angel 2
それから、パウロ兄様の行動は早かった。
名前も思い出したくないあの人の処罰を早急に決定し、私を鎖から解き放った。
鎖が無ければ自由に動けるし、魔方陣は魔力を制御するものだったから、円の上に居なければ全く意味を成さない。
さすが、『策士の王子』と呼ばれるだけはある。
「可愛い妹のためなら、これくらいは簡単だよ」
簡単ではないと思うわ、兄様。
自分にもその血が流れているのだと思うと、ちょっと怖く思ってしまうわ。
でも、さすが兄様。
「それにしても、ヴァナ兄様もはめるなんて……」
あることないこと吹き込んで、ヴァナ兄様のお怒りをかなり増幅させて、かつ私に土下座までして謝らせたのは純粋にすごいと思った。
軽く泣いていた兄様に、この人が王位を継いでも平気なのかしら、と思ったのは、彼には言えない。
多分、ショック死してしまう。
癖の強い弟妹に囲まれて、幸せそうだけど大変そうな兄を想う。
「あの人は君には甘いからね。ああ、でも恋をしたなんていってはダメだよ。お相手がどうなるか分からないし。ね、アールレィシャ」
まあ、誰よりも癖が強いのはヴァナ兄様かもしれないと思うと、同情はあまりできない。
パウロ兄様の綺麗なお顔が腫れたからといって、蚊を全滅させろとか言い始めたときは、さすがに兄妹全員で止めた。
最終的には、母様の「まったく、呆れた子ね」の一言で、部屋に一晩篭ってしまったことで収まったのだけれど。
ヴァナ兄様の弟妹愛は、留まる事を知らない。
「気をつけます」
そんなヴァナ兄様は、『冷徹な王子』として知られている。
お母様を溺愛しているお父様は、王子として優秀なヴァナ兄様にほとんどの仕事を任せているので、本当に優秀。
パウロ兄様は、お綺麗で優しくて、女性にもかなり人気があるのだけれど、どこか黒い部分が垣間見えるので、あんな名前で通っている。
私にも一応、通り名みたいなものはあるらしいのだけれど、よく知らない。
「さて、行こうか」
「本当に付いてくるの?」
「僕が裏で動くのと、今一緒に会いに行くのとどっちがいいか、選ばせてあげるよ」
心配してくださっているのは分かるけど、少し残念。
面白いあの方を兄様に見られてしまうなんて。
「ふふっ」
でも、いいわ。
パウロ兄様が認めてくだされば、私は彼の傍に居れる。
いや、彼を私の物に出来るかもしれない。
――野獣って呼ばないでくれ
――出来るだけ、傍を離れるなよ
――お姫様
今度は、名前で呼んでもらいたい。
そうしたら、多分嬉しい気持ちになれる気がする。
こんなに楽しいのは、本当に初めてだわ。
「さて、行きますか? お姫様」
パウロ兄様が私の手を引いてくれるのを見ながら、思い出す。
あの人に、パウロと名づけたのは、こうして手を指し出してくれたから。
兄様みたいな、王子様みたいだって、本当は思ったの。
兄妹の中で私だけに与えられた魔力。
それを自身の中から探り出し、呼び覚ます。
そして、あの人のことを想う。
どんな姿形をしていたのかとか、どんな喋り方だったかとか、どれだけヘタレていたのかとか。
魔力が発動する。
これで、あの人のところへ飛んでいける。
兄様と手を繋ぎながら、私は空気に溶け込んでいった。