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Lovely Baddy~皆性別不明の学園ライフ~  作者: 伊阪証
知って、自覚して、かえりみる

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8/8

黒薔薇

週末の遊園地。

晴れすぎた空がやけに目に痛い。

僕は改札を抜けてすぐの場所で、真知と並んで立っていた。

「じゃーん、ペアチケット♪」

彼女が取り出したのは、昨日の夜に渡された二枚のチケット。

ピンクのリボンで留められていて、どう見ても恋人同士向け。

「“調査”って言ってなかった?」

「調査よ。でも形から入るの。……そうでしょ?」

にこりと笑って、真知は腕を組む。

反射的に体が固まった。

「な、何して――」

「カップルごっこ。見られてる方がデータ取れるの。それに、“本気”って、結局周りの目が決めるものよ?」

言葉の意味がすぐには理解できなかった。

けれど、真知の笑顔は真剣そのものだった。

――こうして僕らの“偽りのデート”が始まった。

最初のアトラクションは、観覧車。

晴れ渡る空の下、ゆっくりと上昇していく箱の中。

窓の外に広がる街が、まるで模型みたいに小さくなる。

真知は足を組み、肘を窓枠にかけたまま呟いた。

「ねぇ、照くん。“嫌われる”って怖くない?」

「うん、怖いよ。けど、避けても変わらない」

「……変わらない?」

「うん。僕だって、誰かに嫌われたら落ち込むけど、何も言わないままよりはマシだと思う。言わないと、相手のことも、知らないままだし」

真知は頬杖をついたまま、窓の外を見つめた。

「私、ずっと“正しい人”でいようとしてた。誰も傷つけず、誰からも嫌われないように。」

「……うん。」

「でもさ、最近思うの。それって、誰からも“本気で好きになってもらえない”ことなんじゃないかって。」

小さく笑う。

風で髪が揺れて、その横顔が一瞬だけ素に戻った。

僕は迷わず言葉を重ねる。

「間違ってることと、嫌われることは違うよ。誰かのために間違えるなら、それって悪くないと思う。」

真知の瞳が揺れた。

ゆっくりとこちらを向き、微かに息を飲む。

「……ほんと、ずるい言い方するんだから」

その笑みは、これまでの“完璧な笑顔”とは違っていた。

澪の部屋。

モニター越しにその光景を見つめていた澪は、

拳を膝の上で強く握りしめていた。

(どうして……そんな言葉がすぐ出てくるのよ)

画面の中の照は、自然に人の心に触れていく。

意図もなく、計算もなく。

それが、彼女には何よりも恐ろしかった。

「……偽物の恋なのに」

呟いた声は、自分でも驚くほど弱かった。

午後。

僕たちはジェットコースターを降りたばかりで、

風に乱れた髪を整えながら笑っていた。

「ねぇ照くん。私さ――怖がりなのかも」

「真知さんが?」

「うん。嫌われるのも、間違うのも。でも一番怖いのは、“何も残らないこと”。」

僕は頷く。

そして、前を歩く人混みを見ながら言った。

「僕もそうだよ。だから、何か残したいと思ってる。形でも、記憶でもいいから。」

真知が立ち止まる。

「……それ、誰のために?」

「誰の、っていうより……全部のために、かな。みんながちゃんと誰かと繋がれるようにしたい。」

その答えに、真知は少し目を伏せた。

「ほんと、あなたってずるい。」

そして小さく笑い、

「でも、好きかも。そういうの。」

夕暮れ。

観覧車の影が長く伸びる頃、真知が足を止めた。

「照くん、次は“本当の舞台”を作りましょ。」

「舞台?」

「うん。私と三智の。あなたが“整えたい”って言ったんでしょ? だったら、ここでやるのが一番ドラマチックじゃない?」

風に髪が揺れる。

その表情はもう迷いがなかった。

僕は思わず笑ってしまう。

「分かった。……この遊園地を、二人の告白の舞台にする。」

「約束よ?」

「うん、約束。」

握手を交わす。

その瞬間、背中に澪の声が蘇る。

『偽物で、何が変わるのよ』

――でも、僕は思う。

偽物でも、誰かの心を動かせるなら、それは本物の一歩だ。

夜の帳が降り始め、観覧車の光が点き始める。

その光の中で、真知の瞳がきらりと光った。


遊園地の朝は、昨日よりも少しだけ雲が多かった。

観覧車のライトがまだ薄く光っている。

今日は、真知と三智、二人の関係を“整える”日だ。

僕と真知は、早めに現地に入った。

入口で渡されたプラン表には、アトラクションの名前と時間がびっしりと書かれている。

真知の仕込みだ。

「スケジュール通りに動くのが、成功の秘訣よ」

と、彼女は涼しい顔で言っていた。

その手際の良さに、思わず苦笑が漏れる。

(本当に準備が抜け目ない)

