幽霊なのに驚かすのが下手で放っておけない
ペンキをベッタリ塗ったような青空。
高く高く伸びる入道雲。
鼓膜を震わす蝉時雨。
夏の日差しの中で、僕は幽霊に出会った。
夏休みになると田舎の祖父の家へ泊まりに行くのが恒例行事だった。
中3の夏。今年も例に漏れず祖父の家にやってきた。しかし、いつものように遊んでばかりいられない。
受験を控えているので塾の宿題や参考書を持ってきており、使っていない部屋を占有させてもらい勉強に勤しむ。
受験がうらめしい。
なんで勉強なんてしなくてはいけないのか。考えるだけ無駄な疑問が脳の疲労にあいまって、夏休みという自由を奪われた不満と共に湧き出して、頭の中をぐるぐる駆け巡る。
ちょっと休もう。無理をするのはよくない。時計を見るとさっき勉強を再開してから10分しか経っていない。
・・・・・・10分も集中できてえらい! 自己肯定感を高めることは大切だ。それに勉強で重要なのは長さではなく質だと思う。
この10分で覚えたことは・・・・・・。いや、まあいい。
窓を開けて外の空気を取り入れる。
空には入道雲がもくもくと浮かんでいる。なんだか巨大なソフトクリームみたいだな。
そんな連想をしてしまったものだから、なんだか無性にアイス食べたくなってきた。このアイス欲を満たさないと勉強なんて手につきやしない。
やむなし、休憩延長。僕はコンビニへ向かった。
コンビニのある大通りまでは、両側に水田が広がる道を歩いて15分くらい。
容赦のない日差しに汗が噴き出してくる。涼しい部屋が恋しいが、アイスのために我慢だ。
頭上には遮るものがないため、空が広々としている。
空の青は濃く、雲の形や白さがよりはっきりと見える。
空気は夏草の青っぽい匂いをたっぷり含み、時折吹く生暖かい風に稲が揺れさらさらと鳴る。
蝉の鳴き声はけたましく響く。
あらためて夏だなと思う。都会では味わうことができない、輪郭のはっきりした夏が目の前にある。
夏の空気や音を全身で感じる。都会と比べてここには何もないけれど、田舎のありふれた景色の中で浴
びる空気が僕は好きだ。
ふと気づくと前方の道端に、麦わら帽子を被った白いワンピースの少女が立っているのに気づいた。顔は見えない。
おかしいなと思う。何かをしているわけでもなさそうだし、困っているわけでもなさそうだ。待ち合わせをするような場所でもない。
彼女はじっと正面を向いて、ただ立っている。
彼女の前を通る時、チラッと横目に彼女を見るとばっちり目が合ってしまった。
くるっとした大きな目。整った目鼻立ち。肌は驚くほど白い。かわいいなと思う反面、どこか違和感も感じる。なんていうか生気が感じられないような・・・・・・。
僕は目線を外し、黙って彼女の前を通り過ぎようとした時、
「・・・・・・や」と、なんと言ったのかは聞き取れなかったが彼女の声が聞こえた。
僕に何か言ったのだろうか? 僕は立ち止まって、彼女の方を振り向く。
彼女は顔をこちらに向けている。やはり僕に何か言ったようだ。
「あの、何か?」
僕が聞き返すと彼女の表情がぱっと明るくなった。そして、もう一度彼女が言った。
「うらめしや」
今度ははっきりと言葉を聞き取れた。
うらめしや? なんのことだろう。お店の名前か? でもそんなお店は聞いたことがない。
僕が首を傾げていると、
「私の声聞こえてない?」と不安げに問いかけてきた。
「いや、声は聞こえてるんだけど」僕が答えると、彼女はホッとしたようだ。
「うらめしやって何?」
「うらめしやはうらめしや」それ以外にないだろうといった感じだ。別にからかっているわけでもなさそうだ。
「お店の名前?」
「ちがう」
「えーと、じゃあ、幽霊が出る時に言うやつ・・・・・・とか」
「そう」まさかの正解だった。
「えーと、つまり?」
「うらめしや~」
「僕をおどかそうとしてる?」
彼女はうんうんと頷いた。
「怖かった?」
「全然・・・・・・」いや、意味がよくわからない分、ある意味怖いけどね。
「そう」彼女ぼそっと一言呟くと、スーッと僕の目の前で消えた。
・・・・・・うん、消えたな。つまり、彼女は本物の幽霊だったってことか。
初めての幽霊との遭遇は想像していたのと違った。なんだか肩透かしをくらったようだ。まさ
か驚かすのが絶望的に下手だなんて。
がんばれ。僕は心の中で彼女の健闘を祈り、気を取り直してコンビニへ向かって再び歩き始めた。
翌日、散歩をしていると木の後ろに彼女が隠れているのが見えた。急に飛び出して驚かす魂胆なのだろう。
