ガールズトークは何歳まで有効でしょうか?
※この話は「陛下の趣味ですか?」続きとして「第四の名前」というタイトルで1度公開した話の加筆修正版です。
blogで触れましたが、ノワ・ド・ココの「落下の椿姫」を一人称にする為、ミユの一人称版を、元の文体にする事にしました。
ガールズトークは何歳まで有効でしょうか?
後宮の西側は酷く簡素だった。
それは、使用人部屋へ繋がるのも西側で在るからかも知れない。
「紹介しますから、後は上手くやって下さい」
女官長はある扉の前で立ち止まると、一呼吸後、青ざめた顔で告げる。
ミルティーユは初めてのことに心臓バクバクで、ルリは面倒そうに欠伸をかみ殺していた。
こそっと、「どうかされました?」とルリが耳打ちする。
「こういうノリ苦手で……」と女官長はボソッと返した。
少女特有の甲高い声や話に花を咲かせ、寄せては返す波のようにドッと笑い声が上がったりしていた。誰かの噂話や下卑た話題が大きな声で漏れている。
長く巫女をしていた女官長は世俗に疎く、騒がしいのも苦手なようだ。
本当に後宮なのかしら?とルリが溜息を零した。
女官長は意を決したように、ノブに手を掛けると、そろりと扉を開け放つ。
ギーッと音をさせることもなく扉は開き、中から甘ったるい菓子の匂いが鼻をくすぐった。
ざわざわとしていた室内は、縫い止めたように静止する。
パンパンと女官長が手を叩くと、蜘蛛の子を散らしたかのように皆席に着いた。
「王妃様が来られることはお話ししたと思いますが、一足早く侍女の方々が来られました。
ルリ・イア・エスピガさんとミエル・ホーニングさんです」
入り口にルリとミルティーユを並ばせ、女官長は厳しい顔つきで紹介した。
ミルティーユは驚きを呑み込みながら、傍らのルリに合わせてお辞儀する。
沈黙が怖くて、恐る恐る顔を上げ眼前の女官とおぼしき女性の顔を視界に捉えると、強張った表情を浮かべていた。
不安に駆られているミルティーユを余所に、「色々と教えてくださいね」とフレンドリーに話しかけるルリが居た。
ミルティーユは弱々しい声で「宜しく……お願い致します……」と再度挨拶をする。
静かだった室内はさざ波のようにざわめいた。
「ルリさんとミエルさんだったかしら?此方へいらっしゃい」
ラヴァニーユと同じ黒髪に蒼ではなく濃褐色の瞳をした中堅の女官らしき人物が手招きをする。女官長は大丈夫だと言わんばかりに頷いた。
「有り難う御座います。行くわよミエル!」
ルリは愛想笑いを浮かべてミルティーユの肩を抱くとポンと叩いて押し出した。
手招きをした女官のグループへ行き、「「お願いします」」と挨拶すると、壁側の真ん中2席を開けてくれた。
さっそく、物珍しそうに見られ話題の中心人物へと祭り上げられた。
「ミエルさんはギゥルレーク公爵縁筋であのオルジュ様の婚約者なんですって?」
何処で聞きつけたのか、羨ましそうな視線を向けられ、詰め寄られ正直こんな設定にしたルリを睨む。
ラヴァニーユの妃だと知られるよりは遥かに良いが、あのちらっとしかすれ違っていないルリの兄を婚約者だとされたミルティーユは、何か尋ねられても答えようがない。
オルジュが婚約者だと仕立てられたのは1時間程前。“兄のオルジュ”が、ルリとは違った栗毛の、一瞬の邂逅を果たした人物だと知ったのは、つい先程だった。
「信じられないわ~。オルジュ様~」
「冷酷王に虐げられても尽くすオルジュ様!素敵な方ですのに!!」
「近づく機会もありませんでしたわ~」
悲鳴にも似た嘆きが溜息混じりに幾重にも上がった。ズズズズズッ……地を這うような音までブーイングのように響き渡る。不作法にも紅茶を音を立てて飲んでしまうくらい不満なのだろう。
ルリの兄であるのだから素敵な方だとは思うが、女官達から漏れる言葉を拾い集めれば、まるで、ラヴァニーユが引き立て役……悪役に思えて、ミルティーユの顔は強張った。
如何に寛容な人物であろうともしも聞いたならば不快だろう……なんて、考えていると質問はミルティーユに集中していた。
「オルジュ様とは何時何処で出会われたのですか?」
「ミエルさんはお幾つかしら?」
「何時お式を挙げるのですか?」
「オルジュ様の好みは、可愛らしい方ですのね。私には無理だわ~」
この話の流れで、こんな台詞を吐ける女官も凄いなと思い気付かれないように視線を向けると、グラマラスなノワの様な豪奢な女官だった。
「17歳です」
ミルティーユは矢継ぎ早の質問の中から、差し障りのないものを選択し答える。
実年齢は16だが、1歳サバを読んでみた様だ。女官長はあらあらといった様子で、溜息混じりに角で見守っている。
ミルティーユは急かされて良く鏡を見ていなかったが、化粧を施された顔は化粧映えして、巷の成人の歳である20歳よりは上に見えていた。
