女官選定
過去は~を二話に分けました。面白くも無い話ですが、後宮部分は今後の付箋だらけの話でもあります。
女官選定
「そろそろ時間ですね。紹介も済んだことですし、各自持ち場へ。シフト通りです」
紹介の後少しして、席を外していた女官長が食堂を覗き込み、スカートの中から懐中時計を取り出すと、時間を確認して解散を告げた。
いつの間にか時間が経っていたようで、照明など無く太陽光で明るかった部屋は、少し陰って仄暗い印象を与えていた。
そんな中で、一連の動作を見守れば、静々と歩く姿や機械的な表情はある種無機質で、存在の感覚が無いようなのにも拘わらず、まるでお化けみたいに一時その存在感は絶大になる。巫女は聖霊に使える尊き身で謎のベールに包まれているから、その存在が不思議と言われれば何となく納得いってしまう。
注視している間に、取り残されるように周りは慌ただしく席を立ち、食堂から離れて行った。
「ミル早く!」
「……あっ、すみません」
戸口で急かすルリに慌てて早足で追いつく。
ミッドナイトブルーの女官服の裾が半分ほどはみだしたまま動きを見せない。
「メリザナとペスカ羨まし過ぎる~!それに、アグゥリ様なんてノワ様からでしょ。あ~あ」
「貴女は今日夜勤でしょうが……」
「だって残念なんだもの!思う存分思いの丈を言いたい気持ち分かるでしょう?別に禁じられていないのに、タブーなんて!!ただでさえ、制約が厳しいのに!!!」
「それが後宮なのよ。早く行きなさい。機会が在れば聴いてあげるから」
扉の外で盛大に地団駄を踏んだのは、ツィトローネだ。
自分が振った話題がきっかけなのに選ばれなかったのが不服とばかりに嘆くのを又窘められた。おおぴらには言えないノワの話がしたくてうずうずしているようだった。まるでその様は姉と妹の様である。
“機会が在れば”何て言って永久に来ないことを知っている、ツィトローネは頬をこれでもかって言うほど膨らませて、捌け口を自分とさほど歳が変わらないミルティーユに定めたかのように、ギンと睨み付けた。
ミルティーユはどうしたらいいか分からず、ルリに助けを求める。
「……う~ん」
「ツィトローネ!」
ルリが左人差し指を頬に当てて、あらどうしましょう?と小首を傾げていると、事態は急速に変わる。
遠くで誰かが呼ぶ声がする。すると、コロッと態度を変えて走り出していった。
それを追いかけるように、西の廊下に明かりが灯される。ランプのオレンジ色の光は落ち着いた印象を与えた。
「まったく、落ち着きがないわねあの子は」
「まだ若いから仕方がないわ……」
「侯爵令嬢だし、あれでも我が儘な面は行儀見習いの結果で改善されてきたって思うしかないわね」
「「//////」」
メリザナとペスカはクスクスと笑いあう。悪意がないお嬢様の成長を見守るといった風である。貴族のお嬢様には色々なタイプ居るらしい。
取り残されるように、扉の前には5人だけだった。
何人も挙手した中で、メリザナと先程ツィトローネを叱った女官ペスカ、そしてすっかり紛れていた三〇代半ばの女官アグゥリが選ばれた。
アグゥリは女官長が6年前を知る人物として名を挙げていた筈だが……。
どうやら、ノワサイドの人間らしい。
ルリとアグゥリはこそこそと話し込んでいた。其処にミルティーユの名も王妃についてもない。残り二人の簡単な略歴を述べているようで、この人選は、アグゥリによるものだった。
「非番なんてある種幸運だわ」
「私は本来は休日だったし、ペスカは朝番だったのよね。で、ツィトローネは夜勤」
「ついてないわねあの子も。今日から夜勤復活でしょう?」
「基本主が居なければ、朝番と遅番の2交代勤務で、主が居れば4交代制で休日は月に1度。あの日々にあっという間に逆戻りよ」
「だから心配だわ」
「もう、大丈夫よ。指導係だったからって気にしすぎ」
「メリザナは端的にしかあの子見てないから言えるのよ」
「でも、あの子は我が儘だけど爵位を鼻に掛けたりはしない子だから……」
ペスカとメリザナはツィトローネの消えた先を見ながら話し込んでいたので、ルリ達には気付いていなかった。どうやら、ペスカはツィトローネの指導係だったらしい。
ミルティーユが聞き耳を立て半ば盗み聞きしていると、ポンとルリの手が肩を叩き、驚きのあまり吸った息が吐き出せなくなり、身体は跳ねるように素早く反応したのに、未だに呼吸できず。金魚みたいにパクパクとも出来ないまま大きな口を開けて固まっていた。
「あらあら、この子ったら緊張してるのね//////」と陽気に笑う。
ミルティーユは、呼吸を整えることに神経を集中させていると、涙目になったルリが、「行くわよ」と告げた。どうやら、先程の大仰な反応はルリのツボだったらしく、時々思い出し笑いをして居るようで、肩が不自然に揺れていた。
それは、階段を上っている最中でさえ分かる程だった。
