第7話 しゃも
宴が一段落し、夜風が広場の匂いを運び去っていく頃。
アークはひとり宿屋の部屋に戻り、窓辺に腰掛けていた。
村人たちの笑顔や肉料理の余韻が、胸の奥にまだ暖かく残っている。
「……ふぅ。ようやく落ち着いたの」
千年の間、研究と戦いに明け暮れてきた彼にとって、こんな穏やかな宴は久しぶりだった。
だが同時に、心の片隅にじわじわと湧き上がる疑問があった。
「(魔法、魔物、勇者召喚……。わしは転生しただけで、実際この世界がどんな場所かまだ何も知らんのじゃな)」
視線を落とした先には、懐から取り出した神器しゃもじ。
今日、食材鑑定やレシピ提示までしてくれたその木製の道具が、ぼんやり光を帯びている。
「(……そうじゃ。このしゃもじ、ただの調理器具ではない。
ならば──質問にも答えられるかもしれん)」
アークはしゃもじを両手で持ち、静かに話しかけた。
「のう、しゃもじ。ちと尋ねたいことがあるんじゃが」
しゃもじの先がぴこん、と小さく光った。
「まず、わしが召喚された国の名は何という?」
ウインドウが浮かび、文字が現れる。
【回答:ここはアルステイン王国。勇者召喚を実施しているのは王都アルステイン】
「では、この村は?」
【回答:グレーベ村。王都から馬車で半日程度。
王国辺境に東西南北、同様の村が四か所存在し、魔物監視拠点の役目を持つ】
「ふむ、アルステイン王国……グレーベ村……なるほど」
【補足:村は直轄地ではなく、王都の地図の端に小さく記載】
アークは頷き、さらに問いかける。
「もう一つ。なぜ村人は誰も魔法を使わん? 魔法は失われておるのか?」
【回答:魔法自体は、誰でも使用可能。
ただし貴族や大商家が利益を独占するため、平民には教育されていない。
そのため庶民は“魔法は特別なもの”と思い込んでいる】
「……なるほど、意図的な情報統制か」
【補足:この世界では魔法研究が未発達。
多くは魔導書に記された呪文を唱える“アナログ魔法”。
実際は、原理とイメージを理解すれば“考えるだけで発動”も可能。
魔力は個人差があるが、極端には変わらない。
窓があれば詠唱で基本魔法は誰でも使用可能。
ただし、アークがかつて使っていた高等魔法は大量の魔力を必要とするため鍛錬が必要】
アークは目を細め、静かに頷いた。
「(なるほど……このしゃもじ、ただの神器どころか、世界の知識の宝庫でもあるの……)」
窓の外では、宴の後片付けをする村人たちの声がまだ聞こえる。
子どもたちの笑顔、しゃもじを掲げる姿。
「(アルステイン王国、グレーベ村、勇者召喚、そして魔法の衰退……。
わしが求めておったのはグルメ生活じゃが、どうやらそれだけでは済まなそうじゃの)」
アークはしゃもじを懐に仕舞い込み、にやりと笑った。
「……情報を集め、状況を知る。
それがわしの次の一手じゃな」
しゃもじいさんの異世界尻ぬぐいは、まだ始まったばかりだ。
夜更けの宿屋。
アークは窓辺にしゃもじを置き、じっと見つめていた。
昼間の鑑定やレシピの件で、この神器がただの道具ではないことはもう確信している。
「……のう、しゃもじ。お主、万能なら……喋れるんじゃないか?」
その瞬間、しゃもじがぼんやり光り、はっきりとした声が響いた。
「喋れます」
「ぴゃっ……!? しゃ、喋れるのーーーー!!」
アークは思わずベッドから転げ落ちそうになった。
千年生きた大魔法使いでも、しゃもじがしゃべるのは想定外だった。
「な、なぜ今まで喋らなかったのじゃ!?」
「聞かれなかったからです」
「……あ、そっか」
即答にアークは肩の力が抜け、しょんぼりと頷いた。
アークは前世の研究で、異世界の文献に載っていた「AI」という単語を思い出した。
「そういえば、わしが前に読んだ書物に“AI”というものが流行っておる世界があると書いてあったのう……。
お主、もしかしてAIなのか?」
しゃもじがわずかに光り、淡々と答える。
「似たようなものです」
「……そうか、わしはほんとうに異世界に転生したんじゃな……」
胸の奥に、ようやく実感が広がっていく。
「では、何故しゃもじなのだ? 剣や杖、槍や斧でもよかったじゃろ」
しゃもじは一拍置いてから、平然と告げた。
「貴方のせいです」
「……わしの?」
「はい。転生の際、女神に“美味しいものを食べたい”と願ったのは貴方です。
本来なら剣や槍、杖や斧など勇者装備の理想形で同行するはずでしたが、
貴方の食欲に合わせて“最適化”され、しゃもじになりました」
「……ぐぬぬ。返す言葉もないの……」
アークは頭を抱えつつ、ふと笑った。
「まあ、しゃべれるなら名をつけてやらんとな。お主の名前は……“しゃも”にするか」
「……は?」
「いや、短くて呼びやすいじゃろ? しゃも!」
「……木の道具に“しゃも”って……。もっと他に……」
「ん、嫌か? じゃあ“しゃも”のままでいこう。わし、気に入ったし」
「……はぁ。好きにしてください」
アークはくすりと笑い、しゃもじ──いや、しゃもを撫でながら呟いた。
「まあまあ、わしと一緒にグルメ生活するんじゃ。名前はそのうち馴染む」
「……了解しました、アーク様」
アークはしゃもを掲げ、にやりと笑った。
「……異世界グルメ生活、面白くなってきたの」
しゃもは小さな声でぼそりとつぶやいた。
「(この人、本当に勇者だったのか……)」
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