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蒲公英

「男です」

そう告げた途端、教室の空気は、まるで凍りついたかのように静まり返った。僕の脳裏には、先ほど教師が言った言葉がフラッシュバックする。

“性別を明かすことは、告白と同じ”

やばい、と直感的に思った。この教室にいる全員が、僕の「告白」を聞いた。逃げたい。今すぐこの場から消えてしまいたい。怖くて、目を閉じて俯いてしまう。

しかし、次に聞こえてきたのは、冷たい嘲笑でも、困惑した囁きでもなかった。

「うわ、マジかよ!」「すげぇ」「え、可愛すぎない?」「ギャップ萌えってやつ?」

次々に聞こえてくるのは、驚きと興奮の声だ。僕は恐る恐る目を開けた。生徒たちは、一歩ずつ僕に近づいてきていた。

「ねぇ、本当に男なの?」「その顔で?」「嘘でしょ!」「でも、可愛いからいいか!」

僕を囲んだ生徒たちは、まるで珍しい動物でも見つけたかのように、僕の顔を覗き込んでいる。その瞳には、侮辱や軽蔑は一切なく、ただ純粋な好奇心と、僕という存在への憧れが宿っていた。

「ねぇ、もっと近くで見たい!」「制服着てよ!」「お願い!」

生徒たちの声に押されるように、僕はハンガーにかかった制服に手を伸ばした。教師に言われた言葉が頭の中で響く。「誇りを持って制服を着ろ」。僕は、震える手で制服に袖を通した。ネクタイを締め、ブレザーを羽織る。生徒の一人が、僕の髪に触れ、「これも変えようよ!」と言って、髪色を変えるコンタクトレンズと、髪を整える道具を渡してくれた。

僕は言われるがままに、鏡の前に立つ。コンタクトレンズを入れると、僕の瞳は鮮やかな青色に変わった。そして、髪を整え、少しだけメイクを施す。

鏡の中には、もう「よくできた誰か」はいなかった。

そこにいたのは、制服を着こなし、髪色も瞳の色も変わった、新しい僕。僕は、生まれて初めて、鏡の中の自分と、自分の心が一つになったのを感じた。

この日から、僕の物語は本当に始まった。

「わー、制服似合ってる!」「やばい、可愛すぎ!」「ねぇ、その髪色と瞳の色、どうやって選んだの?」

次々に浴びせられる言葉に、僕はタジタジになってしまう。すると、人だかりの後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。

「君、さっきの子でしょ?」

声の主は、先ほど窓ガラス越しに見ていた、長身で凛々しい彼女。ワインレッドの髪と、緋色の瞳、そしてまばゆい肌を持つ、華月いろはだった。

僕の隣に立っていた金髪のギャルが、いろはの手を引いて僕の方へと連れてくる。

「いろは、見つけたよ!噂の天然記念物!」

ギャルはそう言って、僕の腕を掴み、いろはに差し出した。まるで、僕がペットか何かであるかのように。

「ほら、照くん!いろはに挨拶しな!」

「え、あ、あの・・・」

僕が動揺していると、いろはは微笑んで言った。

「こんにちは、雨野照くん。初めまして、華月いろはです」そう言って、いろはは僕に向かって深々と頭を下げた。

「私、君に会えるのをずっと楽しみにしてたんだ」

その言葉に、僕の鼓動が早くなる。すると、隣にいたギャルが、僕の腕を掴んでいろはから引き離す。

「はいはい、この辺でやめといて。照くん、顔が真っ赤になっちゃってるから。先生も、ちょっと休みなよ」

ギャルはそう言って、いろはの手を引いて教室の扉へ向かう。

「ちょっと、どこに行くのよ!まだ話足りてない!」

「大丈夫だって!これから授業は抜け出して、少し休憩しよう。ほら、先生も来るんだから!」僕は、戸惑いながらも、二人の後を追った。


音が、やけにうるさかった。

遠くから聞こえる、生徒たちの騒ぎ声。それは、静けさを好む私にとって、ひどく耳障りなものだった。私は、職員室の隣にある、保健室のベッドからゆっくりと身を起こす。

私はこの学園に通う生徒ではない。だが、この学園の研究員として、特別な許可を得て、この場所に出入りしている。私が入ることのできるこの部屋は、厳重に薄いアルコールで「消毒され」なければ、誰も入ることはできない。

だから、この音は、それだけでは済まない何かが、この学園で起きていることを意味していた。

扉が開き、一人の教師が慌てたように入ってきた。「君、起きていたのか。すまない、少し騒がしいが…」教師はそう言って、私に頭を下げた。

「何か、あったのですか?」私が尋ねると、教師は困ったように顔を曇らせた。

「いや、それが…なんというか、規格外の人間がこの学園に現れてね」教師は、そう言って窓の外を指さした。

そこには、生徒たちの輪の中心にいる一人の少年がいた。私の許嫁、雨野照だ。彼は、新しい制服を着て、生徒たちに囲まれている。その顔は、困惑と緊張で固まっていた。しかし、生徒たちは彼の周りを走り回り、まるで彼がこの世界の中心であるかのように振る舞っている。

