第41話 後悔
団子のない一服を終え、アークたちは店を出ようと腰を上げた。
すると、店主が両手をそろえて深々と頭を下げる。
「御老公様、城の場所はもうお分かりで?」
アークは腕を組み、威厳たっぷりに鼻を鳴らした。
「まだじゃ」
「では、城までご案内いたしましょう。殿もきっとお喜びになります」
アークの眉がピクリと動く。
(城……=面倒なイベント発生の予感しかしない……!
また依頼、また尻拭い、またお役目……いやじゃー!)
アークは慌てて手を振る。
「わしは偶然この城下を通っただけじゃ。気にするな」
だが店主は目を輝かせた。
「いえいえ、はるばるお越しくださったのでしょう?
殿にお会いせず帰られては、わたくしたち一同、申し訳が立ちませぬ!」
(ぴぇぇぇ……話が変な方向へ飛び火しておる……!)
引くタイミングを完全に失ったアークは、ゆっくりと顎を上げ――
「……うむ! そこまで申すならば、仕方あるまい!」
と、全力で見栄を張った。
店主を先頭に、ぞろぞろと石畳の通りを進む一行。
しゃもが、アークの耳元で光を揺らしながら小声で釘を刺す。
「アーク様。いいんですか?
あなたは御老公ではなく、“御老公ごっこ中のおじいさん”です。
バレた瞬間すごいことになりますよ?」
アークは顔を背け、蚊の鳴くような声でつぶやく。
「やかましいわ……わしだって本当は行きとうない……
あの店主、やたら押しが強いんじゃ……」
カノンは苦笑しながら後ろをついていく。
「アーク様、いつもより肩が重そうです……」
「わしの人生で一番重い“ノリの代償”じゃ……」
そうぼやいているうちに、気づけば巨大な城壁が目の前にそびえ立っていた。
店主は天を仰ぎ、誇らしげに言う。
「こちらが城でございます、御老公様!」
その声と同時に――
ギギギギギ……!
城門がゆっくりと開いていく。
アークは青ざめた顔でつぶやいた。
「ぴぇぇぇ……戻れる雰囲気じゃない……!」
---
城門がギギギ……と開いた瞬間。
「御老公さまのおな〜りーーーッ!!!」
腹の底に響く大音声が城内へ轟いた。
その声に呼応するように、左右の兵たちや侍女たちがザザッと二列に並び――
城内総出の土下座級・大歓迎。
アークは一歩目から顔が引きつる。
(ぴ……ぴぇぇぇぇ……
な、なんじゃこの圧……!?
余のどこにこんな権威があるというのじゃ……!?)
だが、止まればバレる。戻れば死ぬ。進むしか道はない。
その結果――
アークの歩く先々、レッドカーペットが自動で敷かれ続けた。
侍女A「御老公様が通るぞ! 畳のシワに気をつけろ!」 侍女B「頭を上げるな! 目を合わせるな!」 兵士「ひれ伏せーー!!」
全員、地面に額がめり込むほどの全力土下座。
しゃも(小声)
「アーク様……いよいよ取り返しのつかない領域に入りましたね」
カノン(困り笑い)
「こんなに……頭を下げられたら……逆に怖いです……」
アーク(心の声)
(もう無理じゃ……! 誰か止めてくれ……!
しかし止めたら“御老公詐欺”で打ち首……!
詰んどるッ!!)
そのまま半笑い半泣きの顔で誘導され、
アークたちは大広間に通された。
広間の最奥には、すだれの奥に座す殿の影。
背後の壁には――菊の花びらを円状に並べた巨大な家紋。
しゃも(小声)
「アーク様……あれ、“本当に一番偉いところの家紋”ですよね」
アーク(心の声)
(ぴ――――え――――……
なんでよりによって一番シャレにならん紋があるんじゃ……)
正座させられたアークは正面を向くしかなかった。
そして、ゆっくりとすだれが上がる。
若き殿が姿を現し――
殿までもが深々と頭を下げた。
殿
「――遠きよりお越しいただき、恐悦至極に存じます……御老公様……!」
アーク、完全に石化。
カノン(小声)
「ア、アーク様? つっこまないの……ですか?」
しゃも
「もう魂が抜けてますね」
確かに、殿のほうが偉いはず。
だが現実は、誰よりも低く頭を垂れていた。
殿はゆっくりと立ち上がり、アークの前で深々と頭を垂れた。
「その偉大なお姿……まさしく“名高き御老公様”に相違ございませぬ。
大変不躾ではございますが、どうかこの国を……お救いくだされませ……!」
広間中がシン……と静まり返る。
アークはため息をつき、そっと正座し直した。
「……やっぱりな。
だがのう、わしはそんな大層な者ではない。
そこらへんによくおる、ごく普通の御老公じゃ」
殿は顔を上げ、食い気味で叫ぶ。
「めっそうもございませぬ!!」
(ぴ、ぴぇぇ!!)
