第62話 猫耳
カノンとエクレアが寝静まった頃、
部屋の片隅でアークがガサゴソと何かを広げていた。
しゃもがその様子を見て、小さくつぶやく。
「……この流れ、またですか」
アークは気にする様子もなく、布と糸を机いっぱいに並べている。
「エクレアの装備、あまりにも心もとなくての。
連れて行く以上、整えてやるのが当然じゃ」
エクレアの頭には小さなツノが二本。
そのまま街を歩けば、魔族だとすぐにバレてしまう。
アークは腕を組んでしばらく考え――
「……よし。猫耳フードじゃな」
しゃもが即座に突っ込む。
「はい、完全に趣味ですね」
アークはむっとした顔で返した。
「ち、ちがうわ! これはカモフラージュじゃ。断じて趣味ではない」
しゃもはため息をつきながらも、手元を見て感心する。
「……でも、手際は相変わらず良いですよね。魔法糸でここまでできるとは」
アークは魔力の通る“魔法糸”を指に絡め、器用に針を動かしていく。
糸は光を帯び、布はみるみる形になっていく。
そんな作業が続き――夜が白んでくる頃。
カノンとエクレアが眠そうに目をこすりながら起きてきた。
その瞬間、アークは手にしていたローブを持ち上げ、エクレアの前に差し出す。
「お主のぶんじゃ。着てみい」
エクレアはおそるおそる受け取り、猫耳フードを見つめて――
控えめに、けれど確かに嬉しそうに微笑んだ。
「……かわいい……」
その横でカノンが勢いよく声をあげる。
「ちょっ……なにこれ! すっごくかわいい!! え、あたしのは!? わたしの分は!?!」
アークはふふんと鼻を鳴らし、もう一着を差し出した。
「もちろん作っておるわい。ほれ、これがカノンのぶんじゃ」
カノンはぱぁっと顔を明るくしてローブを抱きしめる。
そしてエクレアの手を取り、二人して並んでみせた。
「見て見て! おそろいだよ、エクレアちゃん!」
「……うん……!」
二人はその場でくるりと回ってはしゃぎ、朝から笑顔が弾けた。
その様子をアークは満更でもない顔で眺めている。
「うむ。悪くない仕上がりじゃ」
ふとカノンがしゃものほうを見て声をあげる。
「えっ!? しゃもにも猫耳ついてる! かわいい!!」
しゃもはぶるっと震えた。
「ちょ、ちょっと……これは……恥ずかしいんですが……」
アークは胸を張って断言する。
「よいからそのままにしておけ。
これでエクレアも怪しまれん。完璧じゃ」
しゃもは小さくため息をつきながら、猫耳の飾りを揺らした。
「(完全にアーク様の趣味なんですけどね……)」
アークは満足げに頷き、二人と一杓文字を見渡した。
こうして――
新しい仲間と、新しい装備で。
一日の朝が、にぎやかに始まった。
街を出る準備を整えたアークたちは、商人のもとへ向かった。
エクレアの故郷――魔族の村へ向かうため、進路の最終確認だ。
商人は地図を広げ、森の奥の一点を指さした。
「エクレアちゃんの村は、この森を抜けた先にあります。
ただ……その途中に、どうしても避けられない“難所”がありまして」
アークはしゃもじを軽く肩に乗せ、顔を近づける。
「難所じゃと? 何がある」
商人は少し言いにくそうにしながら続けた。
「途中に、“巨大な木”が行く手を塞いでいるのです。
普通の木ではなく……魔力を帯びた、異様な大木です。
魔族以外は、近づくと体が拒絶してしまうらしく……」
カノンが不思議そうに首を傾けた。
「どうして魔族以外は通れないの?」
商人は苦笑いを浮かべた。
「どうやら“勇者様”が昔あそこで“謎の種”を植えたらしいのです。
それが大きく成長して、今では木自体が結界のようになってしまったとか」
アークはぴたりと動きを止めた。
「……またか」
しゃもが横から静かに呟く。
