angel 1
本当に変な方。
森の中にぽつんと居た私に、水を与え、食べ物を与え、怪我の手当てまでしてくれた。
そして何より、
――狼のマスク
森で人の形をした野獣が出るというのは、彼のことだったのね。
ああ、素敵。
こんなに楽しかったのは、初めてだった。
「ふう」
「どうしたんだい? アールレィシャ」
漏れた溜め息に、声が返ってくるとは思わず、びくりとした。
自分と同じ色を持つ彼に微笑みかける。
「パウロ兄様」
優しくて、一番私の事を理解してくれる二番目の兄様を、とても愛している。
もちろん、異常なくらい愛を注いでくれる一番目の兄様もだし、悪戯っ子の弟も、冷静で頭の良い妹もだ。
「昨日一日行方不明になるなんて、お転婆さんだね」
「それにしても、魔力と鎖の結界はやりすぎではなくて?」
足下一帯を複雑な文字と記号が細かく円形に描かれている。
これにより、魔力は無効化される。
手首と、身体全体に巻きつけられた鎖は冷たく、しかし肌を痛めつけない程度にうねっている。
「……アールレィシャ」
兄の痛々しく悲しい声に、僅かばかり笑みを作る。
「分かってますわ、私の存在が怪物じみているのは。しかし、これは酷いわ」
兄はやはり悲しげだった。
私も分かっているの。本当に。
城を出たのだって……。
「マークラッドを愛せないのかい?」
「兄様……」
婚約者の名前を吐かれ、嫌な気持ちになる。
それがいけない事のような気がして、顔を下ろした。
動く度に鎖がこすれ、音を出す。
「僕たちは王族なんだよ、アールレィシャ。加えて、君は魔力持ちだった。僕だって、君がこんな風にされるのを黙ってみたいとは」
「あの男、頭が空っぽですの。魔力が強いのせいか、何でも思い通りになると思ってられるみたい」
「まさか……」
「果実になりたいわ。しかも、毒々しくって硬い」
「いきなり何だい?」
アールレィシャの言葉の意味が分からず、パウロは首を傾げた。
「分かる人だけにさらわれたいの。あの方が私を迎えになんて、来てくれないのは分かっている。野獣さん」
「アールレィシャ?」
「名前も聞けなかった……」
目の前の人の名前を勝手につけて呼んでいたから、彼の名前を知らない。
何であんなマスクを付けていたのかも分からないままだ。
「恋患い……のようだね」
呆れたような、少し嬉しげな声にパウロ兄様の顔を見上げる。
「天使に好かれるなんて、よっぽどの聖人君子かな? それとも、ワイルドな悪魔?」
咎めず、こんな冗談までいうなんて。兄様は、私のことを甘やかし過ぎだわ。
しかし、嬉しい。
「お人好しで、お節介で、優しくて、森に詳しくて、へたれですわ」
「へたれ?」
「ふふっ」
彼とのやり取りを思い出し、知れず笑みが浮かぶ。
アールレィシャは心を読めはしないが、あの野獣さんはすべて顔に出ていた。
マスクをしていたのに、可笑しいわ!
「ねえ、アールレィシャ?」
「どうされたの? 兄様」
「天使に嫌われた男は、神にも嫌われるんだよ」
優しくて、恐ろしい兄に、薄ら寒いものを感じながら、首を縦に振る。
「それで終わり。それより、その野獣さんが気になるな。会ってみたいよ。君が気に入るのなら、僕だって気に入るの筈だしね! ヴァナ兄さんには、バレないように、ね?」
「でも、こんな状態じゃ……」
「僕は、誰?」
「パウロ兄様」
彼は唇に手を当て、色気たっぷりに微笑んだ。
「『策士の王子』を馬鹿にしちゃいけないよ」