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異世界グルメ探究!!?勇者の残した「雑な仕事の尻拭い」  作者: 酒本 ナルシー。


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第63話 初敗北

巨木の前に立つアーク一同。

あまりにも大きすぎて、誰も言葉が出ない。


その沈黙を破ったのは――アークだった。


「やっほーーーい!! ウホホホーーーイ!!」


いきなりの絶叫。

エクレアがびくっと肩を震わせ、カノンが固まる。


しゃも

「……ついにボケましたか?」


アークは返事をせず、ただ真剣な表情で天を見上げていた。


「上を目指す……! それが“頂”じゃ!!」


意味が分からない宣言と共に、アークは突然、巨木を登り始めた。


「クライミングとは! 己の人生との戦いなのじゃ!!

 恐怖に打ち勝ち、なお上を目指す者こそ――

 頂点へと至る!!」


しゃも

「……どうぞお先に……」


完全に呆れ切っていた。


登り始めて数時間。

すでに汗だくのアークの横で、カノンが小声でつぶやく。


「アーク様……飛んだほうが早くないですか?

 っていうか……上に何かあるんですか?」


アークはピタッと動きを止めた。


沈黙。


ゆっくり降りてくるアーク。


しゃも

「(あ……現実に戻った)」


実は――

アークが突然“修行モード”に入った理由はひとつ。


エクレアに、“大人としての背中”を見せたかったのだ。


父親役(仮)として、

人生の険しさや努力する姿を見せるべきだと、

本人なりに勝手に思い込んだ結果だった。


だが――


エクレアは、すっかりカノンに懐いていた。


「カノン……つかれた……おんぶ……」


「もちろんいいよ。おいで」


ぴょん、とカノンの背に乗るエクレア。

その光景に、アークの胸がチクリと痛む。


(……なんじゃその仲良し感……)


嫉妬の炎がメラメラ燃え上がった次の瞬間――


「よし! ここで休憩じゃ!!」


アークは急に威勢よく宣言し、

巨木にある凹みへ一行を誘導した。


しゃも

「(急に切り替えましたね……わかりやすい……)」


カノンとエクレアは楽しそうに座り込み、

アークはどっかり腰を下ろし、ふんと鼻を鳴らした。


こうして一行は――

アークの謎テンションの余韻を残したまま、小休憩に入った。



小休憩に入った一同。

アークは、ちらちらとエクレアのほうを見ていた。


(……なんじゃその距離感。完全にカノン派じゃないか……)


胸の奥がムズムズする。

そこでアークは――ある作戦に出た。


「……よし、こうなったら“和の心”で攻める!」


そうつぶやくと、収納魔法から小鍋と湯を取り出し、

ととと……と火を起こし始めた。


しゃも

「アーク様? 何を始めたのです?」


アーク

「エクレアにじゃ! ほれ、この“お茶セット”を見せて懐柔するんじゃ!」


得意げに、ジャポン国から持ち帰った緑茶の葉を取り出す。

そして湯を注ぎ、いい香りを立ち上らせた。


更に――

かりんとうの袋を開いて、皿に盛る。


アーク

「エクレアよ。お菓子でも食べるか?

 ここへおいで」


エクレアは一瞬だけアークを見る。

しかしすぐ目をそらし、そっとカノンの後ろに隠れてしまった。


カノン

「大丈夫だよ、エクレアちゃん。怖くないよ?」


促されて、エクレアはおそるおそるアークの前へ。

まず緑茶をひと口――


エクレア

「……にがい」


ものすごく渋そうな顔になり、目をぎゅっと閉じた。


続いて、かりんとうを手に取って、かじる。


エクレア

「……かたい……」


またしても渋い表情。


アークはショックを受け、固まった。


「ば……ばかな……!?

 この鉄板コンボが……“和スイーツの王道”が……通じんとは……!」


しゃも

「アーク様。最近の子は、硬いお菓子や苦い飲み物を好むとは限りません。

 その“古き良き時代の感覚”は、いったん捨てましょう」


アークは落ち込みながら、かりんとうをガリ……とかじる。


(……子ども心とは、かくも難しいものか……)


しかし次の瞬間――アークの表情が変わった。


「……はっ!!」


しゃも

「アーク様?」


アーク

「そうじゃ……! エクレアはプリンを喜んで食べおった……!」


そのときの状況を思い返す。


とろりと甘いプリンを口に運んだエクレアの、あの幸せそうな顔……。


アーク

「つまり――!」


拳をぎゅっと握る。


「硬いスイーツはダメ!

