第5話 初討伐
村人たちに頼まれた翌日、アークは魔物が増えた原因を探るべく、かつて勇者が潰したという「魔物の巣跡地」へ向かった。
「さて……勇者とやらがどれほど雑な仕事をしたのか、この目で確かめてやるか」
しゃもじを懐にしまい、アークは森の奥へと進んでいく。
やがて到着した場所は……見るも無惨な有様だった。
大地は大きく抉れ、木々は焼け焦げ、岩は砕け散っている。
「……なるほど、勇者がド派手に暴れた跡か」
しかし、異様な点がいくつもあった。
地面には、大小さまざまな足跡が四方八方に伸びている。
洞窟の入口らしき場所は崩れていたが、内部から無数の爪痕が外に広がっていた。
「……やはりな。巣を“潰した”のではなく、中の魔物を“ばら撒いた”だけか」
アークはしゃがみ込み、土を指で掬って吟味する。
「ふむ……一年前に崩れた跡。残留魔力も勇者のものだろう。
……雑なんだよ、雑すぎるわ!」
思わず地面にツッコミを入れる。
さらに周囲を調べると、岩陰に何かが落ちていた。
布切れのようなものを拾い上げると、そこには雑に書かれた文字が。
> 『魔物は倒した。たぶん大丈夫。あとはよろしく!』
「……勇者ぁぁぁぁぁぁっ!!!」
森中にアークの叫びがこだました。
頭を抱えつつも、アークは深呼吸して落ち着きを取り戻す。
「……まぁ、文句を言っても仕方ないか。
勇者の尻ぬぐい──結局、わしがやるしかないようだな」
しゃもじを取り出し、軽く振る。
木製のそれは陽光を反射して、妙に頼もしげに輝いていた。
「しゃもじよ、今度は肉を食う前に、魔物を片付ける仕事じゃ。……付き合ってもらうぞ」
こうして、アークは本格的に村周辺の魔物退治へと動き出すのだった。
魔物の巣跡地を調査した翌日。
アークは村人たちに告げて森の奥へと足を踏み入れた。
「どうやら魔物が群れを成しているようだな。……放置すれば、いずれ村が壊滅する」
千年の知識と経験を持つ大魔法使いにとって、こうした事態は予想通りだった。
だが、だからといって腹が立つのは変わらない。
「勇者、テメェ……本当に後始末を考えてねーな!!」
ぶつぶつ言いながら歩くと──
前方の茂みから複数の唸り声が聞こえてきた。
――がるるるるっ!
灰色の毛並みを持つ狼型の魔物が、十数体。
それぞれ牙を剥き、殺気を放ちながらアークを取り囲む。
「……ふむ。数は多いが、わしにとっては大した問題ではないな」
アークは手を掲げ、短く念じる。
《ファイアランス》
――どごぉぉぉぉぉんっ!
炎の槍が次々と空中から降り注ぎ、魔物たちを串刺しにした。
逃げ惑う個体もいたが、続けざまに《ウィンドカッター》を放ち、あっという間に森の中は静寂に包まれた。
焦げた匂いが漂い、残るのは地に伏した魔物の群れ。
「……うむ、千年前と変わらぬ手応えじゃ」
アークは頷き、胸を張る。
だが、一匹だけ生き残っていた。
群れの中でもひときわ大きな個体──リーダー格の魔物が、咆哮を上げて飛びかかってきた。
「ほう、最後の一匹か」
アークは懐に手を突っ込み、取り出した。
神器しゃもじ。
「……よし、こやつはしゃもじで」
飛びかかる魔物に対し、アークはしゃもじを一閃。
ぺちんっ。
乾いた音と共に魔物はその場に崩れ落ち、動かなくなった。
「……やはり最後はこれか」
戦いが終わると、アークはしゃもじを魔物にかざす。
――《鑑定》
結果が光のウインドウに浮かび上がる。
小型個体:肉質硬し、食用不可
中型個体:調理次第で食用可
大型個体:食用可、ジューシー
「……ほほう、やはり中には食えるやつもいるのか」
しゃもじを見つめ、アークはにやりと笑った。
「ふふふ……今日の夕餉は、狼ステーキだな」
こうして、アークの“勇者尻ぬぐい兼グルメ生活”は、ますます本格的に始まっていった。
夕暮れどき。
アークは倒した魔物をいくつか収納魔法から取り出し、荷車に積んで村へ戻ってきた。
「おおっ!? 魔物だ!」
「す、すごい……あれだけの数を一人で!?」
村人たちは広場に集まり、目を見開いてざわめき出す。
中には腰を抜かす者もいた。
宿屋の店主も駆け寄ってきて、驚きと安堵を入り混じらせた顔をする。
「アークさん! 本当にやってくれたのか!」
「ふむ。巣跡地で群れに遭遇したが、まとめて片付けてきたぞ」
「ま、まとめて……!?」
村人たちは拍手し、口々に感謝を述べる。
「これでしばらくは畑も川も守られる!」
「さすがはしゃもじいさん!」
「勇者様より頼りになる!」
「……誰がしゃもじいさんじゃあああ!!!」
アークのツッコミが夕暮れに響く。
だが、村人たちの目にはもはや「しゃもじいさん」の称号が完全に焼きついていた。
そのとき、子どもが指差して言った。
「ねぇ、しゃもじいさん! これって食べられるの?」
「だからわしは勇者で──……いや、まぁよい。ちょっと待っとれ」
アークは懐から神器しゃもじを取り出し、魔物にかざす。
――ぴこんっ。
光のウインドウが浮かび上がる。
「この中型のは煮込みで食用可。こっちは硬すぎて不向きじゃな」
子どもたちは目を丸くして歓声を上げた。
「おおーっ!」
「やっぱりしゃもじいさんだ!」
「魔物を倒すだけじゃなく、料理の判定まで!」
子どもたちの瞳はキラキラと輝く。
だが、アークはしゃもじを下ろし、少しだけ真顔になった。
「……(ふむ、この世界では魔物食はタブー……。
わしが今ここで“食える”と言えば、村の大人たちはきっと怖がるじゃろう)」
千年生きた経験が、軽々しく口に出してはならないことを告げていた。
「よし、子らよ。これは……“特別な肉”じゃ。大人には内緒にな。
わしがさっき森で見つけた獣の群れを、今夜の宴用に飼ってきたから、そっちを食べようぞ」
「ほんとに!? 肉!? やったぁ!」
「しゃもじいさんありがとう!」
肉を食べるのが久しぶりの子どもたちは、満面の笑みを浮かべて喜んだ。
彼らは無邪気にアークに感謝する。
アークは微笑んで頷く。
「(実際にはさっき討伐した魔物の肉じゃが……別に食べても悪くないし、分からなければ問題ないじゃろ)」
しゃもじを握りしめながら、アークは心の中で苦笑した。
女神が与えたこの神器が、ただの“食材判定”にとどまらず、
“しゃもじいさん”の頭脳まで試しているかのように感じられた。
お付き合いありがとうございます。
今後も宜しくお願いします。