「“尻拭い案件”確定ですね。
アーク様、顔がもうすでに呆れてますよ」
アークは額を押さえ、深くため息を吐く。
「わしは……ほんとうに、勇者の尻拭い人生から逃れられんのか……」
エクレアが不安げにアークの袖をつまんだ。
「……村……行きたい……」
その小さな声を聞いた瞬間、アークは顔を上げた。
「行くぞ」
力強く言い切ったアークに、カノンがぱっと笑顔になる。
「アーク様!」
しゃもが肩をすくめた。
「結局行くんですね……まあ、エクレアちゃんのためですよね」
アークは鼻を鳴らす。
「当たり前じゃ。
あの大木が誰のせいでこうなったかは知らんが……
わしの旅は“飯のため”じゃ。
そのために必要なら、木の一本や二本、どうにでもするわい」
商人は胸を撫で下ろしながら頭を下げた。
「どうか……お気をつけて。森の先まで、無事たどり着けることを願います」
アークは手をひらりと振る。
「安心せい。わしらは最強パーティーじゃからの」
しゃも 「自分で言いますか、それ」
カノンはエクレアの手を握り、やさしく笑いかける。
「いっしょに、帰ろうね」
エクレアは小さくうなずいた。
こうして一行は――
勇者の“謎の種”が生んだ怪奇の大木へ向かい、森の奥へと歩き出した。
新たな厄介事の予感を、しっかり胸に抱えながら。
街を出たアークたちは、早速カノンに乗り込んだ。
本来は森の奥を徒歩で進むはずだったが――
「カノンがいるのじゃ。関係なかろう」
アークの一言で、空路に決定した。
風を切りながら進む巨大な魔導鳥・カノンの背は快適そのものだ。
後ろに乗ったエクレアは、瞳をキラキラと輝かせていた。
「……すごい……高い……!」
カノンは誇らしげに胸を張り、さらに速度を上げた。
しばらくすると、地平線の向こうに“巨大な影”が現れた。
近づくにつれ、それが一本の木だとわかる。
そして――着陸。
足をついた瞬間、アークたちは全員、見上げた。
空を覆うほどの巨木。
太さは城壁のようで、幹は雲の中へと消えていた。
「……でかすぎじゃろ……」
アークが思わずつぶやく。
しゃも 「これは……“木”というより“地形”ですね……」
カノンは翼をたたみながら見上げ、ぽつり。
「天辺、見えませんね……」
エクレアは木の根元を触りながら、不思議そうに首を傾げた。
「……これ、ほんとに木……?」
しばし無言で巨木を見上げていたアークが、急に顎を触って言い出した。
アーク 「……ふむ。男というものはの」
しゃも 「嫌な予感しかしません」
アークは指を天に突き上げた。
「目の前に“登れそうな大木”があるのなら――
登るのが男の本懐じゃ!!」
カノン 「突然どうしたんですかアーク様!?」
エクレア 「……のぼる……?」
しゃも 「完全に意味不明です……」
アークはすでに荷物の紐を締め直し、準備万端の顔をしていた。
「よし、一同! てっぺんを目指すぞい!」
しゃも 「(この人、絶対わけもなく登りたいだけだ……)」
カノンはため息をつきながらも、笑っていた。
「……しょうがないですね。行きましょう!」
こうして一行は――
目的を完全に見失ったまま、勇者の尻拭い大木の“天辺”を目指すことになった。
読んでいただきありがとうございます。
投稿遅れてごめんなさい。
年末で仕事が超絶忙しく、ほかの案件も重なってしまい……だいぶ間が空いてしまいました。
しばらくは更新するための時間がなかなか取れそうにありません。
そのため、今年いっぱいは更新頻度が下がります。
それでも楽しみに読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます。
無理のないペースで続けていきますので、気長にお待ちいただければ幸いです。




