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虚空の理 ~祈りも詠唱も必要ない。魔法が非効率すぎる世界を物理法則で解体する~  作者: 来里 綴
箱舟の亀裂

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第103話 解法の在り処

 分厚い鉄扉を押し開けると、作戦会議室の中には青白い光が充満していた。


 部屋の中央に置かれた円卓。その上に浮かび上がっているのは、この大陸全土を覆う巨大なドーム状の結界の立体投影だ。青白い光の粒子が、まるで脈打つ傷口のように不規則な明滅を繰り返している。行き場を失った莫大なエネルギーが、内側から世界を押し潰そうとしている証拠だった。


 その光の地図を前に、白衣姿のソフィアが一人、手元の石板型デバイスと睨み合いながら、呪文のように複雑な数式をブツブツと呟いていた。


「……循環圧力が想定値の三倍……。だめ、ここから結節点を抜いても崩壊の連鎖が起きるだけ……。もっと根幹の、すべてを縛り付けている大元の『定義』を……」


「行き詰まっているようだな、ソフィア」


 カイが声をかけると、ソフィアはビクッと肩を震わせ、振り返った。その目の下には、連日の解析作業による薄い隈が浮かんでいるが、黒い瞳は異様なほどの熱を帯びていた。


「カイ。……サカキさんたちとの話は終わったの?」


「ああ。アジトの兵站や管理は、彼らに安心して任せておける。あっちの世界で培った大人の経験は伊達じゃない。……それで、そっちの結界の解析の進み具合はどうだ?」


 カイが円卓に歩み寄り、立体投影を見下ろす。大陸を覆う巨大な光のドームは、所々が赤黒く変色し、今にもはち切れそうに膨張している。


「……結論から言うと、今の私たちの手持ちのデータだけじゃ、この結界を安全に解体することは不可能よ」


 ソフィアは、乾いた唇を舐めてから、重苦しい事実を口にした。


「この結界は、単なるエネルギーの壁じゃない。三千年間、この大陸の物理法則そのものを外界から切り離し、固定し続けてきた途方もない規模の循環機構よ。私が外側から構造を観測して、貴方が義手で一つ一つ結び目をほどいていったとしても……全体の構造を正しく理解していなければ、どこかで必ず致命的な暴発を引き起こすわ」


「……複雑に絡み合った、巨大な時計の歯車みたいなものか。全体の設計図もないまま適当な歯車を外せば、溜まりきったゼンマイの動力が一気に暴発して、機械全体が弾け飛ぶ」


「その通りよ。しかも、失敗すれば大陸ごと木端微塵になる規模の時計ね」


 ソフィアは、立体地図の東側――大陸の中心部から少し離れた位置にある、ひときわ光の強いエリアを指差した。


「この巨大な仕掛けを安全に解体し、溜まった圧力を地球へ穏やかに還流させるには、結界の構造を根底から規定している大元の設計図……教会が管理している『原譜(オリジナル・スコア)』が絶対に必要よ」


「原譜……」


「ええ。教会の連中が振りかざす聖譜は、すべてその大元の設計図から書き写された劣化コピーに過ぎない。結界を制御している本物の設計図は、必ず教会のデータバンクに保管されているはずだわ」


 ちょうどその時、部屋の奥から静かな足音が近づいてきた。指揮官のゲルハルトだ。彼は銀縁眼鏡を押し上げながら、ソフィアの言葉を引き取った。


「その『原譜』が保管されていると目される場所……それが、教団の直轄領である聖学都市『ルキウム』だ」


 ゲルハルトは、円卓の操作盤に触れ、立体地図の東側のエリアを拡大表示した。そこには、高い城壁に囲まれ、中央に天を衝くような巨大な尖塔がそびえ立つ、威圧的な都市の姿が浮かび上がった。


「我々レジスタンスの間では、この都市は『神の記憶庫』とも呼ばれている。教団のあらゆる術式の研究機関が集中し、信仰の深さに応じて最も純度の高いエネルギーが配給されている狂信の都市だ。あの巨大な尖塔は『聖譜監獄(アーカイブ)』と呼ばれ、内部には無限に続く螺旋状の書架にクリスタルの記憶板が収められている」


