04
腹を抱えて笑うゴスロリの女を、葉山は半目で見返した。
女はひとしきり笑ったあと、ふっと表情を緩めた。
そして、何でもないことのように言った。
「外、もう暗いわよ」
その言葉で、葉山は初めて時間の感覚を思い出した。
窓の外を見ると、確かに夕方を通り越して夜に近い色をしている。
「……どれくらい寝てた?」
「3日」
即答だった。
「意外と軽症だったんだ、倒れるとき流石に死んだなって思ったんだけど」
「何を言っているの、かなり危なかったわよ」
女は笑顔のまま、さらっと爆弾を投げてきた。
「硬膜下血腫ってわかる?」
「いや、しらない」
「頭を強く打って、脳の外側に血が溜まってたの。だから頭蓋骨、開いてるわよ」
葉山は一瞬、言葉を失った。
「俺の頭が…」
「もうパかっと」
女はあっさり言った。
「でも、そんなことより」
そう言って、彼女は急に真剣な目になった。
目を見開き、ぐっと距離を詰めてくる。
近い。
フリルが視界を埋める。
「あの時、なんで席を移動したの?」
まっすぐな視線。
誤魔化しも冗談も通じなさそうな目だった。
「あの時」というのが、バスの爆破のことだと、すぐにわかった。
「……なんとなく、かな……」
「なんとなく?」
「なんとなく」
自分でも納得していない答えだった。
だが、それ以上の理由はなかった。
「なんとなく、ねぇ……」
女は顎に指を当て、考えるような仕草をした。
そして、むしろ納得したようにうなずく。
「あの席移動がなければ、あなたは死んでたわ」
「……そうなの?」
返事の代わりに、彼女はスマホを取り出した。
画面を操作し、動画を再生する。
防犯カメラか、誰かの撮影した映像だろう。
画面の中には、あのバスが映っていた。
そして――
自分が席を立ち、移動する。
その、数秒後。
置き去りにされたリュックが、爆発した。
動画はそこで止まった。
「よく生きてたな俺…」
スマホの画面には吹き飛ばされた葉山の姿があった
窓枠に上半身を投げ出された状態で、画面には葉山の足が映っていた。
「前の席の女性は……」
「即死、2人ともね」
女の声は淡々としていた。
葉山は、息を吐いた。
頭の奥で、久我山亮の遺書が蘇る。
『たぶん君も狙われている』
「……なあ」
「なに?」
「紙が落ちてなかった? 紙と写真、ほら、ここの……」
動画を戻す
「ここで読んでるやつ」
女は画面を見てから首を横に振った。
「大事なものなの?」
大事ものといえば大事なものではあるが…
隠すようなものでもないだろう。
「遺書だよ」
「いしょ?」
「そう、遺書」
おもい起こせば、その時は久我山の葬式の帰りだった。
それが運悪くこんな目にあってしまったわけだ。
運悪く
確かに久我山の遺書を読んでいなけれ、その発想ですべての決着がついただろう。
だが葉山は読んでしまった。
あの遺書を
「なんて書いてあったの?」
話すべきか話さぬべきか
葉山には答えが出なかった。
そもそもこの女は何なんだ?
俺はなぜこんな目にあわなければならないのか?
わけが分からないことばかりだった。
これでは埒が明かない。
少し迷ったが、葉山は話すことにした。
亮の死が事故ではなかったかもしれないこと。
遺書に書かれていた、意味不明な“ゲーム”の話。
そして、自分も狙われていると書かれていたこと。
話し終えたあと、病室には短い沈黙が落ちた。
「……なるほどね」
女は小さく息を吐いた。
なにかを知っている。そう思った。
「あんた、何者なんだ?」
改めて聞いてみる
女は宙を眺めた
「まだ教えられないのよね」
その瞬間、彼女のスマホが短い機械音を鳴らした。
誰かからの連絡らしい。
「ごめんなさい」
立ち上がり、出口へ向かいながら振り返る。
「もう少し話したかったんだけど」
「待てくれ」
葉山は呼び止めた。
「事件を追うなら、また会えるわ」
それだけ言って、彼女は病室を出ていった。
残された葉山は、天井を見上げる。
事件を追う。
その言葉が、頭の中で何度も反響する。
前の席の親子は死んだ。
久我山亮の死も、まだ何もわかっていない。
苛立ちが、じわじわと胸に溜まる。
「……面倒なことになったな」
だが、今は体も動かない。
考えるのをやめ、目を閉じた。
結局――
今は、寝るしかなかった。




