第42話 決戦その1
ヤマタノオロチ退治を正式に引き受けた翌朝――
城門前には、百名を超える兵士たちがズラリと並んでいた。
旗には十六しゃも字紋。
背中の羽織にも十六しゃも字紋。
馬の装備にも十六しゃも字紋。
しゃも
「……アーク様、ここまで来ると宗教ですよね」
アーク
「やめろ。わしですら否定できなくなるじゃろが……」
兵たちが一斉に叫ぶ。
「御老公様ーーーッ! ご武運をーーーッ!!」
アークの返事は震えていた。
「……お、おう……」
将や兵たちは立派な軍馬にまたがる中――
アークが乗るのは、一頭のポニー。
殿の厚意らしいが、どう見ても子どもの乗り物。
アーク
「ぴぇぇぇぇ……なぜわしだけ幼児サイズ……」
しゃも
「御老公サイズだったのでしょう」
カノンはニコニコしながら、ポニーの手綱を持つ。
「この子かわいいですね! アーク様、似合ってます!」
(似合ってますは言われたくなかった……!)
行列はゆっくりと街道を進み、城下へ差しかかる。
その瞬間――
城下の民たちがガチ土下座で道の両脇に並び始めた。
「御老公様ーー! どうかオロチを討ち滅ぼし、雨を……!」
「米をお救いくださいませーーー!!」
完全に救世主扱いである。
しゃも
「……アーク様。もう後戻りはできませんね」
アーク
「言うな……心が砕ける……」
まるで英雄を乗せた凱旋行列――
しかし中央だけポニーに揺られるご老人という地獄のコント。
沿道の民は涙し、兵は誓いを立て、国は熱気に包まれた。
だが一人だけ胃の痛みと戦う男がいた。
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やがて行列は森へ入り、険しい山道へ。
ディスプレイのように空気が一変し、湿った風が吹きつける。
兵士たちの緊張が高まり、誰も言葉を発しなくなった。
ついに――
禍々しい瘴気が立ち込める谷底へ到達。
巨大な朱塗りの鳥居。
その奥に並ぶ、異様な石像が八体。
カノン
「……ここが、オロチの棲み処……」
ポニーがビクッと震え、アークはそっと降りた。
アーク
「……よし。ここから先は、わしとカノンで行く。兵はここで待機じゃ」
兵たち
「御老公様のご武運を――!」
アークはしゃもじをくるりと構え、瘴気の奥を睨む。
しゃも
「ついに来ましたね……ボス戦です」
アーク
「ふん……ここまで来たら腹を括るしかあるまい」
カノンは静かに頷いた。
こうして――
**勇者の残した最大級の“尻拭い”**へ。
アークたちはついにヤマタノオロチとの決戦へと足を踏み入れた。
ヤマタノオロチの潜む洞窟の前。
ここまでの馬行列や大名行列のような護衛は、ついに終わりを迎えた。
「では――あとは御老公様にお任せいたします!」
兵士代表が深々と頭を下げ、号令をかける。
「全軍、ここまで! 以後は御老公様の聖なる御力に任せる!」
「「ははぁぁぁーーっ!!!」」
兵士たちは土下座に近い角度で頭を下げ、そのままぞろぞろと森の方へ退却していった。
アークはポニーから降りながら、遠ざかる背中を複雑な表情で見送る。
そして兵士たちの姿が完全に見えなくなった瞬間――
アークはその場にどっかと腰を落とし、大きく肩を回す。
「ふぅ〜〜……やっと解放されたわい。
あ〜肩がこった。わし絶対、殿様になんかなりたくないんじゃもん。
堅苦しい礼なんぞ、もう二度とごめんじゃ」
すかさず、しゃもが冷ややかに刺す。
「安心してください。そもそも殿様にはなれませんから」
「わしだって傷つくんじゃぞ!?」
アークが抗議する一方で、カノンはくすっと笑いながら荷物を降ろした。
「でもアーク様、堂々としててすごかったです。
……途中で震えてたの、私見てましたけど」
「見とったんかい!!