見えてしまっているし、幽霊にしてはあまりにも幼稚な作戦ではあるが昨日よりは進歩しているようだ。
僕が前を通りかかると予想通り彼女が目の前に飛び出してきた。
「うらめしや」ドヤ顔である。
怖がってあげたほうがよいのだろうか。でも正直全く怖くない。
ここは彼女の成長のために心を鬼にしよう。
「・・・・・・」
「どう? 怖かった?」
「いや」僕が真顔で首を振ると、彼女はしょんぼりした。
「怖がらせるのむずかしい」幽霊にも悩みはあるようだ。
「どうして怖がらせたいの?」
「怒られちゃうから」
「誰に?」
「上の人に・・・・・・」
幽霊にも縦社会があるのか。大変なんだな。
彼女を気の毒に思い、参考になればとスマホで心霊動画を一緒に見ることにした。
うわっと怖くて目を背けたくなる場面がきても、彼女は目をキラキラさせて画面を食い入るように見ていた。恐怖というのは幽霊にとっては、人間でいうかっこいいに近しいのかもしれない。
楽しそうな彼女を見ていると僕は嬉しくなった。
当然のことだけど僕は幽霊のことは何も知らない。なんなら幽霊は苦手だし、願わくば出会いたくないと思っていた。
だけど今、僕の隣には幽霊がいて一緒に動画を見ている。
とても不器用な幽霊。
怖がらせることが下手で悩む女の子の霊。
幽霊を相手に変な話だが、彼女を見ていると何かしてあげたい、もっと知りたいと思ってしまうのだ。この気持ちは一体なんなのだろう。
心の中がもやもやしてむず痒く、なんだか落ち着かないのだった。
祖父の家から帰る日の前日、夜に彼女と花火をした。
暗闇の中、彼女はぼんやりと浮かび上がっている。初めて彼女を幽霊っぽいと思えた。
しんしんとした静寂の中に蛙の声や虫の声が響いている。
二人並んで花火に火をつけていく。
色とりどりの光が暗闇の中でぱちぱちと爆ぜた。
花火は初めてだったようで、彼女はうっとりと光を眺めていた。
光に浮かぶ彼女の横顔は妙に艶っぽく見えて、不覚にもドキドキした。
最後は線香花火。先端に火が灯り、ぼつりとした小さな球体が次第に膨らみ、パチパチと細い火花を散らしだす。
ふと彼女を見ると、彼女も僕を見ていて目があった。
「わたし、あなたのこと・・・・・・」
白い顔をほのかに紅潮させて、大きな瞳が僕を見つめる。
ドクンッと心臓が跳ねた。ついに僕にもこういう場面がやってきたか。
鼓動が早くなる。恐怖でドキドキさせられるより10000倍いい。
半開きになった彼女の口元から僕は目を離せなくなる。
僕はなんて返事をしたらいいんだ。そもそも相手は幽霊。
いや、恋に人間も幽霊も関係あるか?
僕は自分に向けられた好意に気づけない鈍感系主人公ではない。むしろ、敏感だ。
僕の思考が勝手に都合よい方向に加速していく中、彼女が言葉を続けた。
「・・・・・・次は絶対怖がらせてみせるから」
自身に満ち溢れた表情で、彼女はグッと拳を握った。
脳裏を駆け巡っていた妄想とは全然違う言葉に、僕は思考停止して、
「えっ?」と間抜けな声が溢れた。
ぽとりっと線香花火の火球が地面に落ちて、辺りは暗闇に包まれた。恋の花火は打ち上がらな
かったらしい。
「ありがとう」
そういって、彼女はスーッ消えていた。
一人残された僕は寂しく空を見上げた。視界いっぱいに星空が広がり、暗闇の中、星の瞬きがよく見えた。
無事に志望校に進学できた僕は、今年も祖父の家に遊びに来た。
高校生になり、僕もすっかり大人になった・・・・・・はずだ。
祖父の家に着くなり、僕は彼女に会いに外に出た。
すぐに遭遇できると思っていたが、どこにも彼女は見当たらなかった。
考えが甘かった。幽霊という不確かなものに、いつでも会える保証なんてないのに。
焦る気持ちを抱え、汗だくになりながらあちこち走り回って探したけれど結局会えなかった。
幽霊なんて最初からいなくて、あれは幻だったのだろうか。
疲労感と喪失感を抱えて僕は祖父の家に帰った。
思った以上にがっかりしていることに気づき、それだけ彼女に会いたいと思っていた自分に正直驚いた。
ピンポーン。
インターフォンが鳴った。
「はーい」
返事をして玄関に向かう。
玄関を開けると誰もいない。
おかしいなと思いつつ、家の中に戻ろうと振り向こうとした瞬間、首筋がひんやりとして耳元で、
「うらめしや」と聞こえた。
振り返ると彼女がそこにいた。
「怖かった?」
「うん。ちょっとだけね」
彼女にもう会えないと思ったことが怖かったっていうのは、彼女には内緒である。




