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虚空の理 ~祈りも詠唱も必要ない。魔法が非効率すぎる世界を物理法則で解体する~  作者: 来里 綴
静寂と胎動

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第46話 新生する右腕

 巨大な溶鉱炉が唸りを上げるヴォルグの工房に、再びカイたちの足音が響いた。つい数時間前、理論と設計図を持ち込んだ時とは空気が違う。職人たちの怒号は鳴りを潜め、代わりに張り詰めた緊張感が漂っていた。


「……来たか」


 作業台の奥で、ヴォルグがゆっくりと振り返った。その顔は煤と油で汚れ、目は血走っているが、口元には獰猛な笑みが張り付いている。彼の背後にある作業台には、白い布がかけられた「何か」が鎮座していた。


「待ちくたびれたぜ、小僧。……いや、カイ」


 ヴォルグは、もったいぶることなく布を引いた。バサリ、という音と共に現れたのは、冷たく、そして美しい「鋼鉄の腕」だった。


「……これが」


 カイは息を呑んだ。それは、美術品のような流麗さと、兵器としての無骨さが同居する異様な義手だった。主素材は黒ずんだ鉄だが、その表面には血管のように『聖銀』のラインが走っている。関節部分には、カイが提案した「ねじ」が整然と並び、肘から手首にかけては、魚のえらのような「放熱フィン」が幾重にも重なっていた。指先は鋭く尖り、人間の手というよりは、何かを掴み砕くための「爪」を連想させる。


「俺の技術と、お前の知識、そしてお嬢ちゃんの設計思想、その全部をぶち込んだ最高傑作だ」


 ヴォルグが愛おしそうに義手の指先を撫でた。


「心臓部は、お前が持ってきたあの純度100%の聖銀だ。こいつが、お前の魂から溢れるデタラメな熱量を吸い上げ、循環させ、動力に変える。言わば、お前専用の『外付け冷却機関』だ」


「……すごいな」


 カイは、思わず左手を伸ばして義手に触れた。ひやりとした金属の感触。だが、その奥に、何か生き物じみた「空洞」を感じる。持ち主の魂が入るのを、今か今かと待ち構えているような飢餓感。


「感動してる時間はねえぞ。……ここからが本番だ」


 ヴォルグは、ツァーンとボルツに目配せをした。双子が手際よく準備を始める。カイは上着を脱ぎ、右肩を露出させて作業椅子に座らされた。失われた右腕の断面。そこはソフィアの処置できれいに塞がっているが、やはり「あるべきものがない」という喪失感は消えない。肉体の一部が欠落したという事実は、カイの魂のバランスを危ういものにしていた。


「いいか、カイ。これからこいつをお前の肩に接続する。だが、ただ物理的にくっつけるだけじゃねえ」


 ヴォルグが真剣な眼差しでカイを見据えた。


「こいつには、お前の魂の波長に合わせて伸縮する『感応式ソケット』が組み込んである。接続した瞬間、お前の魂の一部が義手の中に流れ込むはずだ。……その時、強烈な違和感と吐き気がするかもしれん」


「……分かった」


「それと、もう一つ」


 ヴォルグは、義手の肘部分にある排気口を指差した。


「こいつは、お前の『解体』の余波――魂蝕の熱を、物理的な熱エネルギーに変換して外に逃がす仕組みだ。だが、許容量を超えりゃ、排熱が追いつかずに腕ごと爆発する。調子に乗ってフルパワーを出すなよ?」


「肝に銘じておくよ」


 カイは深く頷いた。爆弾を抱えるようなものだ。だが、素手のままで自滅するよりはずっとマシだ。


「よし。……ツァーン、ボルツ! 固定具!」


「はい、親方!」


 双子がカイの体を椅子に固定する。革ベルトがきしむ音。ヴォルグが、重厚な義手を持ち上げ、カイの右肩にあてがった。金属の冷たさが、皮膚を通して伝わってくる。


「行くぞ。コネクト!」


 ガシャン! 重い金属音が響き、義手のソケットがカイの肩に噛み合った。瞬間。


「ぐ、ぅ……ッ!?」


 カイの視界が明滅した。痛みではない。もっと根源的な、「異物が自分の一部になる」という生理的な拒絶反応。失われたはずの右腕の神経が、存在しない指先の感覚を求めて叫び声を上げる。冷たい金属の中に、自分の魂が液体のように流れ込んでいく感覚。血管が、神経が、金属の回路と強制的にリンクさせられていく。まるで、冷たい泥の中に腕を突っ込んでいるような、不快な圧迫感。


「深呼吸して! カイ、自分の腕だとイメージするの!」


 ソフィアの声が聞こえる。カイは歯を食いしばり、脂汗を流しながら意識を集中させた。これは異物じゃない。道具でもない。俺の新しい体だ。俺の意志で動く、新しい「ロジック」だ。


(……動け。……俺の、手……!)


 ドクン。義手の奥で、脈動が生まれた。それは心臓の鼓動ではない。聖銀の回路をエーテルが循環し始めた音だ。


 シュゴォォォォォ……ッ!!


