王妃の部屋の秘密
一度没ッた話を書き直しました。このままじゃ話が進まないので。
再会編と後宮編がダブっていたのですが、まあ、この話は後宮編エンドにあたります。
王妃の部屋の秘密―――後宮終編―――
「ミユ、行くぞ。今宵からの住まいは王宮に設けた。何か必要な者があれば女官長にでも運ばせるが……」
「陛下お待ち下さい。ミルティーユ様をお連れになるのならお支度を致します」
「王宮に居を移されるなら、それなりに致しませんと、今後に差し支えるかと」
「ならば、晩餐に合わせてお迎えしたらどうでしょうか?」
「……分かった。今宵の晩餐は遅らせよう。その席へ間に合うように」
「御意」
「かしこまりました」
「ミユ、臨時に近衛2名を派遣しよう。迎えに来る迄の用心だ」
ラヴァニーユはそう告げると、踵を返して去っていく。
訪れた際を逆戻ししたかのように、それは過ぎ去り、息をのんでいた女官達は、一斉に盛大な呼吸を再開した。
部屋に引っ込んだ女官への報告や何やらで、てんやわんやになる前に硬直したままの女官を置き去りに、ルリに引っ張られるようにして自室へと再帰還。
10分程前、後にした部屋はガランとして2人を出迎えた。
ミルティーユが白昼夢基、初キスの余韻に浸っている隙に、ルリは部屋の明かりを増やしていた。
「ミルティーユ様、此方へ」
促されて入り込んだのは、時代遅れの衣装部屋。
そこで、先程試着した衣装を引っ張り出す。
空色のワンピースは袖口が長く、腰元の白いリボンと同じく床まで垂れていたあれである。
ルリは手際よく用意を済ませると、ミルティーユを伴って部屋を出た。
当然だが、まだ近衛兵の姿はなく、後宮の女兵がミルティーユの部屋を守っていた。
「湯殿へ参ります」
ルリが告げると兵は頭を下げ、周りにいた女官達も深々と頭を下げる。
異様な空気の中、湯殿へと向かったミルティーユは、まだ迷いの縁にいた。
湯殿は豪奢で広かった。お店が何軒も入りそうな程の湯船は乳白色で、肌を撫でる度滑らかさを増す。
恥ずかしさを通り越すほど磨き上げられた肌は、紅く火照っていた。
出たくないような迷いを絞り上げるように、喉の渇きに促されて上がる。
肌触りの良いタオルで何回も水気を拭き取り、ルリと同じく三つ編みに編み上げた髪を簡易に巻くと、花飾りを一周させて華やかさを増す。
香油をたっぷり塗った肌からは甘い匂いが漂い、うっすらと化粧を施した顔立ちは美しく、先程の下町娘だとは思わない程に綺麗だった。侍女のメイクより艶やかさを増したそれは、更に自分ではないような錯覚を与えた。
「十分に見せつけてやって下さい!!!」
シャラシャラと耳飾りを鳴らし通り過ぎる廊下には、相変わらず忙しそうに侍女達が行き交い、ミルティーユを見ると足を止めて深々とお辞儀をする。
その中にはハッとした顔をする者達もおり、連れだって歩くルリはしてやったりとほくそ笑んだ。
また、先程の部屋にたどり着く。
変わらずに女性の騎士が守っており、微妙な笑みを浮かべて通り過ぎるほかない。
監視されているようで窮屈に感じられた。
重厚な扉を開いて貰い中へ入ると、肌を乾かすような冷ややかな風とパリッと音がした。
扉はゆっくりと閉まる。
其れを確認して、ルリはミルティーユの耳元に囁いた。
