第44話 終わらぬ土下座
八魔田騒動を片付け、洞窟を後にしたアークたちは、山道を抜けて兵士たちの待つ合流地点へ戻っていった。
しかし――
そこにいた兵士たちは、まるで鬼でも見たかのような顔で石のように固まっていた。
「……あ、あれが……実際に龍を呼んだ御老公……」 「頭に乗っていた……まるで古代戦記のまんまじゃ……」 「それに、あのしゃもじ……雷を全部吸い込みよったんじゃろ……?」
ひそひそ声が震えながら漏れる。
しゃもが呟く。 「噂が爆速で歪んでいってますね」
よく見ると兵士の一部は、恐怖のあまり膝をガクガクと震わせていた。
そして、アークたちが一歩近づくと――
ドサァァァ!!!
全員が一斉に地面へ頭をつけ、息が詰まりそうなほど深々とまた土下座。
「御老公様ぁぁぁ!! まこと恐れ入りましたぁぁぁ!!!」 「どうかこの命ばかりはお助けくだされぇえ!!」 「龍の御友人にございまするぅぅぅぅ!!」
アークは一歩下がり、
「ぴぇぇぇ……なんじゃこの圧……引くわい……」
と本気で怯んだ。
カノンは困ったように笑いながら手を振る。
「ちがうんです、皆さん! アーク様はそんな怖い人じゃありませんよ!」
しゃもは冷静に解説する。
「斥候部隊が、私たちの戦闘を“ノリと勢いは全部本物”として報告したようですね」
アークは頭を抱える。
「斥候め! わしをどんな魔王に仕立てあげとるんじゃ!!」
とはいえ兵士たちは道を開け、震えながらも先導を始めた。
城下へ戻る道中――
民衆は城門前で待っており、兵士からの報告を聞いていたのか、こちらも土下座の嵐。
「す……すげぇ……」 「神話以上の御老公様じゃ……」 「生きた龍を従えた男……」
どこからかそんな声が飛び交い、アークはさらに引いた。
「……わし、こんなに敬意を受けたの初めてなんじゃが……正直、落ち着かんわい……」
しゃも 「“引かれる英雄”という珍しいポジション確立しましたね」
カノンは優しく笑いながら言う。
「でも……アーク様はやっぱりすごいと思います」
アークは鼻を鳴らすが、心の声は――
(……もう二度と土下座の角度は見たくない……)
そんな疲労を滲ませる帰還となった。
城下へ戻るやいなや――
アークたちはまるで天から舞い降りた神々のように迎えられた。
「御老公様ぁぁぁ!!!」
「ご利益を!! 一目でよいので、一目だけでも!!」
「本物の神は……本当におったのじゃ……」
泣き崩れる者。
地面に額をこすりつける者。
さらには生まれたばかりの赤ん坊を抱えながら、
「名前を授けてくだされぇぇ!!」
と縋る母親まで現れる。
アーク(心の声)
(ぴぇぇぇ……! 今回わし……ほぼ何もしておらんのにぃぃ……!
胸が痛い……胃が痛い……! むしろ色々やらかした気もするのに……!!)
背後では、しゃもが冷静に言う。
「アーク様、これはもう“神輿”です。担がれる側に意志は無関係です」
カノンは恐縮しながら、必死に手を振っている。
「み、みなさん、アーク様はとても優しい方ですけど……その……」
だが群衆の熱は止まらない。
「御老公様! もう一度だけ拝ませてくださいっ!」
「ご先祖様……見てますか……!」
「家宝にします! 髪の毛一本ください!」
アーク
「やめんかぁぁぁ!! 抜かんでよい! 勝手に生やすな!!」
ようやく兵士たちが列を作って道を空け、アーク一行を城へ案内した。
城の門が開くと、そこでも過剰な歓迎が待っていた。
兵士たちが震えながら整列し、全員が一斉に頭を垂れる。
「ご、ご帰還……心からお慶び申し上げまする……!」
「し、失礼があってはならぬ……絶対に目を合わせるな……!」
(※ 目を合わせたら即死する化け物扱いに近い)
しゃも
「……嫌われてるのか、崇拝されてるのか、もはや判断不能ですね」
アーク
「わしの心が削られておるのは確かじゃ……」
カノンはそっと袖を引っ張り、小声で言った。
「だ、大丈夫ですアーク様。私はちゃんとわかってますから……」
アークは少し救われた気持ちになり、正座で謁見の間へと通される。
広間では、その日一番の静寂が降りた。
すだれの奥に座る殿も、家臣も、全員が深々と頭を下げている。
「御老公様……!
この国は……貴方様に救われました。
改めて、礼を申し上げます……!」
アークは内心で叫んでいた。
(やめてくれぇぇ!! 罪悪感が限界突破しそうなんじゃがぁぁぁ!!!)
だが、もう止められない流れだった。
アークの罪悪感など露知らず、殿は深々と頭を垂れ、朗々と告げた。
「御老公様――国を救っていただいた御礼として、
米俵百表、大判一万両を授与いたしまする!
さらに……征夷大将軍の称号をお受け取りくださいませ!」
ひときわ大きな歓声が城に響く。
アーク
「ぴぇ……? せ、征夷……なんじゃそれは」
しゃもが即座に低い声で解説した。
「アーク様、それは……この国の頂点。
殿より上、つまり“国で一番偉い立場”です」
アーク
「ぴ、ぴぴぴぃぃぃぃぃ!?!?!?」
全力で首を横に振り、大慌てで叫ぶ。
「む、無理無理無理むりむりむり無理ぃぃぃぃっ!!
わしはまだ世直しの途中なんじゃ!
わしが動かんと困る国が山ほどあるんじゃぁぁぁ!!」
息も絶え絶え、肩で呼吸しながら拒否するアーク。
しゃも
「断り方が必死すぎて逆に怖いですよアーク様」
その鬼気迫る気迫に、殿は顔を引きつらせながら、
「……っ、そ、そこまで申されるなら……無理強いはいたしませぬ……」
と怯え気味に了承した。
アークは膝に手をつき、ぜぇぜぇ言いながら天を仰ぐ。
殿
「では御老公様……いつまでこの国に滞在を?」
アーク
「――今すぐ立つ!!」
即答。食い気味。全力。
殿は動揺しつつ必死に食らいつく。
「せめて……せめて今宵の宴だけでも!!
国中の者が御老公様のために用意しておりまするゆえ……!」
“宴”と聞いた瞬間、アークの表情がピタリと止まる。
アーク
「宴……?」
しゃも
「……ほら始まった。ほんと懲りませんね」
カノンは微笑みながら袖を引く。
「いいじゃないですか、アーク様。せっかく皆が喜んでるんです。
ご飯だけでも食べていきましょう?」
アークはしばし悩むふりをして――
「殿……宴のメニューは?」
殿は勢いよく立ち上がり、胸を張った。
「海の幸、山の幸、酒も極上!
国中の名物を揃えましたとも!!」
アークはにやりと笑い、ゆっくりと頷いた。
「……うむ。宴だけじゃぞ。宴だけは参加していってやろう」
しゃも
「(結局これ)」
こうしてアーク一行は、超VIP待遇の “御老公大宴” に出席することとなる――。
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