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異世界グルメ探究!!?勇者の残した「雑な仕事の尻拭い」  作者: 酒本 ナルシー。


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第68話 湿気

翌朝。


獣人の村は、思いのほか静かだった。

昨夜の宴が嘘のように、朝の空気は澄んでいる。


アークは、ゆっくりと周囲を見渡した。

獣人たちはそれぞれの家に戻り、朝の支度を始めている。

鍋をかき混ぜる音や、水を汲む音が、あちこちから聞こえてきた。


そんな中――

やたら元気な声が背後から飛んでくる。


イルカの獣人が、二日酔いなどまるで感じさせないテンションで手を振ってきた。

朝から無駄に爽やかだ。


アークは、少しだけ眉をひそめつつ、適当に返事をする。


(……朝からやかましいわ)


心の中でそう呟きながら、視線を逸らした。


一方、エクレアはカノンのそばで、小さくあくびをしていた。

昨夜は久しぶりに、途中で目を覚ますこともなく、ぐっすり眠れたらしい。


猫耳フードを少しずらし、眠たそうに目をこする姿は、年相応の子どもそのものだった。


カノンはその様子を見て、ほっとしたように笑う。


イルカの獣人に少し朝の空気を壊されたアークだったが、

カノンとエクレアの姿を見て、自然と気持ちが和らいだ。


アークは、次に頭をよぎったことを考えないようにしていた。

――朝ごはんだ。


(……イルカは、良い出汁が取れるのかのう)


そんな物騒な考えが浮かびかけた、そのとき。


村の奥から、慌ただしい足音が聞こえてきた。

まだ走り慣れていない者の、少し不揃いな足取り。


アークは、静かにそちらへ視線を向けた。


村の奥から駆けてきたのは、若い獣人だった。

息を切らし、顔色も少し青い。


「た、大変だ……!」


その声に、周囲の獣人たちが一斉に動きを止める。

アークも腕を組んだまま、静かに様子をうかがった。


「どうしたうさ?」

昨日アークたちを村に招いた、うさぎの獣人が前に出る。


若い獣人は膝に手をつき、息を整えながら続けた。


「森の外れで……見慣れない連中を見た。

 魔族でも、人間でもない……でも、嫌な気配がする」


その言葉に、村の空気がわずかに張りつめた。


カノンは、そっとエクレアを自分の後ろにかばう。

エクレアは状況がわからないながらも、空気の変化を感じ取ったのか、黙って服の裾を握った。


アークは小さく鼻を鳴らす。


「朝から騒がしいのう。

 せっかく腹が減ってきたところじゃというのに」


「……状況、聞かなくていいんですか?」


横から、しゃもが呆れたように声をかける。


「聞かんでもだいたいわかるわい。

 “面倒ごと”じゃろ?」


そう言いつつも、アークの視線はすでに森の方角を捉えていた。

ただの噂や勘違いではない。

この村に流れ込んできた気配は、確かに異質だった。


イルカの獣人が、空気を読まずに口を挟む。


「えー? 朝からそんなのやだなぁ。

 オレ、二日酔いじゃないけど眠いんだけど」


アークは一瞬だけそちらを見て、淡々と言う。


「なら寝ておれ。

 起きた頃には、話は片付いておるかもしれん」


その声音に、村の獣人たちは自然とアークを見る。

昨夜の宴での振る舞いを思い出したのか、どこか期待と警戒が混じった視線だった。


アークはそれに気づき、少しだけ肩をすくめる。


「……やれやれ。

 朝飯の前に一仕事、というわけかの」


そう呟きながら、ゆっくりと一歩、前へ出た。



騒ぎの原因を探るため、アーク一同は森の奥へと向かった。


その背後から、軽い足取りがついてくる。


「オレも、ついていってみルカ!」


振り返るまでもなく、イルカの獣人だった。


アークは一瞬で理解する。

――これは、確実に面倒が起きるやつじゃ。


「待て。お主は村で待っておれ」


できるだけ穏やかな声でそう告げたが、返ってきたのはやたら元気な声だった。


「大丈夫だって! カノンちゃんはオレが守ル!」


完全に聞く耳を持っていない。


(ほら来た……)