その姿を見た瞬間、私の胸が熱くなった。

彼は、私の結婚相手。

ずっと、遠くから見守ってきた人。

こんなにも多くの生徒たちに囲まれ、翻弄されながらも、どこか凛々しい表情を浮かべている。この混乱の中心に立つ、彼こそが、私の探し求めていた人なのだと。

そう確信した瞬間、私の顔には、喜びが満ち溢れた。

しかし、その次の瞬間、教師の言葉を聞いて、私の顔から表情が消え失せる。

「彼は田舎で育ち、化学からは程遠く、薬品類の影響も受けていない。君と近い立場ではあるが、明確に違う」

そうか、彼は、違う。

私のように、体内に特殊な薬品を投与されていない。

私のように、生まれながらにして、この学園の研究対象ではない。

「…毎日輸血して、徐々に馴らす。それが、君と彼に与えられた役目だ」教師の言葉が、私の頭の中に響く。

結婚というのは、ただの許可の条件でしかない。僕たちは、何の関係もない。いや、むしろ、彼にとっては、忌々しい親の縁でしかない。

私は、再びベッドに横たわった。心は、遠くで騒ぐ声に耳を塞ぐように、静かに、そして深く沈んでいった。


そうして僕は、一通りスピーディに校内を回った。生徒たちに引きずられるように、走り、笑い、声を上げる。誰も僕の性別なんて気にしていない。ただただ、僕の可愛さを褒め、愛でてくれている。制服のスカートがひらひらと揺れ、足に触れる。その度に、慣れない感覚に戸惑い、僕の心は夢見心地から少しだけ現実に引き戻される。スカートの下にある、慣れない下着。僕はそれを意識しないように、必死で気を紛らわした。

それでも、生徒たちと過ごす時間は、僕がこれまで知らなかった、都会の充実した雰囲気で満ちていた。

だが、そんな夢のような時間は、突然の終わりを告げた。

「ねえ、そのメイク、誰にしてもらったの?」金髪のギャルが、僕の顔をじっと見つめながら尋ねた。

「えっと……これは、何もしてないんだけど……」

僕が正直に答えると、周囲から驚きの声が上がる。

「嘘でしょ!?」「このクオリティでノーメイク!?」

「これは、逆にヤバいって!」「天然記念物って言われてるけど、むしろ原石だ!」僕は、彼らの言葉の意味が分からず、ただ戸惑うばかりだった。

すると、生徒の一人が、僕の前にメイクパレットを差し出した。

「ねえ、照くん!これ使って、もっと可愛くしちゃいなよ!」

僕は、その申し出に戸惑った。すると、別の生徒が僕の髪に触れ、「私も手伝う!」「この前、真知ちゃんに教えてもらったんだけど、超絶可愛くなる魔法があるんだ!」と興奮しながら言った。

僕は、これから自分がどうなってしまうのか、ゾクゾクするような予感に襲われた。彼らの瞳は、まるで最高の遊び道具を見つけた子供のように輝いていた。

「どうする?」

僕の隣にいた、穏やかな顔立ちの生徒が、そう尋ねた。

「えっと……」

僕は、言葉に詰まってしまう。すると、その生徒は、僕の肩に手を置き、静かに言った。

「大丈夫だよ。僕たちが、君をもっと素敵にしてあげるから」その声は、僕の不安を少しだけ和らげてくれた。

僕は、これから待ち受ける未知の体験に、再び胸をときめかせた。

そう言ってくれた穏やかな顔立ちの生徒に、僕は少しだけ安心した。

「……あの、実は僕、探している人がいるんです」

僕がそう言うと、周囲の騒ぎ声がぴたりと止まった。

「僕の許嫁で……その、まだ会えてなくて」

僕がそう告げると、生徒たちは一斉にスマホを取り出した。皆、同じカメラの映像を僕に見せる。

そこには、病室らしき白い部屋で、静かにこちらを見つめる、一人の少女の姿が映っていた。

「……澪さん」

僕が、その名を口にすると、いろはが僕の隣に立った。

「雨白 澪。彼女は、現在病院と学校以外では一切生活ができない人間。だから、接触は難しいんだ」

いろはは、そう言って僕の目をまっすぐに見つめた。

「でも、その代わりにスマホでいつでも連絡や映像を集めて、話しながら動くことをしている」

僕たちの周りに集まっていた生徒たちが、口々に言い始めた。

「澪さん、いつも俺たちの映像、見てるんだぜ!」

「でも、直接会ったことある人は、この学園でも少ないんだ」

「ねえ、照くん。私たち、行くぞ」

いろははそう言って、僕の手を引いた。

「澪さんは、清潔さにうるさいんだ。だから、巫女の家系で清潔さが徹底されている私なら、比較的容易に入れる。行こう、君の許嫁に会いに」

僕は、戸惑いながらも、いろはに連れられて歩き始めた。

ちなみにモブだと思ってる奴全員ネームドだからな。

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