07
久我山家へ向かう車の中は、静かだった。
伊藤は運転席でハンドルを握り、片手でウインカーを操作している。
ラジオはついていない。エンジン音と、時折のブレーキ音だけが車内を満たしていた。
葉山は後部座席で、スマートフォンを取り出す。
矢野にメッセージを送った。
――今日はこのまま帰れそうにない。先に帰ってくれ。
少し間を置いて、既読がつく。
――了解。無理すんな。
それだけだった。
余計な言葉はない。その方がありがたい。
スマートフォンをしまうと、伊藤がミラー越しにちらりと見てきた。
「友達か」
「はい」
「ちゃんと連絡入れるのは偉いな。俺は若い頃、そういうの全然だった」
褒めているのかどうか分からない口調だった。
やがて、住宅街に入る。
久我山家は、ごく普通の一軒家だった。派手さもなく、荒れてもいない。
インターホンを鳴らすと、すぐにドアが開いた。
「……葉山さん」
久我山咲だった。
黒いカーディガンにジーンズ。葬儀のときより、少しだけ顔色が戻っている。
「お邪魔します」
伊藤が先に頭を下げる。
「警察です。少しだけ中、見させてもらいます」
咲は一瞬だけためらい、それからうなずいた。
「……どうぞ」
案内されたのは、二階の奥の部屋だった。
「兄の、部屋です」
ドアを開けた瞬間、葉山は分かった。
すでに捜索が入っている。
机の上は整理され、引き出しは空。
パソコンも、ケータイもない。棚の中も、一度すべて出された形跡がある。
「もう、警察の人が……」
咲が小さく言った。
「ええ。形式的なやつです」
伊藤は部屋を一瞥し、肩をすくめた。
葉山は、部屋に足を踏み入れた。
机の引き出しを一つ一つ確認する。
底を叩き、側面をなぞる。二重底になっていないか、指先で確かめる。
「……まだ生きてる、んですよね」
不意に、咲が言った。
葉山は顔を上げる。
「兄から手紙をもらって……それでも、葉山さんは……」
言葉が途切れる。
「ギリギリだったよ」
短く答えた。
「それだけで、よかったです」
咲はそれ以上、何も言わなかった。
部屋の隅。
机の上に置かれたペン立てに、一本だけ違和感があった。
精密ドライバー。
マイナス。先端が、わずかに曲がっている。孫の手のように。
葉山はそれを手に取った。
「……これ、亮のやつの?」
「いえ、わかりませんけど、そこにあるならたぶん」
「ほーん」
30分くらいたっただろうか
部屋中を調べても、それ以上は何も出ない。
伊藤が舌打ちする。
「やっぱ空振りか」
そのとき、伊藤が眉をひそめた。
「……ああ、そうだ」
咲を見る。
「俺に渡した遺書は、亮から渡されたんだよね?」
「……はい」
「いつ頃」
「兄がなくなる3日まえくらいだったと」
「3日まえねぇ……、ほかになんか預かってるものとかない?」
咲は首を横に振った。
「ない、です」
伊藤はじっと咲を見る。
数秒。沈黙。
「嘘というよりは、心当たりがあるって感じだな」
咲の肩が、小さく揺れた。
「いえ、でも、あれは」
言い訳するような口調だった。
葉山が一歩前に出る。
「……亮から、プレゼントされたものとか。もともと亮のだったものとかあるんじゃないか?」
咲はしばらく黙り込み、それから小さく言った。
「あります、けどあれは私が中学の入学祝にもらったもので……」
棚の奥から、箱を持ってきた。
オルゴールだった。
木製で、古いが手入れはされている。
蓋を開けると、中央の人形が立っている。
ゼンマイを回すと、音楽が流れ、人形がくるりと踊り始めた。
その動きの中で、葉山は気づいた。
人形の床。
縁に、二つの小さな傷跡。
葉山は、さっきのドライバーを取り出す。
曲がった先端を、傷の隙間に差し込む。
テコの原理で、ゆっくりと持ち上げた。
すると人形ごと床がとり外れた。
底に何かテープで張り付けてある。
USBメモリだ
「伊藤さんみてよ、大当たり!」
葉山が喜んでみせると、伊藤が低くいう
「車にノートパソコンある」
二人はすぐに外へ出た。
車内でパソコンを立ち上げ、USBを挿す。
フォルダがいくつか表示される。
一つは、名簿。
開くと、ズラリと名前が並んでいた。
その中に
葉山薫。
矢野。
久我山亮。
三人の名前がある
もう一つ、画像フォルダ。
開いた瞬間、葉山は息を止めた。
遺書に入っていた、あの女性の写真。
そして――
次の画像から、彼女はバラバラになっていた。
肉片。
床。
血。
伊藤が、静かにパソコンを閉じた。




