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Lovely Baddy~皆性別不明の学園ライフ~  作者: 伊阪証
知って、自覚して、かえりみる

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7/8

朝の光が教室のガラスに反射し、きらめきが白い壁を滑っていく。

澪の部屋に戻る前、僕は職員から渡された通信端末をポケットに入れ、学園の中を歩いていた。

「現場調査担当」という役割が、正式に決まったらしい。

もっとも、ただ歩いて見てこいと言われただけだ。

(花能真知、楠野三智……)

昨日、澪とモニターで見た二人の顔が脳裏に浮かぶ。

どちらも人に好かれるタイプだと思った。

真知は誰にでも笑顔を向け、三智は目立たずとも確実に信頼を得ている。

だが――そのどちらも、「何かを隠しているように見えた」。

昇降口を抜け、廊下を進む。

噂はすでに広まっていた。

「昨日、華月いろはと一緒にどこかの部屋に入っていた男がいる」

「どうやら澪の区画に入ったらしい」

僕の名前がそれに混ざっていることは、間違いなかった。

――そんな視線を気にしながらも、探す。

モニター越しでしか見なかった二人を。

最初に見つけたのは、花能真-の方だった。

朝の教室、彼女はすでに数人の友人に囲まれていた。

鮮やかな髪に、流行のピン。

周囲の空気を読むように、言葉のタイミングを合わせて笑っている。

完璧だった。まるで、場そのものをデザインしているみたいに。

「ねぇ、昨日の動画見た?」「見た見た!あれ最高じゃない?」

彼女はその輪の中心で笑いながらも、目線を一瞬だけ外に逸らした。

空っぽな一点を、わずかに見つめた。

(……疲れてるのかな)

誰かのために笑うことが当たり前になった人間の、無意識の顔だった。

僕が教室の前を通り過ぎようとした瞬間、

真知の視線が一瞬だけ僕に止まる。

そして、まるで何事もなかったかのように笑みを戻す。

やっぱり完璧だ。

僕が立ち止まる理由さえ、彼女は作らせない。

端末が震えた。澪からだ。

≪映像、確認できてるわ≫

≪彼女、目線を逸らすタイミングが規則的。社交疲労の反応ね≫

≪問題は、もう一人≫

僕は返信を打つ。

≪了解。次、楠野三智≫

放課後の体育棟裏、三智はひとりでボルダリング壁を登っていた。

運動部でもないのに、手際が良すぎる。

高い位置で体を止め、まるで景色を確かめるみたいに校庭を見下ろす。

下から見上げる僕に気づいても、何も言わない。

「楠野さん、すごいね。……上手い」

「別に、趣味。」

短い返事。

その声は冷たいというより、淡々としていた。

「あなた、昨日の転入生でしょ」

「うん。雨野照。今日から正式に、バディ活動に参加することになって。」

「……そう」

彼女はまた黙る。

掴んだホールドから、指先に白い粉が落ちる。

その手の美しさに、完璧さの裏に潜む「緊張」を感じた。

(この人も、息を抜く場所がない)

「手、白くなってるよ。……はい、タオル」

差し出すと、三智は一瞬だけ戸惑ったように目を見開いた。

それでも、受け取る。

「……ありがとう」

その一言に、僅かな体温が戻った気がした。

その夜。

澪の部屋に戻ると、壁一面のモニターに僕の昼の映像が並んでいた。

真知の笑顔、三智の沈黙。

澪は椅子に座り、データをスクロールしながら言う。

「どちらも、典型的な“抑制型”ね。真知は外に合わせすぎて自分を失ってる。三智は逆に内に閉じすぎて世界を拒んでる。……見事に正反対」

「そうかもね。でも、どっちも似てる気がしたよ」

澪が指を止める。

「似てる?」

「うん。どっちも、誰かを大切にしてるのに、それを上手く出せてない。真知さんは“嫌われたくない”し、三智さんは“傷つけたくない”。どっちも、優しいんだよ」

澪の指が、マウスの上で止まる。

その横顔がモニターに反射して、淡い光を帯びた。

「……あなた、現場で見ると感想が違うのね」

「映像じゃ分からないこと、いっぱいあるから」

「ふぅん」

短い返事。でも、どこか棘がある。

(あ、怒ってる)

気づいた瞬間、モニターに映る澪の視線がこちらを刺した。

「……何か言いたい?」

「い、いや、別に」

沈黙。

澪は立ち上がり、背を向けたまま言う。

「……あなた、そうやってすぐ人の中に入るのね」

「悪いこと?」

「……いいえ」

声のトーンが落ちた。

その背中に、何か言いかけてやめた言葉がある気がした。

モニターの明かりだけが、静かに二人の間を照らす。

澪が椅子に戻り、無機質な声で告げる。

「花能真知――接触成功。楠野三-――接触成功。次は、感情波形を引き出す段階に移るわ」

「……つまり、話をもっと聞けってことだね」

「そう。もっと踏み込まないと、何も変わらない」

その言葉を、澪は自分自身にも言い聞かせるように呟いた。

画面の向こう、照の横顔が、光に包まれている。

胸の奥が小さく熱を帯びる。

――また、彼は“誰かのために”動いている。

そして、その姿を見ている自分が、

それを羨ましいと思ってしまったことに気づく。

モニター越しの静寂が、少しだけ重くなった。


翌日の昼、空はやけに眩しかった。

教室の窓際で、僕は澪の端末から届いたメッセージを開く。

≪分担作戦を提案します≫

≪あなたは花能真知、いろはを同行。蓮花たちは楠野三智を担当≫

短い文面。

澪らしい合理性だ。

しかしその結論に至るまでの数値データがびっしり並んでいるのを見て、少しだけ笑ってしまった。

(ほんと、何でも数字で出すんだな……)

