第45話 頭文字 A
宴の準備が進む広間の中で――
アークはふと手を止め、空を見上げた。
「……そうじゃ。わし、本魔グロを“醤油で”食べるのが夢じゃった……
本魔グロの刺し身を肴に、酒をあおる……ぐふふ……」
カノン
「アーク様、よだれ、よだれ……!」
しゃも
「宴の空気の中で急に夢語らないでください」
アークの頭の中には、
醤油をたっぷりつけた刺し身と、
湯気の立つ炊きたて白米と酒――
完全に食の妄想で支配されていた。
するとアークはくるりと振り返り、殿へ向き直る。
「殿。厨房を貸してくれぬか」
殿
「な、なにゆえに!? 御老公様ほどの御方が、なぜ厨房など……!」
アーク
「決まっておろう。
美食じゃよ、美食。
わしの料理こそが宴の本丸よ!」
殿は困り果てる。家臣たちもザワつく。
「神の御膳に手をかけるなど……!」
「不敬になってしまう!」
しかしアークは一歩前へ出て、殿の耳元でドヤ顔で囁く。
「――なぜ、わしが“神器しゃもじ”を持っておるかわかるか?」
殿
「……はっ!? それは……神の証……!」
アーク
「そう……わしは“食の神の加護”を受けし者。
料理は神事じゃ。
神に供さぬ宴になに意味がある」
しゃも
(小声)「今のところ嘘の三段重ねです。大罪です」
殿は完全に信じた。
「……! なんと尊いお考え!
その教え、この国の基といたします!!」
バン!と床に手をつくように頭を下げ、
「これより――美を作る者、食を作る者にも位を授ける!
料理人もまた“神に仕える民”といたす!!」
しゃも
「嘘で国家の身分制度を変えましたよ!? アーク様!!」
アーク
「よいではないか、結果的に美食の地となる」
殿
「では、御老公様! 厨房をお使いくださいませ!」
こうして――
大ジャポン帝国の国家制度は、たった一言の嘘で改変され、
アークは堂々と厨房へ突入した。
カノン
「アーク様! お手伝いします!」
しゃも
「もう止まらないなら、せめて火事だけは勘弁してください」
アークはしゃもじを構え、炎の前に立つ。
「さぁて……本魔グロと魔だいで――
天下を取る料理を作るとするかのう!」
アークは厨房に入り、しゃもじをくるりと回して宣言した。
「よし、まずは――本魔グロじゃ!」
収納魔法の光から現れたのは、海底で戦ったあの巨大な本魔グロ。
さらにアークはもう一つ、大きな白銀の魚体を取り出す。
「おお……これは魔だい!」
カノンの瞳がキラキラ輝く。
しゃも
「水の国で本魔グロに混じって網に入ってたやつですね。真鯛の魔物版です」
アークは鼻息も荒くうなずいた。
「ふふふ……これぞ料理の運命じゃ。今日は刺し身と塩焼きで決まり!」
本魔グロを前にしたアークの表情は真剣そのもの。
しゃもじは杓子ではなく、まるで名匠の柳刃包丁のように操られる。
すらり――
切り口は美しく艶やか、脂がきらめく。
カノン
「アーク様……まるで職人さんみたいです!」
しゃも
「まあ本職は魔法使いなんですけどね。たぶん今は違います」
さらにアークは米を炊き、すし酢を調合。
しゃもじで切るように混ぜ、手際よく握り始める。
「江戸前でもエルフ前でもない。名付けて――“エルディア寿司”じゃ!」
その姿はどう見ても千年熟練の寿司職人。
カノンは胸の前で手を組み、感動で頬を紅潮させていた。
続いてしゃもが魔だいのレシピを告げる。
しゃも
「魔だいは“尾頭付き塩焼き”が最上ですよ。香りと見栄えが一級です」
アーク
「よし。塩はこの前のやつを使うかの」
しゃもじは今度、うちわ代わりに扇ぎ、火加減まで完璧に調整した。
やがて――
厨房は芳ばしい香りと、食欲を刺激する湯気で満たされる。
「できたぞ!」
広間へと戻ると、膳の上には豪華な料理が並ぶ。
本魔グロ刺し身
魔だい尾頭付き塩焼き
きのこ汁
米粉の天ぷら盛り合わせ
串焼き魚の味噌ダレ
そして殿の前に座ったアークは、神器しゃもじでご飯をよそい――
神器の真価発動。
ふわり、と湯気が黄金色にゆらぎ、米がまばゆく輝きだす。
殿
「こ、これは……!? 香りが……米の香りが違う……!」
ひとくち含んだ瞬間、殿は腰から崩れ落ちた。
殿
「こ……これが……神の米……!?」
アークは得意げに笑い、夢の瞬間を迎える。
「では――いただく!」
アークは湯気たつ白飯の上でしゃもじを止め、
醤油をちょんと刺し身につけると――
ひと口。
「……う、うま……っ! ぴぇぇぇぇぇぇ……っ!!」
目尻がとろりとゆるむ。肩も落ちる。魂ごと解きほぐされる味。
「これじゃ……わしが求めておったのは……まさにこれじゃ……!」
しゃも
「良かったですねアーク様。ここまで長かった……」
続いて塩焼きの魔だい。
皮はパリッ、身はふっくら、香りは芳醇。
日本酒をくいっと流し込み――
「……天じゃ。もうここが天界でも信じるぞ、わしは……」
完全に昇天した老人だった。
隣ではカノンが、もぐもぐと幸福そうに微笑む。
「アーク様、このきのこ汁とっても美味しいですよ!
