第39話 イカ焼き
門を抜けて少し歩いたところで、アークはピタッと立ち止まり、手のひらをポンと叩いた。
「そうじゃ! 昨日の宴で聞いたんじゃった!
この先の港町から、“米の国”へ行けるとな!」
カノンが首をかしげる。
「宴のとき……隣のテーブルにいた酔ったお姉さんの話ですよね?」
「うむ! 酒の席の情報ほど確かなものはない!」
しゃも:「そんなことは一度も歴史上で証明されてません」
アークは胸を張り、顔を上気させながら力強く宣言した。
「よぉ〜し! 目指すは米! 米の国じゃ!
そして米があれば――酒じゃ!! ぴぇぇぇ最高じゃ!!」
しゃも:「最終目的が一ミリも隠しきれてませんね」
カノンは呆れながらも、柔らかく微笑んでうなずいた。
「でも、私も楽しみです! どんな国なんでしょうね!」
アーク、カノン、しゃもは海沿いの街道を歩き出す。
白い波が岩肌を叩き、潮風が髪を揺らした。
——約1時間後。
海から吹く風が強くなり、背の高い白い灯台と、たくさんの船のマストが見えてきた。
「ここが……離水の港町、ですか?」
カノンの目がきらきらと輝く。
アークはうなずき、鼻息を荒くした。
「うむ! ここから船で大ジャポン帝国へ――
米の国へ向かうのじゃ! 米! 米酒! 天国じゃ!!」
しゃも:「どんどん願望が前に出てますよ」
こうして――
アーク一行は、次なる舞台 「離水の港町」 に足を踏み入れるのであった。
港に足を踏み入れた瞬間、海風とともに潮の香りが一気に押し寄せた。
カモメの鳴き声、波の音、船のマストの軋む音――
旅の始まりを告げるには、まさに最高の場所だった。
カノンは港の景色を見渡しながら、ふとアークに尋ねる。
「アーク様、どうして飛んで行かないんですか?
わたしがいれば、海の上も飛べますよ?」
アークは顎を撫で、渋い顔をして答える。
「海を渡るには船を使うのがセオリーじゃ。
そしてのぅ……男のロマンは船旅にこそ宿るのじゃ!」
しゃも:「また出ました、老害ロマン理論」
「なんじゃその言い方は! ロマンは世界の真理じゃぞ!」
カノンは、くすりと笑いながら黙って頷いた。
港の船着き場には、出航を待つ人々が列をなしていた。
アークは列に並び、受付の女性に声をかける。
「大ジャポン帝国行き、一人いくらじゃ?」
受付嬢はにこやかに答えた。
「お一人様、金貨1枚です」
アークの表情が凍りつく。
「ぴぇぇぇ……そ、そんな高級フェリーなのか……」
しゃも:「アーク様の所持金、残り2枚ですよね?」
「言うな! 現実を突きつけるでない!」
カノンがおそるおそる提案する。
「アーク様……出航までに、お仕事探しますか?」
アークは腕を組み、考え込んだ。
「うむ……稼がねばならんが……」
その時だった。
ふわぁぁぁぁ……
潮風と一緒に、なんとも香ばしい匂いが港へ漂ってきた。
アークの鼻孔がピクッと動く。
「む……? この香り……小麦と醤油……そして海の恵み……!」
匂いの先には、【イカ焼き】と書かれた屋台。
アークはもう理性を捨て、磁石のように吸い寄せられていく。
しゃも:「……仕事よりイカですか」
カノン:「でも……アーク様らしいです」
アークは屋台の前で深く息を吸い込み、
「ふむふむ……焼き加減よし! タレの香りよし! 砂糖の割合はやや控えめ……
これは……レベルの高い屋台じゃ!」
と、勝手に採点していた。
屋台の前で匂いを深く吸い込むアーク。
そのすぐ向こうで、汗まみれのドワーフ親父が鉄板にイカを叩きつけていた。
「おいっ……そこのジジイ!
その匂いに惚れたのか!? それとも腹が鳴いたのか!?」
アークは胸を張って答える。
「両方じゃ!! この香りは反則級じゃわい!!」
ドワーフ親父は鉄板をゴン!と叩き、鼻息荒く吠えた。
「そうか……分かるか……この香りがよ……
ワシの魂、家訓、誇り、半生、そして借金全部の匂いなんじゃァ!!」
しゃも:「情報量が一気に多いです」
カノンは苦笑しつつ、アークの袖を引く。
「アーク様……その、落ち着いてくださいね」
親父は続けて怒鳴る。
「だがなァ!! 客が金払わねぇ!!
だってよォ!! 勇者のバカヤロウがツケ払わねぇからよォ!!」
アーク、目を見開く。
「また勇者かぁぁぁぁぁ!!!」
親父は涙が吹き飛ぶレベルの勢いで鉄板をこする。
親父は両手で鉄板のヘラを握りしめ、語り出した。
「勇者のヤツはなァ……
“船が出るからツケで頼む!”って言ってよォ……
イカ焼き27本とイカ壺焼きスペシャル4皿、全部平らげて船に飛び乗って行きやがったんだ!」
アーク:「めっちゃ食っとる!!」
カノン:「よくお腹壊しませんでしたね……」
しゃも:「むしろ勇者の胃袋がバケモノですね」
親父はがくりと肩を落としながら、鼻をすすった。
「だがよォ……ワシは何も言えなかったんだ……
だって勇者様は信仰の象徴よ……!
