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「そう!今まさに、麗しきゴスロリさんがそこのシーツの入った入れ物にシュートされかけていたんですよ!!
ああ、これはあかんなって思いましてね、たまたま持ってた半分に折れ先のとがったモップの柄をぶっサリとやったんですわ!
『この国でぇ俺の許可なく悪さしてんじゃねぇよぉ!!』っていって」
伊藤は深くため息をついたが、三度目の説明になったが葉山のいうことが毎回若干違ったので、それ以上詰めなかった。
そのとき、部屋の隅でかすかな音がした。
ストレッチャーが、きし、と揺れる。
「……ん」
低い、眠たげな声。
三人の視線が同時にそちらへ向いた。
ストレッチャーの上で、ゴスロリ服の女がゆっくりと起き上がる。
顔色は悪いが、意識ははっきりしている。
「目、覚めたか」
伊藤が言う。
女は一瞬だけ状況を確認し、それから葉山を見た。
そして、深く頭を下げる。
「……助けてくれて、ありがとう」
「いえ。刺しただけなんで」
葉山は軽く手を振った。
「ただ、逃げられちゃったんだよ!」
「それでも、十分よ」
「いやー殺したった」
場の空気が固まる前に、葉山が手を叩いた。
「じゃ、自己紹介しません?」
「今それやるか?」
と伊藤。
「やります、そろそろ情報を出し合ってもいいころですやん」
葉山は即答した。
「俺、葉山薫。十七歳」
一息。
「友達の久我山の葬式帰りに、なんか知らんが爆発に巻き込まれました。まいったぜぇ」
伊藤が嫌な顔をする。
「それで、例の爆弾犯をたまたま見つけたんで、ぶっ殺そうと思いましたが失敗しました。次会ったら確実に殺す。今はそういう気持ちで生きてます!」
「気持ちだけにしといてくれよ」
「はい、これが殺意!ってかんじです。」
やべえ、話にならない。伊藤は舌打ちした
「伊藤。刑事。二十九」
それだけ言ってから続ける。
「事実を言うと、俺は別件の捜査で十月学園に行き着いた。別件については職務上言えない」
葉山がすぐに聞く。
「じゃあ俺を久我山の家に連れてったのは別件?」
「ああ、違う」
伊藤は視線を落とした。
「……理事長の話を聞いてる限り、あいつは嘘しかついてない。
仕事上生まれちまう偏見ってやつでさ。クソみたいな野郎だと思った」
言い切りだった。
「ああいう手合いは、ガキでも平気で利用する。単純に、それが気に入らなかっただけだ」
「なるほど」
葉山はうなずき、女の方を見る。
「はい、次。ゴス姉さん」
「それやめて」
即答だった。
女は小さくため息をつく。
「不破響子。歳は聞かないで」
少し間を置いて、続ける。
「医師免許は持ってるわ。一応ね。でも今は、ここで“あるもの”を作ってる」
不破は言葉を選ぶように、一度視線を落とした。
「できるだけ簡単に話すわ」
不破は一度、指でこめかみを押さえた。
「遺伝子、って言葉は知ってる?」
「DNAっすよね」
葉山が即答する。
「そう。それを、機械で読むの」
「読む?」
「血とか、皮膚とか、髪の毛。そういうのに入ってる情報をね」
不破は、空中に見えない文字を書くように指を動かした。
「人間の遺伝子情報って、ものすごく量が多いの。普通に見たら意味不明な記号の山よそれを、AIに食わせる」
伊藤が眉をひそめる。
「食わせる」
「分かりやすく言ってるの」
不破は気にせず続けた。
「AIは、過去のデータと照らし合わせて、その記号の山を“人”に変換する,誰のものか、どんな特徴があるか。」
葉山がゆっくりうなずく。
「悪用しか考えられない」
「やめなさい」
不破は言い直した。
「その機械は、本来は医療用よ。身元不明の患者を特定したり、災害時に使う想定だった」
少しだけ声が低くなる。
「……でも、今やってることは、別」
伊藤が口を挟む。
「運用停止になった理由は?」
「悪用できるから」
葉山の考えは正しいようで、即答だった。
「人を探すのにも、選ぶのにも、殺す順番を決めるのにも使える」
沈黙。
「で、その機械から名簿が出てきたってわけか」
伊藤がまとめる。
「ええ」
不破は静かにうなずいた。
「誰かが、遺伝子情報を使って“人をリスト化”してる」
伊藤と葉山は、なんとなくうなずいていた。
「その機械は、今は運用停止命令が出てる。今ある仕事は保全だけ
でもある日、よくわからない名簿が出力された」
不破は言った。
「あなたたのてにしている名簿とまったく同じものよ」
誰かが操作している。
だが、誰なのかは分からない。
出力された名簿の条件も不明。
「他にも操作跡はある」
そして、不破は静かに続けた。
「この名簿に載った人間が、次々殺されている事実を私は知っている」
「……でも今回は、初めて」
視線が自分自身に向く。
「名簿に載っていない私が、ターゲットになった」
「ああ、だから不用意だったのか、部屋の鍵もかけてなかったもんね」
伊藤が手を上げて会話を遮る。
「少しいいか」
二人が振り向く。
「事故で壊れてた久我山のスマホ、解析が終わった」
伊藤は画面を操作しながら言う。
「中に『人殺しドットコム』っていう、ふざけた名前のアプリがあった」
画面を見せる。
「“戦績”ってボタンを押すと、名前の一覧が出る」
そこに――葉山の名前があった。
横には、三角のマーク。
「久我山の横は、どくろマークだ」
意味は、誰にでも分かった。
「つまりだ」
伊藤は言う。
「このアプリを使って、殺人ゲームをしてる連中が一定数いる、人数は不明。全容も不明」
伊藤は画面をさらに操作する。
「……あんた、不破って言ったな」
突発クエスト、というボタンを押す。
そこには、不破響子の名前。
現在地つき。
「不破さんがっつり狙われてるわけじゃん。なんで?名簿になかったんでしょ?」
「ええ、でも…」
不破が何かを言いかけた時だった。
久我山のスマホが鳴った。
画面に赤い文字。
《緊急クエスト勃発!!》
伊藤がタップする。
《小沢宏を殺害せよ!!》
「知ってる人か?」
伊藤の質問に不破がうなずく
「これの設計者ですごっく太ってる人」
「太ってる人」
「ええすごく」
画面下には、住所。
「行こう」
いち早く言ったのは、葉山だった。
だが、すぐに足を止め、不破を見る。
「その機械、運用はされてないけど、使えるんだよね?」
「ええ、もちろん」
葉山は、前回使った棒――
血のついた即席の槍を取り出す。
「例えばこれ」
「この血。これ使えば、敵の居所、分かったりしないですかね」
不破は一瞬も迷わず答えた。
「持ってる遺伝子情報と照合すればわかるでしょうけど。もっと言えば、そんな量はいらない一滴あれば十分よ」
「……すんげー」
葉山は素直に感心した。
血の一滴。
それが重要。
どうやって手に入れるか――
そう考えかけたところで。
「おい」
伊藤が葉山を呼んだ。
「行くぞ」
地下二階の蛍光灯が、また小さく音を立てた。
ここから01に話は戻ります。
頭ではここで1話目終了です。




