第4話 〇〇〇じぃさん
翌朝。
昨夜の魔物煮込みで腹を満たしたアークは、倒した魔物の一部を丁寧に包み、宿屋の玄関に立っていた。
朝の空気はひんやりと澄み、鳥の声が遠くに聞こえる。
鼻の奥にまだ残る肉と野菜の香りが、彼の胃袋をくすぐった。
「ふむ……さて、報告しておくかの」
収納魔法で軽くした荷物を抱え、アークは村の広場へ向かった。
石畳の道を進むたび、まだ眠そうな村人たちが振り返り、不思議そうな目でこちらを見ている。
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魔物討伐の報告
広場では、朝市の準備をする人々が集まっていた。
アークが歩み寄ると、その姿に気づいた者たちが、最初はきょとんと、次にざわざわと騒ぎ始める。
「昨日、村の外で魔物を一匹仕留めておいたぞ」
その一言で、場の空気が一変した。
籠を持っていた老婆が手を止め、子どもが口をあんぐり開け、男たちが顔を見合わせる。
「え!? あのお爺さんが魔物を!? 一人で!?」
「信じられん……」
「昨日も一人で森へ行ってたよな……」
宿屋の店主も慌てて駆け寄ってきた。
目を丸くし、額に汗を浮かべている。
「アークさん! 本当か? 一人で魔物を倒したってのか!?」
「うむ。まぁ、わしほどになれば造作もないことじゃ」
アークは胸を張った。
千年の大賢者としてのプライドが、ほんの少しだけ顔を出す。
だが、そのとき村人たちの視線が一点に集まる。
アークの懐から、うっかり“神器しゃもじ”の先端が覗いていたのだ。
光を受けて、木目がやけに神々しく輝いている。
「あ、いやこれは違うぞ! 武器とかそういうんじゃなく──」
慌てて隠そうとするが遅かった。
「見たぞ! あのお爺さん、しゃもじ持ってた!」
「しゃもじで魔物倒したのか!?」
「すげぇ……しゃもじで魔物を……」
ざわめきが広がり、子どもたちまで目を輝かせる。
ついには誰かが言った。
「……しゃもじいさん!」
その瞬間、広場に笑い声が爆発した。
「しゃもじいさんだ! 本物のしゃもじ勇者様だ!」
「おお、頼もしい! しゃもじいさん!」
アークの顔が真っ赤になる。
「だ、誰がしゃもじいさんじゃあああ!!!」
必死の否定もむなしく、あだ名は瞬く間に村中に広まってしまった。
子どもたちまで「しゃもじいさーん!」と手を振ってくる。
「わしは勇者じゃ! しゃもじではなく……いや、勇者でもないか……。
とにかく“いさん”つけるなぁぁぁ!」
空しく響くツッコミ。
そんな中、宿屋の店主が真剣な顔で話しかけてきた。
今度は笑っていない。本当に困っている顔だ。
「なぁ……しゃも──アークさん」
「いま、わしをしゃもじって言おうとしたじゃろ!?」
「いやいや、気のせいだ! それより……村の者から相談があるんだ」
店主の呼びかけに、村人たちが次々と集まってくる。
子どもを背負った母親、農具を持った男、腰の曲がった老婆までが不安げな目をしている。
「最近、村の外に魔物が増えすぎてな……畑も荒らされ、川の魚も獲り尽くされちまったんだ」
「前に召喚された勇者様が、魔物の巣を壊してくれたんだが……」
「……まさか」
アークは眉をひそめる。
「巣を潰したせいで、逆に中にいた魔物が散らばったんじゃな?」
村人たちは一斉に頷いた。
それだけで、真実が伝わってくる。
「そうだ。勇者様は“これで終わった”と笑って帰っていったが……その後、魔物はさらに増えて、村はずっと困ってる」
アークは深いため息をついた。
そのため息の重さに、周囲の空気まで静まり返る。
「……勇者、テメェ……」
千年生きた彼にはすぐに分かる。
魔物の生態系を無視した強引な討伐は、逆に被害を拡大させるだけだ。
勇者とやらは、問題の根っこを放置していったに違いない。
「つまり……わしに、その後始末をしてほしいというわけか」
村人たちは頭を下げ、宿屋の店主は言い淀むように口を開く。
「すまない……しゃも──アークさん」
「だから途中で“しゃもじ”って言うな!」
だが、村人の頼みを断れるほど冷たい男ではない。
アークはしゃもじを懐にしまい込み、大きく伸びをした。
小さな背筋がパキッと鳴る。
「……よし、分かった。わしがなんとかしよう」
その瞬間、村人たちの顔にぱっと希望の色が宿った。
子どもたちが「しゃもじいさーん、がんばって!」と声を上げる。
「……誰がしゃもじいさんじゃあああ!!」
ツッコミながらも、口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。
かくして、“しゃもじいさん”ことアーク・エルディアの本格的な尻ぬぐい生活が、ここから幕を開けるのだった。
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