「ミルティーユ様はこの6年間もその前もご存じないでしょう?この戦いを乗り切るためには、全てを知らなければなりません。少々隣の寝室をお借りして昔話を聴いて下さいますか?」
ルリは一方的に告げると、「お妃様お疲れで御座いましょう。今、寝室のご用意致しますわ。女性は支度に時間がかかるモノですわ。夕餉の前に半刻ほど……」
と大声で宣言すると、芝居がかった動きで流れを作り上げた。
戦いなどと大げさな……と思っている間の出来事だった。
最後に自室のドアを開けて入らずに閉め、抜き足差し足で寝室へ引き返すと、そっと音も出さずに閉めた。
「もう、大丈夫です。ここは褥の音が漏れない作りに先王がなさって御出ですから」
「まあ、可愛らしい//////」
その言葉に、まだ生娘のミルティーユ頬を紅くして俯く他ない。
花が綻ぶようなクスクス笑いをルリは漏らす。
大きなキングサイズのベッドがどーんと置かれた室内には可愛らしい鏡台と同じ作りの物書き用のデスクが置かれていた。
ミルティーユを鏡台の椅子に、ルリはデスクの椅子に腰を下ろすと、寝物語のように紙芝居みたいに。演技がかった声で語られる。
「まず、初めに。多分陛下はノワ・ド・ココ様については多くは語られなかったでしょうからそこから参ります」
鬼気迫るような表情で言われると、ミルティーユは椅子の背に凭れずには居られなかった。
「ミルティーユ様とのご結婚を陛下が口になさったのは6年前で御座いました。当時、公爵家には陛下に釣り合うような歳の娘はおろか、二桁になった歳の結婚可能な娘は居りませんでした。何故ならば、3人居た公爵家の娘は皆前王へと嫁いでいたからです」
前王は約15年前即位したスターニスの王、ラヴァニーユの長兄ダティル。母の母国すら手に入れて、母方の従兄弟に弓を射られて無様な死に方をした人物である。
この情報は、下町にも届いているぐらい出兵した兵士の間では有名な話だった。
「これより暫しミルティーユ様を姫様とお呼びしても宜しいでしょうか?」
「……どうぞ」
何と呼んで良いのか迷ったのだろう。王妃様と呼ばれるよりは馴染んだ懐かしい呼び名の方が良い。返事をすると、安堵の色を浮かべた。
「では……。コホン。……陛下が即位するにあたり、問題は伴侶が居ないことでした。我が国では王に万が一が生じた場合、政治的空白や思想を違える者に政治を執られないために、伴侶たる正妃が代行を行うのです。その為には思慮深い正妃を得なくてはなりません。
故に代々の王の中には公爵家以外から正妃を迎え、この部屋を宛がうことも御座いました。ここは褥の音が漏れないのと同時に他での睦言の声も聞こえないので御座います」
ミルティーユは試しに壁を叩いてみると特殊な吸収素材が入っているのか、微かにくぐもった音がする程度だった。
「先王は崩御なさって御出で御座いましたし、ボーネ・ダティール様は戦死。慣例を破り面倒だと正妃は娶らず、側妃たる公爵令嬢との間に子を儲ける事も出来ず。当時、実質的な皇太子であった陛下がすぐに即位なさったのです。ところが、公爵家に年頃の娘が居ないと知っていたココ侯爵は公爵の孫娘である愛娘にも権利があると主張しだしたのです。公爵達は一桁の孫娘を差し出すことはなさらず、古の王族である姫様を正妃に認める代わりに、面子のためにノワ様もとごり押しなさったのです」
古の王族……。血筋的には申し分ないと言うことだろうか?
