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「これで、身体を拭きなさい」
家庭教師が生徒を嗜めるように、俺は天然過ぎるお姫様に言った。
ああ、言ったとも! 言ってやったとも!
……少し後悔しているが。
「出来るだけ、傍を離れるなよ」
目を離すと、どんな状態になっているか分からないから怖いんだが。
まあ、これだけ近くにいれば大丈夫だろう。
俺はといえば、目を瞑り、彼女のいる方とは逆を向きながら座っていた。
彼女に渡したのは、俺の着ていたシャツだ。
汚かったシャツを、めちゃくちゃ擦り洗いをし、まあそこそこ綺麗かもしれないというくらいまで綺麗にした。
そして、塗らした状態のまま、彼女に渡して、身体を拭くように促したのだ。
ここは湖からあまり離れていない平原だ。
とりあえず、俺たち以外の人間が通る心配は無いし、ここで裸になったとしてもそこまで問題にはならないだろう。
それより、危険生物が出没する場所で一人にするほうが怖いからな。
「心配してくれるの?」
彼女は、そんなことすら理解できていないらしい。
いや、貴方。守られる存在だろうに……。
ほとほと呆れながら、俺は「ああ」とだけ返事を返しておいた。それはもう、ぶっきらぼうに。
何故かって? なんか、気恥ずかしかったからに決まってるだろう。
それはもう、本当に。
さわさわと、風のそよぐ音と、衣の擦れる音だけがする。
正直、少しだけ緊張したが、俺はそう、ヘタレなのだ。
これ以上の展開など、有り得るはずが無い。
目にぎゅっと力を入れること数分、早く終わってくれとだけ祈る俺に、「ありがとう」という声が掛けられた。
「服は? 着てるよな?」
「ええ、もちろん」
何がもちろん、だ!?
さっきは一体何だったんだと、俺は言いたい。
しかし、とてつもなく可愛く嬉しそうに微笑んでいる天使のようなお姫様に、どうしてそんなことが言えるだろうか。無理。無理に決まっている。
「シャツは?」
「あの、これ……私が洗ってきてもいいかしら?」
どういう風の吹き回しだか分からなかったが、とりあえず俺は。
お姫様のなすがままなのは仕方ない、と思った。
ちょっと嬉しかったが、顔に出したら負けだと思った。
これ以上のやっかいごとを抱える羽目になることは目に見えていたからな!
「ねえ、野獣さん。何かにょろにょろするものがいるわ!」
そんなもんにはしゃぐな!
っていうか、体調2メートルある蛇を面白そうに眺めているな!
助けるけども! 助けるけどもっ!
泣きそうな俺を、やっぱり許して欲しいと思うのは、間違っているのだろうか。
いや、間違ってない。
「すごく綺麗な色ね」
「っていうか、その色は毒蛇だ!」
……間違っていない。