薬を盛られて過ちを犯したので……ハッピーエンドです
「結論から申せば、フレデリカ嬢を修道院で受け入れることはできません」
「そ、そうですか……」
わたくしフレデリカはステルアスカム公爵家の娘です。
先日夜会の際に、ジェラルド殿下と許されざる行為をしてしまいまして。
ジェラルド殿下はティルキア王国唯一の直系の王子様なのです。
わたくしも高位貴族の娘でありますから、昔から親しくさせていただいておりました。
……殿下にはもちろん言ったことはありませんが、お慕い申し上げておりました。
優しくて素敵な王子様ですから。
魔が差したとしか思えないです。
あの夜会で疲れたので控え室に下がっていたところ、偶然ジェラルド殿下もおいでになって。
その時二人きりでした。
いつにも増して凛々しく格好良く見えてしまったのです。
ジェラルド殿下に思いのたけを打ち明けて。
ジェラルド殿下もまた、わたくしのことを好きだと仰ってくださったのです。
情熱的な瞳で。
もう舞い上がってしまいまして、その、結婚後初めての夜に行うようなことをいたしてしまったのです。
全く淑女らしくないと、重々反省しております。
ジェラルド殿下はティルキア王国王位継承権一位の重要なお方です。
殿下は真面目な性格ですので、責任を取ってわたくしを妃になどと言い出しては困ったことになります。
殿下の妃は王国の繁栄のため、陛下の意向に沿って決められるべきですから。
ジェラルド殿下の、そしてわたくし自身の未練を断ち切るため、修道女になろうと考えました。
国教である聖文教の大司教様を訪ねてみたのですが……見事に断られてしまったのです。
わたくしは命を断つしかないのでしょうか?
「フレデリカ嬢、よろしいですかな?」
「は、はい」
「そもそも聖文教に性交渉がダメなどという教義はありません」
「でも姦淫はいけないことなのですよね?」
「何をもって姦淫となすかは諸説ありましょうが、両者独り身で合意の下でかつ一対一、これは姦淫とは申さぬのです」
「……聖文教の教義ではそうかもしれませんが、わたくしは許されぬことをしてしまいました。ジェラルド殿下はティルキアの王となられる方でありますのに」
婚約すらしておりませんのに。
いえ、わたくしが婚約者なんておこがましいですね。
本当に申し訳ないことを。
しかし大司教様は笑います。
「ハハッ。神は『産めよ増やせよ』が大義にございまするぞ。姦淫の禁止がむしろ例外規定であります。淑女たらんとするフレデリカ嬢にすると恥ずべきことをしてしまったとの考えなのでしょうが、何の何の。大いなる神はその程度のことでお怒りになるはずはなく、むしろ祝福してくれます」
「……そうでしょうか?」
「間違いありません。大司教たるわしが保証いたします。そしてフレデリカ嬢が悔いているなどということになると、逆に三つの罪が生じます。それには気付いておりますかな?」
「罪、ですか?」
罪深いことをした覚えはありますが、逆に罪になるとはどういうことでしょう?
ちょっとわかりませんね。
「フレデリカ嬢が自分のしたことを罪と断じるなら、それすなわちジェラルド殿下にも罪ありと言っているのと同じことです。先ほどの両者独り身で合意の下でかつ一対一ということで、両者同じ立場なのですからな」
「あ……」
ジェラルド殿下に罪なんてとんでもないことです。
わたくしはそんなことを考えていたのではありません。
「二つ目。これまた先ほどの理屈になりますが、罪でないことを罪と悔いるのは、神に異議申し立てしているのと同じであります」
「いえいえ、恐れ多いです」
「三つ目。多くの者を罪に加担させたと誤解させてしまうことですな」
「えっ? 多くの者、ですか?」
「まあこれはこちらの話ですが」
子をなす行為が全て罪と受け取れる、という意味でしょうか?