ルリは怒りを顕わにしながら、憤りを手元近くにあった小さな熊のおでこに向けた。
デコピンされた熊は、面白いくらいに背を反った。
「陛下は裏で色々画策しようとなさいましたが、短い間に其れも叶わず、あの成婚の儀に至った訳です」
王だから後宮に何人もの女を抱え込むようなタイプではなかったようだ。
自分の中で描いている陛下像をミルティーユは聴きながら塗り替える。
「陛下はノワ様を終いの部屋へ押し込めました。一度も陛下がお渡りになることはなく生涯を終えました」
声には出さなかったが意外なことだった。
男とはやりたいモノだと、常連客が酔ったとき絡んできてガハガハと大笑いしながらくどくどと語られたモノだ。
「……陛下は男の人ですよね?」
その時な卑猥な語りを想い出していると、するりと口から何時の考えが抜け落ちた。
とてもばかげた言葉だった。
「最初から食指が動かないだけですよ。まあ、あの背丈の割に無駄に童顔ですから、女装させたら、案外見られた顔になるかも知れませんが、それは置いておいて陛下は男色家では無いと思いますよ」
「そうですか……」
「ええ!ただ単に趣味でもないから外れの部屋を宛がったのですよ。政治的には不味いのですけど……」
コの字型に作られた後宮の中央の2階に、あの日のままミルティーユの部屋はあった。
5部屋もある大層な部屋で、片やつい先頃まで唯一の住人だったノワの部屋は、1階の西の角部屋が与えられていた。通称終いの部屋と呼ばれているようだ。
「それでもへこたれないのがプライドの権化なのでしょうね……」
ルリの溜息に6年のことが想像できた。
何年も後宮の事実上の主だったノワは此処の使用人を全て我が物の様に扱い、喩え専用の侍女(小間使い)の部屋1つに、リビングと寝室だけであろうと唯一という言葉は彼女を守ったことだろう。一度も渡りがなく、名すら与えられないただ置かれただけの存在でも。
「姫様がご存じの通りその事を知った侯爵様は自らの息のかかった侍女を通じて姫様にとんでも無い話を持ちかけたのです。そこは当事者ですので割愛しましょう」
「……」
6年前の下町娘の話のことですね。
ミルティーユは納得を表すように頷く。ハハハ……乾いた笑いが機械仕掛けのように口から漏れた。
ルリは、苦笑いを浮かべると、更に声を低くして話し出す。
「話は戻って、陛下の兄上ボーネ・ダティルは咎人故、歴史から抹殺されたのです。この世で一番してはいけないことは聖霊を手にかけることなのですよ……」
ルリは哀しげな感情を隠しもせずに、ミルティーユの手をそっと握った。
言い聞かせるように何度も小刻みに力を込める。
尋ねて良いことなのか思案して糊を纏ったように張り付いた唇を開く。
しかし、すでに時は遅かった。
ルリは先程良くは見なかったのか、寝室を見回すと細部にまで細やかな細工が施された家具や小物に目を奪われていた。
宝石箱を手に取ると、鍵穴の上部を指さした。
「此処に時期に素敵な薔薇の細工が加わりますわ。姫様の王の女の証のような真っ赤な薔薇が。楽しみですね」
ルリは目を細める。
何かの沸いた感情を押し込めるように、散漫な様子で、「あら此方も素敵ですね」と四方八方手にして気を紛らわせているかのようだった。
そんな姿を見守りながら、根っこが生えたように座っていると、切り替え完了の合図のように手を打ち鳴らされる。
「では、王宮へ戻りましょうか王妃様」
ルリはシャキッと騎士様面して入り口に立っていた。
重たいドレスを引き摺りながらドアに近づくと、少し背をかがめたルリがミルティーユの耳元に囁く。
「私達が咎人にならずに済んだのは、全て陛下のお陰なのですよ……」
硬い表情をしたルリが、ミルティーユの疑問に1つだけ答えてくれたようだった。
全ては“紅蓮の悲鳴”にある。
しかし、それを知ることは重く深いと身にしみた瞬間だった。
完璧にストック0になりました。期日に迫られながら直しました。
だって、TDL行きたいから……。どうでも良いことですが。
この夏は、ゆっくり続きを妄想しながら(笑)やっちゃった……な文章を少しはマシになるだろうかにチャレンジする予定です。
ちなみに、設定的に寝室が一番防音。例え雷台風でも気付かないぐらいに防音です。なので、陛下がお渡りになっても気付きません。で、隣の書斎は微かに聞こえる位です。居間は薄壁一枚よりはマシですが聞こえます。
侍女部屋は薄壁一枚です。
だから、ルリちゃんは態と話していたのですよ。
ルリちゃんは、恩人陛下のために奮闘するのですが、空回り?
だって陛下は温室培養の新品種だから……。
設定萌えだけはしている次の話までには、何か出来ていることを祈って。
散花 実桜