 苦いのもダメ!

 ならば“柔らかくて甘いもの”が正義!!

 わしは間違っとらん!!」


しゃも

「……方向性は悪くありませんね」


アーク

「次こそエクレアの心をわしに向けさせる……!!

 このアーク・エルディア、全力で挑む!!!」


カノンとエクレアは、少し離れた場所でお茶を飲みながら、

アークの謎の気合いをきょとんと見つめていた。



アークはふと、前世の記憶を呼び起こしていた。


幼いころ。

母に手を引かれ、買い物の帰りに立ち寄った小さな茶屋。

出された湯気の立つお汁粉の、あの――


柔らかくて、優しくて、甘い味。


アーク

「……そうじゃ……“これ”しかない……!」


その瞬間、アークの中で何かが弾けた。


収納魔法から豆を取り出し、

火を起こすと、勢いよく杓文字しゃもの柄を掴む。


アーク

「甘さ……やわらかさ……救い……!

 これがエクレアの心をわしに向ける鍵じゃ!!」


しゃも

「ちょっ、アーク様!?

 ただの休憩ですよ!?

 なんでいきなり“あんこ精製モード”に入ってるんですか!?

 日が暮れますよ!? 今日はここに泊まる気ですか!?」


しかしアークは完全にスルーしていた。


豆を洗い、煮る。

魔力で柔らかさをコントロールし、

甘みを丁寧に染み込ませていく。


コトコト……コトコト……。


アーク

「……焦るな……甘味は焦りを嫌う……。

 じっくりと……ふっくらと……!」


しゃも

「(聞いてない……完全に聞いてない……!)」


カノンはその様子を見て、状況を悟った。


カノン

「……今日は、ここで泊まりですね」


そう言うと、自然な動きでエクレアの寝床を整え始めた。


エクレアもアークの“真剣すぎる横顔”を眺め、

不思議そうに小首をかしげている。


カノン

「大丈夫だよ、エクレアちゃん。アーク様はね……ええと……

 こういう時は、誰にも止められないの」


しゃも

「それはもう、身に染みて分かってます……」


アークは豆をゆっくりとかき混ぜながら、

まるで戦士が戦場に立つような表情でつぶやいた。


アーク

「ふふふ……エクレアよ……

 わしが“本物の和スイーツ”を見せてやるわい……」


こうして――

ただの休憩のはずが、

アークの甘味制作によって“そのまま野営”が決定したのであった。


外はすっかり暗くなり、

焚き火の橙色の光が、輪の中をほんのり染めていた。


甘い香りが、夜気の中にふわりと広がる。


アークは鍋をかき混ぜていた手をそっと止め、

最後の仕上げとして、ジャポン国でもらった餅を静かに落とした。


アーク

「……よし、完成じゃ」


その瞬間――

エクレアがむくりと目を覚ました。

寝ぼけた瞳が、香りに引き寄せられるように揺れる。


アークは優しい顔で、

とろりと艶のあるお汁粉を椀によそい、そっと差し出した。


アーク

「ほれ、エクレア。できたぞい」


エクレアは初めて見る食べ物に目を丸くし、

恐る恐るスプーンで一口すくった。


そっと口に運び――


……ぱく。


途端に、表情が固まる。


アーク

「どうじゃ? うまいじゃろ?」


しかし。


エクレアの表情は、まったく浮かない。


どこか困ったように眉を寄せ、

小さく、首を横に振った。


しゃも

「……え?」


カノン

「エクレアちゃん……?」


沈黙が流れた。


アークは椀を持ったまま固まり、

しゃもも信じられないものを見るような表情(※しゃもじなので表情はないが雰囲気だけはある)。


エクレア

「……あの……ごめんなさい……

 にがて……」


その瞬間――


しゃも

「……人生初の……敗北ですね、アーク様」


アークは崩れ落ちた。


アーク

「そんな……ばかな……

 柔らかくて……甘くて……

 これは……究極……の……」


声が震えている。


カノンは困ったように笑いながら、

エクレアの頭を撫でてフォローする。


「エクレアちゃん、無理して食べなくていいよ」


エクレアはほっとしたようにカノンへ寄り添う。


アークはしゃがみ込み、

星空を見上げながら小さくつぶやいた。


「……わしの……甘味道が……

 まさか、こんな形で……折れるとは……」


しゃも

「(折れてませんよ。ただの相性です)」


焚き火がぱちりと弾ける。


夜は静かに、静かに更けていった。




読んでいただきありがとうございます。

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