アークはのけぞる。
殿はさらに身を乗り出し、震える指で**しゃもじ(杖)**を指した。
「その御手にある杓文字こそが、古来より言い伝えられている“証”。
我が国の神殿に祀られている神器――“十六しゃも字紋”と瓜ふたつなのです!」
アーク・カノン・しゃも
「「「……………………は?」」」
殿はすだれの奥へ振り返り、背後に掲げられた巨大な家紋を指す。
円状に並んだ十六枚の花びら――
そう見えたそれは、よく目を凝らせば……全部しゃもじ。
しゃもが震えながら鑑定結果を読み上げる。
「アーク様……判明しました。
この国は“米”を支えに繁栄した国家。
米を大切に扱う象徴――それがしゃもじ。
つまり、しゃもじ=神の使い=三種の神器のひとつ。
しゃもじを持つ者=この国における“聖剣所有者”と同格……」
アーク
「びえぇぇぇぇぇぇぇぁぇぇぇぇぇぁぇッ!!?」
魂が抜け、白目になり、正座のまま後ろに倒れた。
カノン
「アーク様! アーク様しっかり!!」
しゃも
「アーク様が腰を抜かしたのは初めて見ました……」
殿は改めて座り直し、静かに語り出す。
「御老公様……今この国では、雨が止み、田が枯れ、人々が飢えつつあります。
すべては――勇者が神へのお神酒を勝手に飲んだ日から始まりました」
アーク(小声)
「……また勇者か。
尻拭いどころかもう国単位の大掃除じゃな……」
殿は続けた。
「お神酒の加護が消え、山ではヤマタノオロチが復活。
街道は封鎖され、物資は途絶え……
どうか、御老公様。オロチを討ち、この国を救ってくだされ!」
アークは空を仰ぎ、完全に悟った顔になる。
(……ここまで来たら、もう後戻りしても地獄じゃ……
受けても地獄、断っても地獄……ならば――)
アークは静かに立ち上がり、杓文字を掲げた。
「……よかろう。
わしがヤマタノオロチを成敗してくれようぞ」
殿
「おおおおおおおおおッ!!」
カノン
「アーク様……!」
しゃも
「ついに“しゃもじ=神器ルート”で物語が進む日が来てしまいましたね……」
殿の声が広間に響いた。
「ただちに支度を整えよ!
御老公様ご一行、ヤマタノオロチ討伐へ向かう!」
家臣たちが一斉に立ち上がり、勢いよく頭を下げる。
「「「御老公様に、天晴れあれーーっ!!!」」」
アークは内心 (いや、わし御老公ちゃうのじゃが……) と絶望していたが、
もはや止められる空気ではなかった。
そのとき。
すだれの奥、闇の向こうから低く重い太鼓のような音が聞こえた。
ドン…… ドン…… ドン……
カノンが空気の異変に気づいて振り返る。
「……アーク様。これ……まさか」
しゃもも緊張した声で囁く。
「この国の“龍脈”が揺れています。
ヤマタノオロチ……完全に目覚め始めました」
その瞬間――
広間の障子が “ドンッ” と揺れ、砂が落ちる。
アークはしゃもじを握り直し、深く息を吐いた。
「……まったく。勇者め。
この国まで尻拭いさせおって。
だが――もう逃げん。
米の国を救わねば、飯が食えんからの」
カノンは強く頷く。
「アーク様と一緒なら……私はどこへでもゆきます」
しゃもはため息をつきつつ、少しだけ笑った。
「では、行きましょう。
勇者後始末請負人《アークご一行》の新たな現場へ」
夜の城に、太鼓の音が鳴り響く。
次なる舞台は――
“神酒”を失い、雨の止んだ田の国《大ジャポン帝国》
光の指す方へ歩き出すアークたちの影が、長く伸びていった。
読んでいただきありがとうございます。




