒼白だった。真実を知っていたのか知らずにいたのか―――。

疎外感を感じる中で、余所者であるミルティーユに親切にしてくれた人達だ。

たとえ、ココ侯爵と言うバックがあったにしろ、厚意には感謝しても仕切れない。

必至に忘れた過去を燻らせる。





静寂に包まれた執務室は、春の光を窓から招き入れ、そよそよと温かくなった風が時折カーテンを揺らす。

風に乗ってインクの匂いが鼻につく。冷酷な魔王等と呼ばれる王の治世になってから早6年。

一度も戦争は起きていないし、下町の暮らしも活気が出てきた。これで兵が真面目に警備目的で巡回してくれれば、文句はないと言うぐらいに気に入っていた。

ミルティーユが辺りを物珍しそうに見回している間に、ラヴァニーユはローブを脱ぎ、きちんと所定の位置に掛ける。その足でデスクの上に置かれた書類の山にすぐ向かう王を見て、噂は当てにならないのかもと思う。

王都から馬車でも2日かかる野心家なココ侯爵領の下町であるあの場所は、その領地とは思えないほど長閑だった。税も高くはないし、物流も幼い頃ミルティーユが暮らしていた領地よりも良かった。

冷酷王は手中にある花を見下ろすと、満足げにフッと鼻を鳴らした。

「本当に久しぶりだな」

「王様とお逢いするのは、成婚の儀以来ですから」

「ラニーと呼べ。ミユ」

余所余所しい言葉を口にすれば、フレンドリーに返される。

上から目線だけど、穏やかに笑う口元。老いを知らないその顔は始まりに似ていた。


真っ白い花が一面に咲く、屋敷の庭。

其処に湖よりも輝く太陽を頂く、真っ青な空の様な蒼が降り立った。

『お前の名は?』

『ミユ。貴方は?』

『私の名はラニーだ。ミユお前を迎えに来た』

ラヴァニーユがそう言うと、真っ白い花は花弁に別れて祝福を告げる。

小さな白い光が頭上で弾けライスシャワーのように降り注ぐ。

まるで、女神からの豊潤な恵みと子孫繁栄の祝福だと言わんばかりに。

そしてすぐ、一陣の風と共に取って代わる。

2人を取り囲むように幻想的なことが起きた。


花の香りによって辺りを清め、幸せを妬む悪魔から二人を守る意味があると何かの話の折、侍女が口にしていたのが頭に浮かんだ。

さながらフラワーシャワー様に花びらを舞わせ、気がつけば蒼に染まっていた。

7色の庭。魔方陣が幾重にも組み合わされた荘厳な屋敷はそのままに、色だけが変わった。

季節の変わり目でもなく、花が変わった訳でもなく、場所が変わった訳けでもない。

……魔法を振るった訳でもなく色だけを染め変えていた。

出逢ったのは、ここから、遠い田舎。山と湖に囲まれ、街道が一本しかないようなひっそりとした閉ざされた地。

出逢い、初めて交わした言葉が名前で、両親しか呼ばない名を久方ぶりに聞いた所為か、故郷を思い出し、感傷に浸っていると、もう一度繰り返し「聞いてるのか、ラニーだ」と耳元で強く言われ、ミルティーユは我に返る。

いつの間にか傍らには威圧感を感じる大男。

此処にはあの不思議な花園はない。

当たり前だと思っていた青白い光に満ちた屋敷もない。

在るのは、そのどれもが国にとって重要な案件の書類と冷酷な魔王と呼ばれるラヴァニーユだけだ。








メモなので短く。一応書き進めるにつれて、何度も修正を掛けてます。

どんどん文章力がやばくなる今日この頃です。

次話の次辺りに、登場人物紹介入れるかした方が良いかな?

ミルティーユが自分の現在の名前も忘れてしまうぐらい長い名前にしたくて、でも、考えるの面倒なので、これの遙か未来編と同じ手法を使いました。

月食を2回繰り返した名前です。


ラニーは忘れてたというか、後宮にいるより下町娘の方が安全だから放置してたのだと思います。何故迎えに来たかは、あらすじで触れている通りです。


こんなでも、付き合って下さったら幸いです。




                     実桜

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