それに、このサクサクしたの――“てんぷら”……?
これ、すっごく好きです!また作ってください!」
テーブルには、城の料理人が腕を振るった料理も並ぶ。
きのこ汁
串焼き魚の味噌ダレ
米粉の天ぷら盛り合わせ
アークはそれらも一口ずつ味わい、
「うむうむ」と満足げにうなずいた。
しかし、そこで終わらないのがこの男。
アーク
「……よし。みなの者、見ておれ。今から本物の寿司というものを握ってくれよう!」
そう言うや否や、宴の中心で寿司を握り始めた。
寿司を求めて殺到する家臣・兵士・家来たち。
・アークの頭文字 「A」 を背中に大書したはだぎ
・「神」 の文字をでかでかと刻んだしゃもじ
・ドラゴンの角のカツラを自作し、
「自分はカノン派です!」と意味不明なアピールをする若武者
もはや宗教。
しゃも
「……アーク様、完全に“寿司教の教祖”ですよ」
カノン
「アーク様はやっぱりすごいです! 皆を幸せにしてます!」
アークは鼻の穴を膨らませ、しゃもじを掲げて言い放った。
「よいか皆の者! 寿司は逃げぬ! 順番を守れい!!」
「「「ははぁぁぁぁぁ!!!!」」」
城内は熱狂と笑いと香りに包まれ、
ジャポン帝国の夜は更けていった――。
大宴が終わり、城の外へと続く回廊。
殿は名残惜しそうにアークの袖をそっと掴んだ。
「……本当に行かれてしまうのですか、御老公様。
できることなら、ずっとこの国に――」
アークは後ろを振り向かず、手をひらひらと振った。
「長居は無用、わしは風じゃ。
留まれば腐る。腐ればカビが生える。カビは飯を不味くする。
――ゆえに、わしは行く!」
しゃも
「最後いい感じのこと言った風ですが、全部“飯基準”ですね」
カノンは深く一礼し、笑顔で言う。
「殿様、お土産たくさんありがとうございました。
私たち――必ずまた来ます!」
殿と家臣たちは胸の前で手を合わせ、深々と頭を下げる。
「どうか……どうか、御身ご自愛を……!」
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アークは城の広い庭に出ると、ふと振り返り、いたずらっぽく笑った。
「最後にサービスじゃ。
伝説というものは、こうして締めるものじゃからの」
カノンが頷き、ドラゴンの姿へと変身。
大きな翼が夜風を裂き、鱗が月光を弾く。
続いてアークがしゃもじを掲げる。
「しゃも、フラッシュモードじゃ!!」
しゃも
「……はいはい、どうせやると思ってましたよ」
次の瞬間――
しゃもじは太陽のような光を放ち、庭を、城を、国中を白銀に照らした。
巫女も、兵も、町娘も、商人も、殿も、皆がその姿に息を飲み――
「か、神々しい……!」
両手を合わせ、祈りの声が自然とあがる。
アークはドラゴンの背に乗り、余裕の笑みを浮かべた。
「ではさらば、ジャポン! 飯と酒がうまい国よ、また来る!」
ドォン――!
カノンが夜空へと舞い上がる。
しゃもは光尾をひき、流れ星のように空を裂く。
人々は、アークたちの姿が見えなくなるまで――
地に額をつけ、祈り続けた。
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その夜の出来事は後に、
“神杓の御老公降臨の儀”
として語られ、
伝承・歌・絵巻・紙芝居・アニメ化(※400年後予定)までされる存在となった。
こうして――
ジャポン帝国は救われ、またアークの旅は続くのであった。
めでたし。めでたし。
◆ 一方その頃――さかのぼること10ヶ月前 ◆
荒れ果てた戦場に、砂埃が舞う。
焦げた大地。無数の魔物の骸。
勇者パーティがその中心に立っていた。
勇者は大剣を肩に担ぎ、満面のドヤ顔。
「よし!お前らぁッ!!
俺の必殺技ゲージ、満タンだぁ!!
――そこをどけぇッ!!」
仲間の前衛が慌てて道をあける。
仲間たち
「うるさい!毎回言わなくていいから行け!!」
勇者は聖剣を天に掲げ、全身を光に包む。
「必殺!!
ヴァキュウム昇龍竜巻波動ソォォォード!!!」
ドゴォォォォォォン!!!
凄まじい光柱が天に伸び、巻き起こる爆風が森そのものをえぐり取った。
直撃を受けた魔族幹部は、断末魔とともに吹き飛ぶ。
「ぐ、ぐわぁぁぁッ……!
――ば、馬鹿な……我が“魔装結界”が……一撃で……!」
爆煙の中、幹部は血を吐きながら森の奥へと逃げ込んだ。
「ぜっ……ぜったい魔王さまに……報告を……!」
限界ぎりぎりでたどり着いた木の根にもたれ、唇を噛む。
「……申し訳……ありませ……魔王……さま……」
そのまま意識を失い、倒れ伏した。
――その様子を、森の奥から怪しい影が静かに見下ろしていた。
カツ、カツ、と足音だけが響く。
「………。」
幹部の身体が闇に包まれ、影はゆっくりと背を向けた。
森の夜風がざわりと鳴り、遠くでカラスが不吉に泣いた。
読んでいただきありがとうございます。