夫婦間の営みまで罪と考えていたわけではないのですけれども。
「淑女の規範と有罪無罪とはまったく別物でありますからな」
「わたしはどうすべきでありましょうか?」
「まず、罪などと考えてはいけないということはおわかりになりましたかな?」
「はい、重々理解いたしました」
「では気を楽にし、栄養と睡眠を十分に取り、堂々としているがよろしい」
「あの、どういうことでありましょうか?」
「子をなすような行為をしたからには、当然子ができるということもあり得ます。となれば丈夫な子を生み育てることが、フレデリカ嬢にとって最も重要な任務になるのですぞ」
「あっ?」
わたくしったら自分のことばかり考えていて。
子供のことは全然頭にありませんでした。
大司教様の言う通り、子供を授かるということだって十分可能性のあることではありませんか。
「ジェラルド殿下の男児でありますれば、将来至尊の位に就く者でありましょう。王家に忠誠を尽くすならば、そして神を信仰するならば、つまらぬ戯れ事を気にしたり終わったことを悔いたりする暇はありませんぞ」
「さようですね」
大司教様に相談してよかったです。
わたくしのなすべきことがわかりました。
大司教様が笑います。
「もしつまらぬことを吠える輩がおりましたら、わしにまた御相談くだされ。神の名をもって叱り飛ばしてやりますでな」
◇
――――――――――その後。
平和を謳歌するティルキア王国であったが、緩慢に危機は近付いていた。
王位継承権を持つ王族男児が二人しかいなかったのだ。
王位継承権保持者はジェラルドともう一人王の叔父に当たる人物で、そちらにも男児はなかったから、実質ジェラルド一人と言ってよかった。
もしジェラルドが夭逝したり子をなさなかったりした場合、王家は断絶し、ティルキアは大混乱に陥る可能性が限りなく高かった。
ジェラルドの婚約者としてはフレデリカ・ステルアスカム公爵令嬢をおいて他にないと言われていた。
ジェラルドと同い年で幼い頃から仲が良く、また優秀な淑女であったから。
二人は常に婚約間際とされていたが、どうせなら恋愛でくっつけと思われていた。
何故なら恋愛は国教である聖文教の推奨することであったし、王家のロマンスは市民ムーブと経済を高揚させるということで、関係各省も商工組合も望むところであったから。
しかしジェラルドは紳士であったし、フレデリカは淑女であった。
だからお互い好き合っているのが見え見えであったにも拘らず、関係が一向に進展しなかったのだ。
皆がヤキモキした。
とは言うものの時間の問題だろうとも思われていた。
が、婚約に至らないということがジェラルドとフレデリカに誤ったメッセージを与えていることに、誰も気付かなかったのだ。
婚約という話が出ないのは、ジェラルドには他の婚約者候補、例えば外国の王女とかがいるのだろうと。
関係者全員が早よくっつけと思っている時に、当事者であるジェラルドとフレデリカはあまり近過ぎるのはよくないと考えていたのだ。
これはフレデリカが父の公爵に『わたくしの婚約者はどなたになるのでしょうか?』と聞いたことから発覚した。
公爵は大慌てで国王に相談、国王もまた驚愕した。
『模範的人物であるのも時にはバカげたことになるの』とは国王が呟き、公爵が頷いたことだ。
もうなりふり構わずジェラルドとフレデリカを結びつける作戦が決行された。
夜会でジェラルドとフレデリカに媚薬を飲ませ、控え室で二人きりにするというものだ。
さらにフレデリカには新開発の妊娠誘発薬を密かに投与するという念の入れようだった。
果たして二人は結ばれる。
「フレデリカ、君以外に僕の妻はいないんだ。結婚してくれ」
ありふれたセリフであったが、ジェラルドのプロポーズの言葉は流行語になった。
ジェラルドとフレデリカは婚約期間なく結婚となった。
異例ではあったが、これはもちろんフレデリカが懐妊したから。
式典も何もなかったが国中お祝いムードに包まれていた。
もっとも破廉恥のはしたないのと言う者もいなくはなかった。
しかしフレデリカの出産が全ての批判を吹き飛ばした。
「見よ、男児の三つ子だ! 我が国の欲した最高の解答ではないか。これを神の祝福と言わずに何と言おう!」
聖文教大司教の発言は至極もっともだった。
王位継承権保持者が少ないというティルキア王国の弱点を一気に払拭したフレデリカは、賞賛されこそすれ文句をつけられる謂れなどなかったのだ。
反対派を全て黙らせた。
最終的にジェラルドとフレデリカは五男二女に恵まれる。
王子王女が生まれるたびティルキア王国は繁栄すると言われた。
一方でいつまで経っても初々しい二人だったという説がある。
楽しそうに話をしながら、恥ずかしさで目を合わせることができないのだとも。
ジェラルドとフレデリカは最後まで、二人を結びつけた陰謀について知らなかった。
結果が良ければいいではないか。
二人の幸せが国中に伝播する中、ジェラルドが即位する。
ティルキア王国の黄金時代が始まる。
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