内心でため息をつきながらも、カノンとエクレアの視線を感じ、アークは渋々うなずいた。


「……仕方あるまい。じゃが、勝手な真似はするでないぞ」


「了解ルカ!」


こうして、不要な戦力(自称)が一人増えた。


森の奥へ進むにつれ、空気が目に見えて重くなっていく。

肌にまとわりつくような湿気。息をするだけで、喉の奥がじっとりと濡れる感覚。


アークは思わず、猫耳フードの中で顔をしかめた。


(暑い……脱ぎたい……)


だが、横にはイルカの獣人。

ここでフードを外せば、魔族でも獣人でもないことが一瞬で露見する。


(なんで連れてきたんじゃ、わし……)


自業自得ではあるが、後悔は深い。


そんなアークの気配を察したのか、しゃもが静かに声をかけた。


「……アーク様。耐えてください」


慰めとも諦めともつかない一言。


「珍しく優しいではないか」


「この湿度では、誰でも機嫌が悪くなりますから」


カノンとエクレアは前を歩きながら、蒸し暑さに少し顔を赤くしている。

エクレアは猫耳フードをぎゅっと押さえ、周囲をきょろきょろと見回していた。


森は、明らかに異常だった。


葉は水を含みすぎて重く垂れ、

地面はぬかるみ、踏み出すたびに嫌な音を立てる。


アークは周囲を見渡し、確信する。


(……間違いないのう。これは自然の湿気ではない)


そして同時に思った。


(やはり、勇者の何かじゃな……)


蒸し暑い森の奥で、

面倒の気配は、ますます濃くなっていった。


森の奥へ進むにつれ、空気はさらに重くなっていった。

肌にまとわりつく湿り気が、不快なほどに増している。


やがて――それは見えた。


苔と岩が組み合わさったような、異様な影。

四肢を持ち、ゆっくりと歩き回るその姿は、まるで意思を持つ岩山だった。


足を踏み出すたび、地面がじっとりと湿り、草木が過剰に潤っていく。


アークは、その姿を見た瞬間、深くため息をついた。


「……やはり、あやつの仕業じゃな」


しゃもが即座に鑑定を走らせる。


「湿度制御型・自律魔導具。

 本来は乾燥地帯向けの環境改善装置です」


言葉を切り、少しだけ間を置いてから続けた。


「ですが、この土地の魔力濃度では――完全に過剰稼働しています」


カノンが眉をひそめる。


「これが……村の森を?」


アークは岩の表面に残る、歪んだ刻印を指でなぞった。

見覚えのある、雑な魔力の流れ。


その瞬間、脳裏に――

いかにも聞き覚えのある声がよみがえる。


> 「魔王領ってさ、全体的に荒れてるよな」

「だったら、じめじめさせれば魔物も弱るんじゃね?」

「ついでに農業もできるし、村人助かるっしょ!」




アークは、額を押さえた。


「……善意のつもりなんじゃろうが、

 思いつきで世界を改造するでないわ」


しゃもが淡々と補足する。


「勇者によくある発想ですね。

 “自分が正しい”前提での短絡的環境介入」


イルカの獣人が首をかしげる。


「でもさぁ、悪気はなかったルカ?」


「そこが一番たちが悪いんじゃ」


アークは、湿りきった地面を見下ろす。


「人間の土地では“恵み”になる。

 じゃがここは魔族の領域。

 魔力が濃すぎて、全部が裏目に出とる」


木々の葉は黒ずみ、苔は異様に増殖し、

本来ここにない菌類が繁殖している。


「さて……」


その声は静かだったが、確かな決意が宿っていた。


「“助けたつもり”の後始末をするのが、

 わしの役目らしいからの」


エクレアは、無意識にローブの裾を握る。


「……だいじょうぶ?」


アークは一瞬だけ振り返り、鼻で笑った。


「心配するでない。

 料理も魔導具も――火加減を間違えなければ、

 ちゃんと片づく」


岩のゴーレムが、鈍重な音を立ててこちらを向く。

内部から、湿った魔力の脈動が響いた。


森を包む重たい空気の中、

またひとつ――

勇者の残した“雑な仕事”が、清算されようとしていた。




読んでいただきありがとうございます。

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