あれは武者震いじゃ! 緊張じゃないわい!」
しゃもはため息をひとつ。
「はいはい、“武者震い(ビビリ)”ですね」
「カッコの中に本音入れるなぁぁ!!!」
一通りツッコミが終わったところで――ようやく本番。
アークは立ち上がり、洞窟の奥を見据える。
「よし。ようやくわしらのペースじゃ。
さっさと片付けて帰って一杯やるぞい!」
カノンはこくりと頷き、洞窟の前にそっと身構えた。
「はい、アーク様!」
しゃもがまとめるように一言。
「では“殿様ごっこパート”は以上。“本編:討伐パート”開始ですね」
「ごっこじゃないわい!! ……いや、ごっこ……かもしれんけど!!」
そうして――
いよいよ八つ首の怪物との、奇妙で、お腹の減る戦いが幕を開けるのだった。
まずはおとりの酒樽を洞窟の前へゴトリと置き、アークは腕を組んだ。
「よし、準備万端万端じゃ。……わしも一杯飲みたいのう」
するとすかさず、しゃもが冷えた声で刺す。
「それ勇者がやったことと何も変わりませんけど」
「わかっとるわい!」
アークはムッとしながらも言い返す。
そこから数分……さらに数十分……そして一時間。
すでに砂利の上に寝そべりゴロゴロするアーク。
「なかなか出てこんのう……」
頬杖をつきながら退屈そうに呟くと、アークは突然パッと顔を上げた。
「そうじゃ! 塩水大量にぶち込んだら出てくるかもしれん!」
しゃもは即座に制止。
「アーク様。さっきまでふざけすぎた反省してたばっかりでしょうに。やめなさい」
しかし――そんな忠告が届くはずもない。
アークはキリッとした顔で片腕を天に掲げた。
「構わん構わーーんッ!」
完全にスイッチON。
制止を無視し、アークは海水を巨大な水柱に変えて洞窟へドボドボと注ぎ込み始めた。
「はーっはっは! 出てこんかい! 大水攻めじゃ!!」
楽しさが勝ってしまい、ついには大量の海水を“超絶”注ぎまくる。
洞窟周辺は一瞬で水浸しになり――
やがて限界を越えた水圧が、あちらこちらで轟音と水しぶきを上げ始めた。
そのときだった。
──ズズズズズンッ!!
洞窟の奥から轟く重低音。
続いて、大地を揺らすような咆哮。
水煙の奥から、巨大な影がぬるりと現れた。
「ぬおっ……!」
頭が八つ。黒々とした鱗。ねっとりと光る蛇の瞳。
ずるり、ずるりと姿を現したそれは――
ヤマタノオロチ。
アークは叫ばずにはいられなかった。
「出たーーーっ!!」
頭が八つ。
滴る粘液。
黒々とした巨体が地を這い、洞窟の闇から姿を現した。
その“怪物”はアークたちを見るなり、八つの頭を一斉にこちらへ向け、どなり散らす。
「このクソちびジジイ何してくれたんじゃボケぇぇ!!
こちとら淡水魚なんじゃ! 海水ぶちまけるアホがどこにおるんじゃコラァァ!!」
声が洞窟を揺らし、砂がぱらぱらと落ちてくる。
アークとカノンは思わず身構えたが――
アークの頭の中で、別の引っかかりが生まれた。
「……淡水魚?」
その一言が、妙に気になる。
アークは横のカノンへ小声で問いかけた。
「カノンよ。お主、ドラゴンじゃろ。龍やら大蛇やら……知り合いはおらんのか?」
カノンは指を当てて考え、
「龍の知り合いならいますよ。
なんかボールを集めると願いが叶う人です。昔、隣に住んでた叔父さんですよね?」
アークのこめかみがピクつく。
「……お主が龍に知り合いがおるのは分かった。
だがそれ以上詳しく説明するな。色々まずい。
てか隣に住んでたとか、世界観ぐっちゃぐちゃになるじゃろうが……」
そして視線を怪物に戻す。
「あれが龍の類か?」
カノンは首を傾げ、
「知り合いに、あんな“のぺっとした顔”はいませんね」
その瞬間、しゃもがピカッと光る。
「……なるほど、分かりました」
アークとカノンが同時に振り向く。
「しゃも、正体が分かったのか!?」
しゃもは淡々と告げた。
「ヤマタノオロチではありません。
正式名称――八魔田の鰻」
アークとカノンは固まる。
(……うなぎ)
静寂。
次の瞬間。
アークの瞳がギラリと輝く。
しゃも(心の声):
あ、完全に“食材の目”になってる……
つづく。