そのとき、背後から声が飛んできた。

「ねぇ、あんたが噂の“整えボーイ”?」

振り向くと、花能真知が立っていた。

制服のスカートを指で摘まみ、いたずらっぽく笑う。

いろはがその隣に立ち、軽く頭を下げた。

「紹介するね。昨日の彼――雨野照くん」

「ふぅん……思ったより素朴。」

真知は僕の頭の先から足元まで、観察するように視線を滑らせる。

「“整え”って言葉、知ってる?」

「なんとなくは」

「ふーん。なら、私たちの“整え”を理解したいなら、まずはこっち側に来てもらわなきゃね」

いろはが「え?」と顔を上げる間もなく、真知は僕の腕を掴んだ。

「教室、貸して。少し手伝ってもらうから」

――その「少し」が、予想の何倍も長いことを、僕はこのときまだ知らなかった。

放課後。

校内のメイクルーム。

鏡の前に座らされ、背後で真知が髪をいじる音がする。

「いーい? これは“改造”じゃなくて“整え”。外に見せる自分を、自分で選ぶってこと」

「……つまり?」

「自分を“どう見せたいか”を決める。それができない子は、いつまでも“他人の顔”のままよ」

鏡越しに、彼女の顔が映る。

近い。

香水の匂いと、シャンプーの香り。

笑っているけど、目の奥が少しだけ冷たい。

「君はどうして、そこまで“整え”にこだわるの?」

「簡単よ。……嫌われたくないから。」

あまりにも素直な言葉だった。

だけど、言い終えた後の笑顔は、少しだけ苦しかった。

その時、いろはが口を挟む。

「でも真知、整えることに疲れる時もあるでしょ?」

「疲れてる暇なんてないでしょ。誰かの前で“完璧”でいなきゃ、自分の居場所なんてなくなるんだから。」

僕は、その台詞を聞いた瞬間に理解した。

彼女が言っている“完璧”は、自分のためじゃない。

誰かに捨てられないための“防衛”なんだ。

「……なるほど」

「なによ、その顔」

「いや、すごいなって。完璧でいられるの、尊敬する」

「なにそれ。馬鹿にしてる?」

「違う。僕、たぶんそういうの、できないから。」

沈黙。

真知が少しだけ口を開きかけて、やめた。

鏡越しに目が合う。

それが、妙に長く続いた。

その夜。

澪の部屋。

モニター越しに、昼間の映像を確認していた彼女は、眉をひそめて言った。

「……なんであなた、真知の“整え”に付き合ってるの?」

「必要だから」

「必要……?」

「彼女の中に、閉じ込められてる気持ちがある。それを見つけないと、次に進めない」

「あなた、ほんとに……自分の感情、無自覚ね」

「え?」

「何でも“誰かのため”に変換して話すの。……見てて、腹が立つわ。」

澪の声が、少し震えていた。

僕は返す言葉を探したが、モニターの中の彼女は背を向けてしまった。

≪続けなさい。ただし、深入りはしないで≫

文字だけのメッセージが画面に残る。

翌日、昼休み。

校庭のベンチ。

真知がジュースの缶を二本持ってきて、ひとつ僕に投げた。

「頑張ったご褒美」

「ご褒美?」

「そう。……それと、提案」

彼女は缶を開けながら、口角を上げた。

「調査に協力する代わりに、私と付き合って」

「は?」

「簡単でしょ? “彼氏”のポジションにいれば、私の本音も見えるでしょ。ついでに、あの楠野三智がどう動くかも見える。」

「……それって、作戦?」

「もちろん。」

真知は笑って、缶を傾けた。

「恋なんて、最初は“見せかけ”で十分。本物は、あとで拾えばいいの。」

その瞬間、端末が震える。

澪からの通話。

≪断って≫

≪……でも、それで彼女が話してくれるなら≫

≪あなた、それは偽物よ≫

≪ううん。偽物でも、繋がりの形にはなる≫

画面の向こうで、澪が息を飲む気配がした。

(ごめん、澪)

僕は真知の目を見て、静かに頷いた。

「分かった。じゃあ――協力するよ。」

「ふふ、素直で助かる」

彼女の笑みは柔らかいのに、どこか鋭かった。

その夜、澪の部屋。

モニター越しに、僕と真知が並んで歩く映像が流れていた。

澪は拳を握りしめたまま、画面を閉じる。

「偽物で、何が変わるのよ……」

声が、かすれていた。


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