第8話 東へ
大切な読者様へ。
このたび、私の創作物において「しゃもじ」の名前を「アイ」と表記しておりましたが、正しくは「しゃも」に変更いたしました。
誤った表記により混乱を招いてしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます。
今後はこのような誤りがないよう十分注意してまいります。
数日後。
グレーベ村はすっかり落ち着きを取り戻していた。
魔物討伐、肉のご馳走、宴──「しゃもじいさん」のおかげで村人たちの顔には久しぶりの笑顔が戻っている。
アークは宿の二階の窓から、穏やかになった村の景色を見下ろしていた。
「(ふむ……村も一段落したし、そろそろ“本来の目的”に戻るときかの)」
彼の胸の奥にあるのは、千年の禁欲を破ってまで叶えたかった“美味しいもの探し”の旅への渇望だ。
「(勇者の尻ぬぐいも悪くないが、ずっとやっておったら食いっぱぐれるわい……)」
アークはしゃも──相棒となった神器を懐から取り出し、問いかける。
「しゃもよ。魔王の居場所、わかるか?」
しゃもがぼんやり光り、淡々と答える。
「西方の黒き山脈、通称“魔王領”。現在の勇者たちはそちらに向かっています」
「……なるほど、西か」
アークは顎に手を当て、にやりと笑う。
「ならばわしは反対に行こう。勇者どもが群がる場所など、面倒しかないわ」
「東には大きな川があり、渡るのは容易ではないと記録されています」
「川、か。ならばなお良い。川があるなら魚もおるじゃろう」
しゃもが小さくため息をついた。
「……発想が完全に食いしん坊です」
「わしはグルメ生活のために転生したのじゃ。文句あるまい」
その日の午後。
アークは宿屋の店主に別れを告げ、村人たちに見送られながら東へと歩き出した。
「しゃもじいさん、どこ行くのー?」
「しゃもじいさん、気をつけてね!」
子どもたちが手を振り、大人たちも笑顔で見送る。
「うむ、皆の者、達者でな! また旨い物を持って帰るかもしれんぞ!」
懐のしゃもがぼそりと呟いた。
「(いや、あれ絶対魔物の肉だと思うんですけど……)」
アークはしゃもを軽く叩き、にやりと笑う。
「さあ行くぞ、しゃも。美味しい物と未知の魔法の世界が、わしらを待っておる!」
こうして、千年の大魔法使いにしてしゃもじいさんことアーク・エルディアは、
勇者の通らぬ道を選び、“食”を求める本格的な旅に出たのだった──。
夕暮れ。
アークはとうとう東の大河にたどり着いた。
目の前に広がる川の反対岸まではおよそ一キロ。
空が水面に映り込み、ゆるやかに流れる水は思った以上に雄大だ。
「ほう……これはまた大きな川じゃのう。
船でもあればなんとかなりそうな距離じゃが……」
そんなことをつぶやいていると、後ろから声がかかった。
「おい、そこの爺さん! アンタのオール貸してくれないか?」
振り返ると、みすぼらしい旅装の男が立っていた。
手ぶらだが、足元には古びた木の船が繋がれている。
「……オール?」
アークは思わず自分の手元を見た。
杖代わりに使っていたしゃも──神器しゃもじが、夕陽に照らされて光っている。
「いや、これはしゃもじじゃが……」
「それオールだろ? どう見てもオールにしか見えん」
「……まあ、見えんこともないがのう」
アークはため息をつきながらも、心の中で呟いた。
「(しゃも、オール扱いされとるぞ……)」
しゃもが小声でぼそり。
「……なんで私まで巻き込まれるんですか」
アークは男に向き直り、笑みを浮かべる。
「しゃもじ──いやオールは貸さんが、わしが漕いでやろう」
「おお、助かった! 実は俺、船で渡しをやってるんだが、うっかりオールを川に流しちまってな。
向こう岸に行けなくて困ってたんだ」
男はにやにやしながら船に乗り込み、アークを招き入れた。
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しゃもじオールで出航
川岸から船が離れる。
アークはしゃもを手に、ゆっくり水面に差し入れた。
「さて、しゃもよ。オールとしての実力、見せてやるかのう」
「……え、私、オールじゃないですけど」
「細かいことは気にするな」
ひと漕ぎ──
ドッ、と水しぶきがあがったかと思うと、船はものすごい勢いで加速し、
一気に反対岸めがけて飛ぶように進んでいった。
「な、ななな……なんだこのスピードはあああああ!!」
男の顔がみるみる青ざめていく。
アークは涼しい顔でしゃも──いや、オールを動かし続ける。
「ほいっと、着岸じゃ」
船はキュッと音を立てて反対岸にぴたりと停まった。
男はしばらく硬直していたが、やがて我に返ると、がくがく震えながらアークに頭を下げた。
「あ、あ、ありがとう! 助かった!」
そして荷物も取らずに、転がるようにその場を立ち去っていく。
アークは眉をひそめ、ぼそりと呟いた。
「……今の男、渡し船というより、船に乗せて脅して金を巻き上げる類の輩じゃったな」
しゃもが同意するように小さく光った。
「危険を回避できてよかったですね」
「まあ、しゃも(オール)のおかげじゃのう」
アークは再び川面を見つめ、にやりと笑った。
「(しかしこれだけ大きな川なら、魚もたくさんおるじゃろう。
今夜のディナー、どう料理してくれようかの……)」
夕陽に染まる大河が、二人の行く手にきらめいていた。
本日も読んでいただきありがとうございます。
今後間違えが無いよに努力していきます。