 ゲルハルトの言葉に、カイは目を細めた。教会の支配の中枢であり、狂信的な知識の集積地。これまで戦ってきたスラムや辺境の街とは、警備の規模も、そこに満ちている聖譜の純度も比較にならないだろう。


「当然、守りも鉄壁ってわけだ。……真正面から軍隊をぶつけて勝てる相手じゃない。少人数での潜入工作になるな」


「その通りだ」


 ゲルハルトは深く頷いた。


「面白ぇじゃねえか。泥棒稼業は嫌いじゃないぜ」


 いつの間にか、作戦会議室の入り口に、ジャンとヴァレリー、そしてヴィクトルが集まってきていた。


 ジャンは、左半身の黒鉄プロテクターをきしませながら、円卓の椅子に深く腰掛けた。ヴァレリーも、腕に刻まれた赤い火傷の痕を隠すことなく、不敵な笑みを浮かべている。満身創痍でありながら、彼らの瞳には明確な戦意が宿っていた。


「でも、そのルキウムって大都市に、どうやって潜り込むのよ? まさか、正面ゲートから堂々と入るわけにはいかないでしょ」


 ヴァレリーの尤もな疑問に、ゲルハルトが円卓を見渡し、威厳のある声で言った。


「ああ。無策で突っ込めば犬死にするだけだ。我々の目的は都市の制圧ではない。都市の深部に潜入し、結界の『解法』となる原譜を暴き出し、奪取すること。……これより、ルキウム潜入作戦の具体的な立案に入る」


 ゲルハルトは、円卓に浮かぶルキウムの立体地図を見下ろした。


「各自、手持ちの物資と情報を洗い出せ。潜入ルートの緻密な選定から、敵の探知網を避けるための偽装工作まで、決めるべき課題は山積みだ」


「ええ。サカキさんやリチャードさんたちが整理してくれた物資のリストも参考にしながら、最小限で最大の効果を発揮できる装備を整えましょう。ヴィクトルの持つ地下の地図データとも照らし合わせる必要があるわ」


 ソフィアが石板を操作し、次々と必要なデータを円卓の上に展開していく。


 カイは、静かに駆動音を鳴らす右腕の義手を下ろし、決意を新たに前を見据えた。もはや、目の前の怪物を倒すだけの対症療法ではない。自分たちはただ逃げるためでも、復讐するためでもなく、この壊れかけた世界そのものを修復するための根本的な「設計図」を手に入れるために動くのだ。


 教団の直轄領、聖学都市ルキウム。狂信の知識が集積され、すべての元凶のヒントが眠る場所。


 途方もない困難が待ち受けていることは分かっている。だが、背後には拠点を守り抜いてくれる同郷の仲間たちがおり、隣には完璧な航路を弾き出してくれる相棒の『眼』があり、身を挺して道を切り開いてくれる仲間たちがいる。


「俺たちはもう、ただ逃げるために戦うんじゃない。この狂った仕組みの底にある真実を暴いて、世界をあるべき姿に直す。……そのための、次なる大仕事だ」


 カイの言葉に、ジャンが豪快に笑い、ヴァレリーが肩をすくめ、ヴィクトルが静かに頷いた。ソフィアもまた、観測鏡の奥の瞳に確かな信頼を浮かべている。


 世界という巨大な矛盾の塊をほどき、あるべき姿へと修復する。そのための長く険しい道のりへ向けた具体的な作戦計画が、冷たい鉄の会議室の中で、静かな熱を帯びて組み立てられようとしていた。カイは、円卓に浮かび上がる都市の図面へと、静かに視線を落とした。

幕間2:箱舟の亀裂 「完結」


お読みいただきありがとうございます。

新たに短編『富士山の地下には「位相封鎖端末」が眠っている。~歴史学科の大学生コンビが、隠蔽された超古代文明の封印を修復するまで~』を投稿しました。

今作のどこかとこっそりリンクしている……かもしれません。ぜひ探してみてください。


『富士山の地下には「位相封鎖端末」が眠っている。~歴史学科の大学生コンビが、隠蔽された超古代文明の封印を修復するまで~』

https://ncode.syosetu.com/n9501lx/

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