「虫が付かない内にって事かしら//////珠玉の花なのね」
先程の栗毛の女官は、ニタニタと笑った。
ミルティーユはオルジュ様御免なさい!心の中で謝る。
「ルーク様とも親しいのでしょう?オルジュ様は陛下の側近だし本当羨ましいわ~」
先程の女官と共にブリュネットの髪をした同じ年頃の女官が更に加わった。
控えの間には、女官や侍女の殆どが集っていた。
ルリは苦笑いを浮かべながら、傍らで蜜柑を剥いている。
ヘタを取り、時計草の模様のような線を数えている姿は、この状態を楽しんでいるようにしか思えなかった。
「ミエルさん達は王妃様の侍女なのですよね?」
聞き慣れない名前で呼ばれ、視線を彷徨わせていると、グイッと肩を掴まれる。
物心ついた時には、領主の娘ミルティーユだった。ミルティーユ・ハイデルベーレそれが正式な名前だと知った瞬間、ミルティーユ・エクリップス・ドゥ・リュヌ・モーント・フィン・スターニスなんて長ったらしい名前になり、一週間後にはミルティーユ・ルゥーナと名乗ることを余儀なくされた。其処に不満はない。そして、女官長が紹介する際、ミエル・ホーニングとなった。
名前に関しては、常に驚きの連発だった。
「ええ。突然のことで驚いてます。私のような物では務まらないかと……」
そう言って、視線を床へ落とした。その様子を金髪碧眼、年の頃20過ぎの女官がじーっと見つめている。値踏みするような厭らしい視線に、背筋がぞっとした。
「何時までいらっしゃるの?」
「王妃様が落ち着かれるまでです。その後も私はお仕えする気ですけどね」
ルリは蜜柑を一房頬張った後、やっと口を開いた。「流石後宮ね。この時期にも美味しい蜜柑が頂けるなんて~」と陽気な発言を連発している。
ミルティーユの頭上を通り越して、悲鳴とも嘆きとも喜びともとれる声が何人かから上がった。
「ルリ様は騎士団お辞めになりますの?」
「ええ。もう辞表を書きました。今日中に処理されると思いますわ。兄もお前はがさつだから行儀見習いして来いって送り出してくれましたし」
「そのようなこと……十分魅力的な方ですわ」
「伯爵令嬢ですのに……」
先程の声の主が、口々にルリをフォローする。大抵後宮の女官は下級貴族か成金の商家の娘である。逆に侍女は上級貴族の娘が務めることもあり、あわよくば狙いなのは見え見えだった。
ルリの周りに集まった女性達は、皆ミッドナイトブルーでパブスリーブはふっくら膨らんだロングワンピースの上に、レースで縁取られたホワイトのエプロンをし、ブラックオーバーニーソックスにローヒールの革靴。パニエを履いているのだろう。スカートは大きく膨れあがっている。機能性よりは見た目重視な如何にも後宮らしい服装だった。
方や侍女は私服なのか、カラフルなドレスを身に纏い、エプロンなど不要な出で立ちだった。
ルリはさながら花畑に迷い込んだ蜜蜂のようで、花粉や蜜を我先にと強請る花々に囲まれていた。騎士様はみんなの憧れ。模範となる者。
一座の花形のように囲んでいた中で一人、手を打ち鳴らす者が居た。
「ああ、だから、婚約者のミエルさんもご一緒なのですね」
「……」
「兄は今のところ陛下の側近ですから」
「王妃様と妻同士親交があった方が何かと良いですものね//////同じ年の差婚。良き話し相手になられるのでは?」
「都合が良いかは別にして、ミエルは純粋な貴族ではありませんから、学ぶ機会をと今回白羽の矢が立ったのです。元騎士の私なりの仕事もあるかと私も首を縦に振りましたし」
妙に勘ぐる女官をさらっと見事に交わす。
ミルティーユが何も口に出さないでも良いように、ルリは天性のカリスマで世界を作り上げていた。
一通り、情報を提供し終えると静かになった。
敢えてミルティーユに話の矛先が向かないようにと、するっと簡単に嘘をつく唇は、黙している。
嘘をつくならミルティーユに有利にと願いながら、ミルティーユは聞き耳を立てていた。
ルリの蜂蜜ティーを飲んだ唇は麗しいぐらいにテカって見える。落ちることのない紅にグロスが合わさって、真昼にもかかわらず明かりで輝く室内を統べる魔性の女のようだ。
欲しい質問を手ぐすね引いて待っている策士が正解なのだが。
「王妃様って離宮で静養されて御出でしたのよね?」
「静養って言うより、ご婚礼の時一桁だったから、年頃になられるのをお待ちになったのでは?」
一桁……強ち間違えでもない……。実際は、二桁になった日に攫われるようにして連れてこられたのだけど。
「王妃様が居られたなんて。本当、謎ですよね後宮って……」
聞こえるか聞こえないような声で零す女官も居た。
一介の妃にしか過ぎないミルティーユを先程から皆王妃と呼び、その不在について対外的な理由を模索しているようだった。ここでは、唯一の妃を王妃と呼ぶのだろうか?