先頭はアグゥリで、続いてルリ、ミルティーユ。少し遅れた後方に並んでペスカとメリザナだった。この時漸く、アグゥリの制服のスカートだけ違うことに気付いた。パニエで膨らませていない踝までのロングのスカートだった。
真っ白い階段を登り詰めると、重厚な扉が眼前に聳えている。
その扉を先程と違う女性騎士が両脇を固めていた。この間に、騎士も交代したようだ。
「部屋の模様替えをしたいから、こちらの方達にお願いしたの」
「ルリ、許可がないと他の女官の入室は許可できないわ」
「まだ、王妃様は来ないし、其れまでに終わらせたいわ。何せ6年前のままなのよ。掃除や定期的な衣装の入れ替えは成されているようだけど、時代遅れだわ。大丈夫よ、なんて言ったって後宮勤めの女官なのよ身分は確かじゃない」
騎士は視線を泳がせて縋るようにアグゥリを視界の端に入れると、大丈夫だとばかりに頷くのが見えた。それでも、職務に忠実な騎士は突っぱねたが、ルリのごり押しの末、顔見知りの騎士は渋々頭を縦に振る。鳥籠の準備は十分なようだ。
その間、一分ぐらいだろうか。小鳥が囀るような会話はあっという間に終わった。
一言二言の押し問答の結果だった。
本来のルリは、逢ったときの印象通り砕けた人のようで、何だか安心した。
一呼吸終えた頃、部屋の細やかな細工が行き届いた扉が開かれれた。
「アグゥリ殿の人選ですか?」
「ヌエの意向よ。不服?」
騎士と女官、侍女が交差する。
その一瞬でアグゥリと先程の騎士が言葉をを交わした。此方も親しい様だが、探り合っている風でもある。
ミルティーユの部屋は、入ると真っ青な絨毯が広がる居間。左手に侍女の控え室と衣装部屋。右手には書斎へ繋がるドアがある。
控えの部屋と衣装部屋の奥に更に部屋があり、其処が侍女の寝室で、6年前この大きな空間でミルティーユは見知らぬ侍女2人と過ごしていた事を想い出した。
後宮一良い部屋を初めての覗くペスカとメリザナは、広さには驚く程度だった。
アグゥリはこの部屋に入ったことがあるのか、侍女部屋から台を持ってくると中心に置く。
その間にペスカが小さな箱を持ち出し、メリザナが台の上に乗り、頭上の大きなシャンデリアに蝋燭を備え付けた。
メリザナとアグゥリは場所を交代し、「魔除けの加護を」と呟きながら火を灯す。
その様子を見守っていたルリは「流石後宮女官ね。では此方も早速お願いできるかしら?」と書斎へ繋がるドアを開けた。
白い家具で統一された床は、薄桃色の絨毯が広がり、ふと見た本棚の中にはおとぎ話の本が一杯納められている。縫いぐるみや置物がこの部屋に彩りを与え、主の不在を埋めているようだった。
「可愛らしいお部屋ですね」
「これをどうにかするには時間がかかるわ」
緑色の瞳を輝かせてペスカが言えば、まるで散らかした子供の部屋を片付けるかのように、腰に手を当てて、溜息を零すメリザナ。
「適当にガチャガチャやって」
ルリが言うと、女官達は現状維持の方針で、もの凄いスピードで埃を払ったり、入れ替えたりし始める。
確か6年前、此処は寂しい印象だった記憶なのだが、いつの間にか子供部屋になっていたようだ。ついて行けないまま、ミルティーユは当たり障りのないデスクの片付けを始めた。
後ろで窓の外をうかがっていたルリは、ひとしきり女官の動きを見ると、右手側の部屋のドアノブに手を掛けた。
衣装の着せ替えで時間が過ぎてしまい、先程は近寄らなかった部屋だ。
はて、其処は何だっただろうか?と小首を傾げていると、隙間から豪奢な寝台が覗居て見えた。ベッドの天涯は開けられており、ミルティーユの代わりにフリル一杯のドレスを身に纏った白いウサギが置かれていた。
「私はベッドメイキングを済ませますね」
ルリはミルティーユにだけ聞こえる声で告げると中へ入っていった。
本編の再会編は今月いっぱいで終わります。其処までは全力疾走します。
その後は、短編で後宮編です。間に過去編が入るかどうかは不明。
王宮編は節電期間中に悩みます。ルークとルリの話とか多分短編形式かな?
何かがない限り実行される今後の更新予定は下記の通りです。
もしも、お付き合い頂けるのでしたら参考にして下さい。
再会編のみタイトルは一部伏せ字です。
6月16日「過去~」
6月17日「小話:伯爵令嬢3分レッスン」
6月23日「○○宣言」←ラヴァニーユ再登場
6月26日「○○宣言」←再会編終了
7月04日「王妃の部屋の秘密」
8月03日「陛下の恋愛事情」
9月26日「恋は複雑方程式」予定です。
夏季期間は、更新はゆっくりのんびり節電モードでしょう?
小話の「バジがラニーを慈しむ訳」は完結したので撤去済みです。
Blogで触れた「落花の椿姫」は、何時か載せたいと思います。
R18にすると、別名に出来るらしいので、本サイトの誕生記念のコナン2次とかその間にやらかしたりしてます。
全然ご期待に添えなくて御免なさい。
実桜