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もう会えないと思っていた。
身分違いも甚だしい、お姫様。
しかも、王子様を連れて来るとか、一日置いただけで再び再会するとか、やっぱり普通じゃない。
「野獣さんっ!」
仲良くおてて繋いで現れた二人に、俺は固まった。
っていうか、家の中にいきなり現れるな。着替えとかしてたら、どうする気だ!?
とりあえず、椅子を勧め、座っていただく。
椅子は一つじゃ足りないと思って、二つにしていたが、結局俺は座れないという……別に、いいけどな。
とりあえず、お湯を温めてこよう。
どんな不味いお茶であろうと、出さない方が不味い。
やっとのこと(途中で何度も手が震えた)で、お茶を入れ終え、二人の前に出す。
「どうぞ」
「ありがとう、野獣さん!」
まあ、お姫様が嬉しそうだから、いいか。って、甘すぎだ。もう少し躾はしっかりしないと、助長しちまうだろ!
そんな思考を遮ったのは、キラキラ光る王子様だった。
「初めまして、パウロと申します」
っていうか、誰!? その名前は何だ!?
驚愕にわなわな震えていると、お姫様は無邪気に笑った。
もしかして、婚約者を連れてきたとか、そんなオチか?
まあ、期待はしていなかったし、でも……。
この仕打ちはないんじゃないか?
薄汚れた格好をしている俺と、このどこからどこまでも完璧に王子様なパウロさん。
どう見ても、同じ名前で呼んでいいとは思えない!
「初めまして」
不敬罪で訴えらたくない。俺は素直に挨拶を返した。
「ねえ、野獣さん。貴方のお名前、教えてくださらない?」
「何でだよ」
はっ!? 不味い。
こんな見た目天使なお姫様に、こんなぞんざいな扱いをしたら、それこそ不敬罪。
こんな怪しい野獣、すぐさま斬られてもおかしくないだろ!?
「野獣さん……ぷっ!」
「まあ、お兄様ったら」
っていうか、兄妹か。ああ、確かに似てるかもしれないな。
かなり綺麗なのに、どこか毒があるところとか。
あ、安心なんかしてない!
胸が苦しくなったりも、してないからな!
「うん。君だったら、アールレィシャが気に入るのも分かるな。それに、不思議なマスクもとても魅力的だね」
「……勘弁してください」
これには、一応理由がある。悲しくて言いたくも無い理由がな!
「いいね、君が義弟か。まあ、よしくね」
「は!?」
今、何を言われたんだ!?
俺、この王子様に何を……!?
「おっと。とりあえず、僕は席を外すね。じゃあ、後は自分で頑張りなさい。アールレィシャ」
俺の口が間抜けに開いているまま、パウロさんは外へと出て行ってしまった。
部屋に二人っきりでいるのだが、俺はそれどころではない。
「野獣さん。私、貴方に恋をしてしまったらしいの。とりあえず、お名前を教えてくださる?」
天使は無常にも、俺に良く分からない話を始めた。
その顔が赤く色づいているのが、内容を教えてくれているが。
が、しかし。
「野獣さん。教えてくださらないなら、力ずくで奪うわ。それ」
さっきから、思考が追いついていない。
伸ばされた両の手に、反応できなかった。
マスクに伸ばされていると理解した瞬間、俺は顔の近くまできていた彼女の手を握っていた。
「ウォッカス」
「まあ、素敵な名前。本当に普通過ぎるわ! 素敵っ」
それは、素敵なのか?
「私はアールレィシャ。お姫様ではなく、名前で呼んでくださる? あなた」
「はっ!? なんだそれは」
「お婿さんになってくださいって言っているの。出来れば入り婿の方が良いのだけれど、どうしてもって言うなら、お嫁に来ますわ」
「アールレィシャ姫」
それは無茶苦茶だろう、お姫様。
だいたい、なんで俺と結婚できると思ってるんだ!? 身分差は!?
「このままでしたら、キスできますわね」
それに積極的過ぎる!
一気に真っ赤になるのを感じ、心臓はバクバクとうるさい。
「ダメだ」
何もかも、ダメだ。
「結婚も、キスもできない」
「失恋、ね……」
それは、俺の台詞だ。
こんな絶望的な希望を見せるお姫様が恨めしい。
「俺は、本当に野獣なんだ。マスクを取った方の顔の方が、教育上見られたもんじゃないしな。それに……」
「まあ、素敵! 見せてくださる? きっと、惚れ直してしまうわ」
「いや、だから……」
「ねえ、お願い」
上目遣いで、迫られるなんて初めてのことだった。だから、仕方ないだろ。
動けなかったんだよ。
彼女の細くて白い指が、俺の首元まで下りてきて、一気に持ち上げられる。
俺は、初めて、彼女に素顔を晒した。
「まあ、怖い顔」
「……」
俺、今一番傷ついた。もう、やってらんねえよ。
この顔のせいで、俺は怖がられるし、普通に生活できなかった。だったらいっそ、一人で生きようと思った。 仮面をつければ、森に野獣が居るといって、人は寄り付かなくなるし。俺は寂しかったけれど、それが自分のためでも他人のためでもあると、理解した。
けど、この仕打ちは酷い。
こんなんだったら、もう二度と会わない方が良かった。
俺の少ない綺麗な記憶だ。
この天使は。
こんなマスクをつけていても、「野獣さん」と俺のことを呼んでくれて、笑顔を見せてくれた。
無邪気に笑う様が綺麗で、存在が綺麗で。
綺麗過ぎるお姫様。
「ずるいわ」
「何が!?」
今まさに、死ぬほど傷ついたのは俺だ!
悲鳴に近い声を上げようとしたら、「ちゅ」という可愛らしい音がした。
「好き、ウォッカス」