それとも長く主を務めてきたノワの意向なのだろうか。それにしてはルリも自然に呼んでいた。
「成人の歳に近くなられてお呼びになったとか?」
「王兄殿下の母君のお一人は14でお産みになりましたものね」
「//////」
黄色い声が上がる中、ミルティーユは他人事のように聞いていた。
それすら、第5王子が口が滑って広がった話に過ぎないのだ。
王族に関してはかなりの所秘されている。
実際その王妃様は、ココ侯爵に唆され、下町娘やってますなんて誰も言えなかっただろう。
何時から知っていたのか。黙って見過ごしたのかも謎だ。
「ルリ様、本当のところは如何ですの?」
やっと、リストアップしてあった話題に触れたのか、ルリ様はほくそ笑んだ。
「理由は陛下しかお分かりになりませんわ」
「残念。オルジュ様は側近ですもの。ルリ様はご存じだと思いましたのに」
「まだ、兄も私も独身ですから、夫婦のことなど理解しえませんわ」
ルリ様は孔雀の羽で作られた扇を取り出すと、優雅に口元を覆い女官に返答しながら、ちらちらとミルティーユの顔色を伺い楽しんでいる。
落胆ぶりを顕わにする女官に気付かれないように、苦笑した。
「流石に陛下はロリコンではなかったて事かしら?」
「では、10歳も離れているって言うことは政略結婚?」
公爵以下の身分の者達は知り得ないのだから、当然答えなど出ない。
近親婚をする事で子を成す。希少な公爵の娘はダティルに皆嫁ぎ済み等と要った情報も後宮に務めているからと言って得られる物ではなかった。
唯一知っているだろう女官長は壁に凭れながら、鋭い眼光を放っている。
話は堂々巡りして「何故かしら?」で皆小首を傾げた。
ラヴァニーユが呼び戻した理由などミルティーユ自身が知りたい。6年も放置してたのだ。
まかり間違って恋をし、危うく重婚しかかって……なんて、ミルティーユのような制約もないから、其れは除外される。ノワの死と大きく関係することは理解した。
丁度「王の女だ!!」と店で騒がれ、やばい状態だったので、無抵抗で付いてきてしまったが、早く解決して普通の幸せを噛みしめたい心は変わらない。
後宮は何回もの人員の入れ替えで、若い女ばかりだった。
女官長は様子を暫く見守った後、輪に加わらなかった数人の年配の女官に一言二言話しかけると、静かに退席した。
お腹の底から息を吐き出し、もう一度気合いを入れ直そうとした時だった。
うっかり、気が緩んでいる時こそ危うい。蚊帳の外だった筈が渦中の人になる。
そもそも、新人を囲んで親睦会中なのだから、上手く逃れたとばかり思っていたミルティーユが悪い。
此処は後宮。ラヴァニーユ以外にも何代か前には行っているだろうし、ココ侯爵領の下町よりは王の女の証に精通している場所だと言うことを失念していた。
ミルティーユは、無意識に時折耳に触れてしまっている事に気付かなかった。
※あとがきで連載していた小話撤去しました。再掲載は10月予定です。
一人称版を修正した物を再会編完の後に載せる予定で、「ガールズトークは何歳まで有効でしょうか?」というタイトルを付けたので、あらまな感じです。面倒なのでそのままにしましたけど。タイトルは女官長目線で考えたので……。
次回は薔薇のピアスからです。良かったらお付き合い下さい。
実桜