澪の部屋。

モニターには、遊園地全体のカメラ映像が映し出されていた。

彼女は無言で画面を見つめながら、端末のデータをスクロールする。

≪気象条件、群衆密度、対象の行動パターン……完璧ね≫

≪でも……これ、あなたが舞台を整えてるのよね≫

澪は指先でモニターを撫でながら、小さく息を吐いた。

「本当に……あなたは、誰かのためなら迷わないのね」

三智が現れたのは、午前十時。

白いパーカーのフードを深く被り、スマホを片手に無表情で歩いてくる。

真知がその姿を見て、にやりと笑った。

「お待ちかね、楠野三智登場。……ねぇ、照くん」

「うん?」

「今日で、あの子との関係を変える。“勝負”って形でね」

「勝負?」

「うん。好きとか嫌いとか、曖昧な言葉じゃなくて、“勝つか負けるか”で決めるの。」

そう言って真知は歩き出した。

僕は黙ってその背中を追う。

広場の中央、体感型アトラクションのボルダリングタワー。

高さは十メートルほど。

まるで昨日、三智が一人で登っていた壁をそのまま再現したようだった。

真知はタワーの下で三智を見上げ、声を張る。

「ミチ。私と勝負して!」

人々のざわめきが広がる。

三智が振り返る。

「……は?」

「ルールは簡単。どっちが先に頂上にタッチできるか。負けた方は、勝った方のお願いをひとつ聞く。」

「……くだらない」

「そう言うと思った。でも、逃げないで。」

真知の笑顔は、どこか挑発的だった。

その視線の奥に、隠しきれない焦りがある。

「勝ったら……何を望むの?」

「簡単よ。私が勝ったら、もう二度と私から逃げないで。……それだけ。」

三智が息を呑む。

それは宣戦布告というより、懇願に近かった。

澪の部屋。

その映像を見つめる澪の指先が震えている。

(これが……あの人の、やり方……?)

画面の中で、照が二人を見守っている。

助けるでも、止めるでもなく。

ただ、信じて見ている。

「……怖くないの?失敗するかもしれないのに」

澪は問いかけた。

返事はない。

ただ、モニターの中の彼が静かに笑っていた。

『大丈夫。ちゃんと届くよ。この二人なら、言葉よりも速く伝わるから。』

澪は、喉の奥で息を飲んだ。

(なんで、そんなこと……言えるの)

スタートの笛が鳴る。

真知と三智、同時に駆け上がった。

観客の歓声が湧き上がる。

ボルダリング壁の上、指先と指先が何度も交差する。

「……追いつけない」

真知が小さく呟く。

だがその表情は笑っていた。

「やっぱり……あなた、すごいね」

その声に、三智がちらりと目を向ける。

「今さら、何を」

「ずっと言いたかったの。あなたに勝ちたかった。でも、本当は――あなたに、認めてほしかっただけ。」

その瞬間、三智の手が滑った。

ほんの一瞬の迷い。

真知が追い抜き、頂上のボタンにタッチする。

ブザーが鳴った。

歓声が響く中、真知が両手を広げて笑う。

「私の勝ち!」

下に降りてきた三智が、額の汗を拭きながら呟いた。

「……負けた。で、願いは?」

真知は一歩近づき、三智の肩に手を置いた。

「もう逃げないで。私と、ちゃんと向き合って。」

三智は黙って見つめ返し、

やがて小さく笑った。

「……バカみたい」

「でしょ?」

二人の笑い声が、夕暮れの空気の中に溶けていった。

その光景を見届けて、僕は小さく息を吐いた。

「……やっと、繋がったね」

澪の部屋。

モニターに映る二人を見ながら、澪は呟いた。

「本当に……全部、やってのけたのね」

画面の中、照が真知と三智の肩を叩きながら笑っている。

その笑顔が、眩しくて仕方がなかった。

(全部の人を、幸せにして……最後に残るのが、私とあの人だけになったら……)

澪は両手で顔を覆った。

頬が熱い。

心臓の鼓動が、いつもよりずっと早い。

「……バカ。そんなの、断れるわけないじゃない。」

誰に聞かせるでもなく、

モニターの光だけが、彼女の顔を照らしていた。

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