一言でも文句を言えば“罰が当たる”って……ワシも信じてたんだ……」
アークはため息をつき、腕を組んだ。
「ぬぅ……ならなぜ客が来なくなったんじゃ?」
すると親父はテーブルを指差す。
置かれたのは――
『勇者来店!ツケでOK!!』と大書された看板
アーク一同:「原因それかぁぁぁぁぁ!!!」
親父:「勇者が来た店ってことで宣伝になると思ったんだよォ!!
そしたら客がこう言うんだ……
“ツケでいいんですよね?”ってなぁ……!」
しゃも:「つまり“自爆”ですね」
カノン:「勇者のせいなのか……親父さんの字のせいなのか……判断が難しいです……」
アークはこめかみを押さえながら言った。
「なるほど……勇者の悪行 × 親父の看板という禁断の合わせ技か……」
親父は両手を広げ、涙目でアークにすがりつく。
「だから頼むッ!! 船が出るまででいい!!
働いてくれ!!!
そしたら船賃も払えるッ!!!
客も戻るッ!!!
そしてワシは借金を返せるッ!!!」
アークは親父の肩に手を置き、
「ぬし、泣きながら希望を織り込みすぎじゃ……」
しゃも:「でも“船賃が稼げる”のは都合いい話ですね」
カノンもにこりと笑う。
「アーク様、海を渡るために……手伝ってあげましょう!」
アークは大きくうなずき、しゃもじを肩に担ぎ上げた。
「よし! わしの料理でこの屋台を救う!
この離水の海に――
しゃもじ旋風を巻き起こすんじゃあぁぁ!!」
しゃも:「勝手に技名みたいにつけるのやめてください」
屋台の前で涙目になっていたドワーフ親父の横で、
アークはふと、ある張り紙に目を留めた。
――《ツケ払い歓迎! 勇者様は特に大歓迎!》――
アークの目がカッと見開く。
「……これか」
ドワーフ親父「へ?」
バキィィィィン!!!
アークはその看板をしゃもじで粉砕した。
「な、ななな何してくれとんじゃああああ!!!」
親父は頭を抱える。
アークは静かに言った。
「そもそも問題の根源はこれじゃ。
“ツケ払い”などという甘さが招いた破滅を、まず断ち切らねば再生はない!」
しゃも:「突然だけど正論」
親父は震えながら唇を噛む。
「で、でもよ……じゃあ看板はどうするんだ……?」
アークはニヤリと笑い、しゃもに触れる。
「しゃも、看板サイズじゃ!」
ピカァァァッ!
しゃもじは巨大化し、板状の看板へ変形。
アークは筆で勢いよく書いた。
> 《アーク屋台 “しゃもじ一閃”》
《特別営業》
《勇者NG》
《ツケ払い禁止》
「こ、ここまで書くか!?」
しゃも:「最後の2行に魂がこもってますね」
アークはその巨大しゃも看板を屋台横へドンと立てかける。
「よし、陣は整った。次は香りじゃ」
アークはイカとタレを鉄板にぶちまける。
ジュォォォ!!
同時にしゃもじを再び変形。
今度は 特大のウチワ のような形にして豪快に扇ぎだす。
バッサァァァァ!!
海風に乗って濃厚なイカの香りが港中へ広がり――
客A「……え?」
客B「な、なんだこの腹に直撃する匂い……」
客C「足が勝手に……屋台へ向かって……!」
人が吸い寄せられるように集まり始めた。
アーク「ふははは! 香りは最大の武器じゃ!」
しゃも:「食テロ兵器ですね」
カノンは前に出て、笑顔で声を張る。
「焼きたてですよー! 今ならタレ増し無料ですー!」
その瞬間、客たちがざわつく。
客D「かわいい……」
客E「話しかけられたい……」
客F「買います!買います!!2枚ください!!」
親父(小声)
「な、なんだこの集客力……お前ら、反則か……?」
しゃも(冷静)
「カノンが立ってるだけで経済が回るレベルですからね」
長蛇の列ができ、鉄板が悲鳴を上げるほどの繁盛。
アークは焼き続けながらドヤ顔で言う。
「見たか親父! わしの料理と、カノンの客引き、そして**“勇者NG”の看板”**が奇跡を呼んだんじゃ!」
親父は涙を流しながら鉄板を握りしめる。
「アーク……お前……救世主か……」
しゃも
「救世主じゃなくて飲食店コンサルです」
アーク
「黙らっしゃい」
屋台が完売し、夕方。
親父は感涙しながらアークの肩を掴み続け、カノンは褒められ、しゃもは疲れて光が弱まっていた。
出航――
アーク一行は、船が並ぶ港の桟橋へ向かった。
「これだけ稼げば、船代は払えるじゃろ!
いざ大ジャポン帝国へ出航じゃあ!」
しゃも:「ようやく目的を思い出しましたね」
カノン:「アーク様、はしゃぎすぎて転ばないでくださいね」
受付で乗船手続きを済ませ、三人は船へと乗り込んだ。
帆が上がり、港が遠ざかっていく。
白い海鳥が空を舞い、潮風が頬を撫でた。
「さらば水の国! 次は米と酒の国・大ジャポン帝国じゃ!」
カノンは手を振りながら笑う。
「楽しみですね、アーク様!」
しゃも:「では次は、コメと焼酎と尻拭いの国ですね」
アーク:「縁起でもないことを言うなぁぁ!」
そうして――アーク一行を乗せた船は、青い水平線の彼方へ消えていった。
ごめんなさい。また長くなってしまいました。
気おつけます。




