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俺は、本当は自分は人ならざる者なのではないかと、自身を疑い続けていた。
人に見られれば怖がられ、運の悪い時には石を投げられる。
俺に害しかなさない人間を怖がり、恨んでいたこともある。
そんな俺の母は優しい人で、泣いてばかりいた俺の頭を宥めるように撫でてくれた。
優しい人だった。
とても愛していたし、愛してくれていた。
人を嫌うことは、母も俺自身も嫌いになることだと、何度も説いてくれた。俺は人間なのだと、何度も何度も言い聞かせてくれた。
だから、あの人が亡くなった瞬間に俺は人であることへの執着も消えてしまった。もちろん、母の言葉は大切に胸の内に存在している。だが、俺だって逃げ出したくもなるのだ。
人間は残酷で残虐な性質があるから。俺は人であるのを辞めてマスクを被り、野獣になった。
遠目に見られれば、野獣だと普通の人は逃げる。追いかけてくるような奴からは、自慢の土地勘で逃げ回った。
一人で良いと思っていた。
キラキラした彼女に出会うまで。
――森に天使が迷い込んだ
そう思った瞬間の俺の喜びは異常だった。
これで、ずっと一人だった生活にピリオドが打てると、そう思った。
人に似て、人ではないもの。
大変失礼だが、仲間だ、と。孤独から救ってくれると思った。
――私、お姫様なの
その瞬間の絶望も異常だった。
お姫様は俺の傍には居られないし、お姫様を助けにきた人間に死ぬまで追いかけ回されると思ったからだ。
それに。
一目惚れだった。しかも、こんな形をしていたから、初恋という奴だ。
これで、俺にはやっぱり天使も女神も、微笑んではくれないことがよく分かった。
でも、お姫様は微笑んでくれることも。
**
「ウォッカス? 床に這いつくばってどうしたの?」
俺はなんということをしでかしてしまったんだ!?
唇に残る感触に泣きそうになる。
口を押さえながら、土下座した。
「ウォッカス?」
「な、名前を呼ばないでくれっ!」
黙れっ、心臓!
いまだかつてこんなに心臓の音を感じたことがあるだろうか。
いや、無い。
冷や汗が全身から垂れるという異常事態に俺は、意識を失いかけた。
「ウォッカス、もし寝たら強制的に既成事実をつくるわよ?」
何をする気だ!?
真っ青になり、次の瞬間には赤くなり。それを繰り返していると、彼女は困ったように笑った。
「まあ、いいわ。ちゃんと告白もできたし」
お姫様はにこりと笑顔を俺に向けた。
「帰るのか?」
「寂しがってくれるの?」
「……」
本当に返事に困る。まあ、嫌ではない俺もどうかと思うが。
「俺だって、寂しいという感情くらいはある」
彼女は嬉しそうに笑った。
止めて欲しい。心臓が破裂してしまいそうになる。こんな気持ちは本当に初めてで、少し痛かった。胸の内から、大切なものが増えて大きくなってくる痛みを感じた。
きっと彼女の傍にずっと居るのは、無理だろう。
しかし、やっぱり、傍に居たい。俺は、一人ぼっちの野獣でなんか居たくない。
「ねえ、ウォッカス」
「なんだ?」
「名前を呼んで欲しいの。ダメかしら?」
貴方が誰も使わなくなった名前を呼んでくれるというのなら、お返しに何度でも呼ぼう。
「アールレィシャ姫」
世界で最も尊い、俺の大切な人の名を。
**
「ねえ、名前を呼ぶのが平気なら、キスしてくださっても」
「ダメだ!」
俺の気苦労は、嬉しいことに永遠に続く。
読んでくださってありがとうございました。
本当はもっと短い予定だったのですが、
どうでもいい部分が長くなってしまったような……。
ちょっと消化不良かもしれませんが、
続きはまたいつか(すみません。何も考えていません)
ちなみに、私の脳内で軽く自身の他作品とリンクしてます。
分かるかどうかは、ちょっと分かりかねますが。