 突然、義手の肘にある排気口から、真っ白な蒸気が勢いよく噴き出した。カイの魂が発する熱が、瞬時に変換され、排出されたのだ。工房内に蒸気が充満し、視界が白く染まる。


「排熱機構、作動! 魂蝕係数、安定域に入りました!」


 モニタリングしていたソフィアが叫ぶ。蒸気の中に、カイの右腕が浮かび上がる。黒い鉄の指が、ゆっくりと、しかし力強く握り込まれた。


 ギチチチ……。


 精巧な歯車とバネが連動し、金属の拳を作る。カイは、その拳を見つめた。感覚がある。生身の皮膚感覚とは違う。もっと硬質で、冷徹な、「世界そのものを掴む」ような感覚。


「……動く」


 カイは呟き、右腕を掲げた。重い。だが、その重さが心地よい。これなら耐えられる。生身では触れるだけで火傷したあの高密度のエネルギーも、この鋼鉄の指なら、物理的にねじ伏せられる。クレドの魔法を受け止めた時に砕けたあの骨の痛みは、もうない。


「……へっ、上出来だ」


 ヴォルグが額の汗を拭い、ニヤリと笑った。


「適合率良好。どうだ、坊主。俺の最高傑作の味は」


「……悪くない。いや、最高だ」


 カイは、義手の指を一本ずつ動かし、その感触を確かめた。親指、人差し指、中指。……滑らかだ。まるで、最初からこうなることが決まっていたかのように、思考と動作が直結している。


 カイは拘束具を解いてもらい、立ち上がった。右腕の重みで、少しバランスが崩れる。だが、すぐに修正した。この重みが、これからの俺の「楔」になる。


「ありがとう、ヴォルグ。……これなら、戦える」


「礼には及ばねえよ。代金は、お前のその『知識』で払ってもらったからな」


 ヴォルグは照れ隠しのように鼻を鳴らし、作業台の上の図面をポンと叩いた。


「これのおかげで、俺たちの技術は百年進化した。むしろ、釣り合いが取れねえくらいだ」


「ウィンウィンってやつだよ」


 カイが笑うと、ヴォルグも豪快に笑い返した。その時、工房の入り口から、慌ただしい足音が近づいてきた。


「大変です! ゲルハルトさんからの緊急連絡です!」


 飛び込んできたのは、通信担当のシエロだった。彼は息を切らし、顔面を蒼白にしている。


「どうした、シエロ。そんなに慌てて」


 ジャンが尋ねると、シエロは震える声で告げた。


「……教会の動きが、活発化しています。潜入中の『幻燈プリズム』さんから暗号通信が入りました」


 シエロの言葉に、場の空気が凍りつく。


「……内容は?」


 ソフィアが鋭く問う。


「『聖帝がカイさんを特異点として認定』……そして、『聖騎士団の最精鋭部隊・エクリプス』の投入が決定されたそうです」


「……エクリプスだって!?」


 ジャンが目を見開いた。ヴォルグの表情も険しくなる。カイだけが、その名の意味を知らなかった。だが、彼らの反応を見れば、それが「ただ事ではない」ことだけは理解できた。


「……そいつらは、そんなにヤバいのか?」


「ヤバいなんてもんじゃないわ」


 ソフィアが、青ざめた顔でカイを見た。


「教会の裏の処刑部隊よ。表向きの騎士団とは違って、彼らは『異端の殲滅』に特化している。……目撃者は一人も生きて帰らないと言われる、死神の軍団よ」


 ソフィアの言葉に、カイの眉が動いた。


「……スラムに来た正規の聖騎士団でさえ、あれだけの脅威だった。それ以上の『本職』が出てくるってことか」


 カイは、自身の右腕――鋼鉄の義手を握りしめた。スラムでの戦いを思い出す。指揮官クレドが率いた正規の聖騎士団。彼らの「合唱コーラス」による飽和攻撃は、カイ一人では防ぎきれないほどの暴力だった。あれでさえ「表の戦力」に過ぎないというのか。今、迫っているのは、組織的な制圧ではなく、確実な抹殺を目的とした処刑人たちだ。


(……難易度が跳ね上がったな)


 だが、不思議と震えはなかった。むしろ、腹が据わった感覚がある。ヴァルガスやクレドとの戦いは、ただ生き残るための泥仕合だった。だが、聖帝が直々に処刑人を差し向けてきたということは、俺の存在が奴らの「ルール」にとって、無視できない脅威だと認めた証拠だ。


 間に合ったのだ。最強の敵が来る前に、最強の武器を手に入れることができた。


「……来るなら、来ればいい」


 カイは、静かに言った。その瞳には、以前のような怯えの色はない。あるのは、迫りくる運命を「解体」するための、冷徹な計算と覚悟だけ。


「俺には、これがある。……そして、あんたたちがいる」


 カイは、ソフィア、ジャン、ヴォルグ、そしてシエロを見回した。一人じゃない。知恵を貸してくれる者がいる。背中を守ってくれる者がいる。そして、武器を作ってくれる者がいる。


「……迎撃しよう。俺たちが生き残るために」


 カイの言葉に、ヴォルグがニヤリと笑った。


「へっ、いい度胸だ。気に入ったぜ。おい、ツァーン、ボルツ! カイの装備の予備パーツを用意しろ! 壊れたら即座に直せるようにな!」


「はいっ!」


 工房が再び活気づく。今度は「開発」のためではない。「戦争」のための準備だ。


「戻りましょう、カイ。ゲルハルトと作戦会議よ」


 ソフィアが白衣を翻す。カイは頷き、新しい右腕で空気を掴むように握りしめた。プシューッ。排気口から、余剰な熱が蒸気となって吐き出される。それはまるで、戦いに向かう獣の鼻息のようだった。


 新生した右腕と共に、カイは戦場へと足を踏み出す。静寂の時間は終わり、ついに「対決」の時が迫っていた。

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