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Lovely Baddy~皆性別不明の学園ライフ~  作者: 伊阪証
知って、自覚して、かえりみる

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6/8

白詰草

除菌の電子音が響くこともなく、照明の白が穏やかに落ち着いた部屋。

昨日まで、何をしても越えられなかった壁の向こうに、僕は今いる。

拍子抜け――それが正直な感想だった。

昨日のあの夜、あれほどの覚悟を持って、壁の外から声を届けたのに。

今日は、何の警報も鳴らず、認証もされず、ただ扉が開いて入れた。

「……え?」

自分の声が間抜けに響く。

後ろで扉が閉まる音がして、振り向いた先――その中心に、彼女がいた。

澪。

純白のカーテンを背に立つ姿は、昨日と同じはずなのに、まるで違う光を放って見えた。

「……あなた、どうしてここに?」

眉をひそめ、ゆっくり歩み寄る。声には怒りと驚きが混じっていて、少しだけ――嬉しそうでもあった。

「普通に……通れたから」

澪の眉がピクリと動いた。

間を置かず、彼女は僕の胸を小突く。そのまま腕を掴み、ぐいっと引き寄せて――締め上げる。

「“普通に”……ですって?」

力が弱い。僕の方が少し背が高いせいで、結果的に抱きしめ合っているようにしか見えない。近すぎる距離。呼吸が交わる。

「誰も通れなかったのよ、この部屋。今まで、特別な許可を持つ人しか入れなかった。それを……あなたはあっさり……」

言葉の終わりが震えた。怒りよりも、戸惑い。そして、ほんの少しの安堵。

「ご、ごめん」

「ほんとに……あなたって……」

彼女はため息をつき、腕を離した。頬はわずかに赤く、目線を合わせてくれない。

沈黙を破るように、壁のモニターが点灯した。

複数の画面が同時に動き出し、教室、中庭、購買前、あらゆる場所の映像が映る。この部屋は、警備室の隣にある。世間や学園の動きを把握するための、観測端末が並ぶ場所だ。

澪は、その光を見つめながら言った。

「……この学園の恋愛文化、あなたもそろそろ知っておいた方がいいわね」

「恋愛文化?」

「そう。ここでは“告白”って、もう形式なのよ。してしまえば、だいたい成功扱いになるの。でも、それを聞いた他の子が、横から“奪いに行く”こともある。タイミングが勝負なのよ」

「奪いに……」

「ええ。だからみんな、失敗を避けるために曖昧にしたり、逃げたりする。それでも告白され慣れてる子は上手に濁すし、本気の子は誰も追ってこられない場所に相手を誘う。この学園じゃ、恋をするにも頭を使うの」

そこまで言って、澪は少し肩をすくめた。

「ま、どこぞの作者みたいに手当たり次第に告白して、断られたら“じゃあいいです”って別の人探すような馬鹿になったらダメよ」

「作者?」

「あと、“告白は好感度確認イベントだけど、意味感じて無駄に躊躇う時点で非効率”とか言うのもアウト。そんなこと言ったら、性格悪いって擦られるわ」

「……なんの話?」

「いいの、気にしないで」

澪は誤魔化すように視線を逸らす。そしてその頬がまた赤くなった。

僕は思わず口にしてしまった。

「じゃあ、本気で告白する時は……この部屋ですか?」

「なっ……!? 何言ってるの!? ここは清潔区画よ! そういうことに使う場所じゃ――」

「え、違うの?」

「違うに決まってるでしょう!!!」

澪が再び掴みかかってくる。しかし、やはり力が足りず、また――抱き合っているようにしか見えなかった。外から見れば、完全に二人が寄り添っている構図だ。

「……もう、ほんとに……あなたって人は……!」

彼女の手が震える。怒りでも、羞恥でもなく、感情の行き場を失ったような震え。

そのとき――。

「先生ぇぇぇ!! 倫理的にこれセーフですかぁ!?」

「静かにしろ、清潔区画だぞ!」

廊下の向こうで、いろはと蓮花の騒ぐ声が響いた。どうやらパスボックス付近で必死に中を覗こうとしていたらしい。

「ちょ、見えないって!」「あと少しで……!」

「こら、二人とも何してる!!」

教師に引っ張られる音が遠ざかっていく。

澪は顔を覆ったまま深くため息をついた。

「……ほんと、落ち着かないわね」

「はは……」

笑うしかなかった。

静かになった部屋に、モニターの光だけが残る。

澪がリモコンを操作すると、画面が一つに絞られた。

そこには、中庭で向かい合う二人の少女。一人は笑顔、もう一人は視線を逸らしている。花能真知と楠野三智。

「この二人、悩んでるみたいね」

澪の声が少し柔らかくなる。

「表面上は仲良くしてるけど、感情の波がまったく噛み-合ってない。どちらも完璧すぎて、歩み寄れないの」

「……放っておけないね」

僕がつぶやくと、澪は目を細めた。その横顔は、どこか嬉しそうで、どこか寂しげだった。

「あなた、また何かするつもりでしょ?」

「……少しくらい、力になれたら」

「そう。じゃあ、私は分析。あなたは現場ね」

澪は短く言って、モニターから目を離す。

静寂。

同じ映像を見ながら、二人の心は別々の方向を向いていた。

けれど、想いの形は――奇妙なほど似ている。

(全校をカップルで満たして、最後に残れば――)

(“最後”なら、断れない。特別な一枠になれる。)

(その瞬間、彼女に言える。)

(その瞬間、彼に言わせられる。)

互いの心の中で、まったく同じ言葉が重なった。だが、誰も口にはしない。

モニターの光が、二人の横顔を優しく照らしていた。



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