03
衝撃で、体が宙に浮いた感覚だけが残った。
次に意識が戻ったとき、葉山薫はバスの窓から上半身をだらりと外へ投げ出していた。
景色が上下逆さまに揺れ、何が起きたのか理解する前に、重力が仕事をする。
「……あ」
短い声を出した直後、バランスを失い、そのままアスファルトに落ちた。
全身に鈍い衝撃が走ったはずなのに、痛みは遅れてやってくる。
意識はあるのに、思考だけが霧がかったようにぼんやりしている。
焦点の合わない目を必死に瞬かせる。
少しずつ世界が形を取り戻し、視界の端に“誰か”が映った。
バスの中で見た、赤ん坊を抱いた女性だった。
いや、正確には「だった」という表現が正しい。
彼女はもう動かず、表情も、抱いている小さな命も、完全に静止している。
「クッソが」
葉山は声にならない声でそう呟いた。
立ち上がろうとしたが、手足が自分のものじゃないみたいに重い。
世界が再び遠のき、意識が暗転しかけた、そのとき。
視界の端、少し離れた場所に“それ”がいた。
フードの男。
今度は顔が見えた。
あごのあたりに、はっきりとした傷跡がある。
男は一瞬だけ、こちらを見た気がした。
目が合った――そう思った瞬間、景色が完全に暗くなった。
――――――――――
「……起きた?」
天井が見えた。
白い。やけに清潔で、無機質な白。
病院特有の匂いが、遅れて鼻をつく。
体を動かそうとして、やめた。
動かせない。というか、動かすという選択肢が最初から存在していない。
体中に違和感がある。
視線を下げると、点滴の管が何本も自分から伸びていた。
「……生きてる?」
独り言がやけに現実味を帯びて響く。
顔だけをゆっくり横に向けると、そこに“異物”がいた。
黒を基調とした、フリルだらけの服。
いわゆるゴスロリ、というやつだろう。
年齢は自分と同じくらいか、少し上か。長い髪に、不釣り合いなくらい明るい笑顔。
葉山は怪訝そうな顔をした。
すると、その女は楽しそうに微笑んで、こう言った。
「なろう系小説みたいに転生すると思った?」
葉山が{?}の表情をを浮かべると
彼女は腹を抱えて笑った。




