第3話 鑑定
倒した魔物をその場に放置するのも気が引けたので、アークは収納魔法で魔物を丸ごとしまい込んだ。
「ふむ……さて、とりあえず村に戻るか」
村へ戻ると、宿屋の店主が心配そうに駆け寄ってきた。
「おお、あんた! 一人で外に出ちまって……無事でよかった!」
「わしなら大丈夫じゃ。ちょっと散歩してきただけじゃよ」
そう言いつつ、アークはふと思い出した疑問を口にする。
「のう、ひとつ聞きたいんじゃが……この世界の魔物、食えるのか?」
「……は?」
店主の顔が一瞬で固まった。
「いや、だから魔物を料理して食えるのかと」
「食えるわけないだろ! 魔物を食ったら死ぬか、呪われて魔物になるって伝わってるんだ!」
村人の反応は当然のように否定的だった。
どうやらこの世界では昔から「魔物食禁止」が常識らしい。
「……なるほど、そういう風習か」
アークはそれ以上は追及せず、宿の二階の自室へ戻った。
部屋に入ると、収納魔法から狼型の魔物を取り出し、じっと見つめる。
「……しかし、食えるかどうか、気になるのう」
そう呟いた瞬間、アークは思い出した。
――鑑定魔法。
両手をかざして念じる。
「《鑑定》」
魔物の体が淡く光る……が、すぐに光は消えた。
視界には「鑑定不能」の文字。
「……ふむ。この世界の固有種ということか。わしの知識にはない魔物じゃの」
肩を落としかけたそのとき、アークはある存在を思い出した。
「……しゃもじ」
懐から神器しゃもじを取り出し、魔物に向けて掲げる。
すると再びウインドウが浮かび上がり、今度は詳細が表示された。
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名称:グレイウルフ
生息域:森林
特性:群れで行動、凶暴
食用:可(適切に調理すれば安全)
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「……食えるんかい!!!」
アークはしゃもじを握りしめ、全力でツッコミを入れた。
「女神よ……お主、本当にわしに“食うための神器”を与えたんじゃな?」
その夜、アークの胸は「食欲」と「しゃもじ」によって不思議な高揚感で満たされていた。
「……ふむ、食えると判明した以上、試さぬ手はないの」
しゃもじの鑑定結果を思い返す。
【食用:可(適切に調理すれば安全)】
「適切に、の部分が若干怖いが……まぁわしは千年の知識を持つ魔法使いじゃからな」
そう言いながら、アークは収納魔法から調理器具を取り出す。
前世で使っていた道具をそのまま持ち込んでいるのだ。
小鍋、まな板、包丁……そして、もちろんしゃもじ。
そのとき、しゃもじがぼんやりと光を帯び、目の前にウインドウが浮かび上がった。
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《神器しゃもじレシピ機能起動》
推奨調理法:「グレイウルフ肉と野菜の煮込み」
・下処理:軽く塩を振り、魔力火でアクを抜く
・具材:玉ねぎ、にんじん、じゃがいも(村で購入可)
・煮込み時間:魔力火で約30分
※調理中、しゃもじでかき混ぜると味がさらに上昇します
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「……は? レシピまで出るんかい!」
アークは思わずツッコミを入れた。
「おぬし……本当に食事用神器じゃな……いや便利すぎるじゃろ」
苦笑しつつ、表示された手順通りに調理を始める。
「さて、解体魔法」
淡い光と共に、狼型の魔物は見事に分解され、肉の部位が綺麗に切り分けられていく。
「ふむ、肉質は……固そうじゃな。やはり煮込みがよかろう」
野菜は村の宿屋で買ったものを使う。
玉ねぎ、にんじん、そしてじゃがいも。
鍋に魔力火を灯し、水を張り、肉と一緒に放り込む。
――ことこと。
やがて部屋には、じわじわと香ばしい匂いが広がった。
「……おお……これは……悪くない」
鼻をひくつかせ、腹の虫が鳴く。
アークはしゃもじを構え、鍋の中をそっとかき混ぜた。
すると──
《神器しゃもじ効果発動》:料理の味が上昇しました。
「……は? 味上昇?」
驚くアークをよそに、鍋から立ち昇る香りが一層濃厚になっていく。
肉の匂いと野菜の甘みが絡み合い、よだれが止まらない。
「……女神よ……本当に食事用神器だったんじゃな」
煮込みが完成し、アークは器に盛り付ける。
しゃもじでよそった肉とスープは、見た目も匂いも絶品そのもの。
「いただきます──」
一口。
「……う、うまい!」
狼肉はしっかり煮込まれ、ほどよく柔らかい。
臭みもなく、むしろ野菜の甘みと合わさって深いコクを生んでいる。
雑草スープとじゃがいもしかなかった昨日の食卓とは雲泥の差。
アークの胸の奥に、込み上げるものがあった。
「……わし、エルフの時は肉など一切口にできなんだ。千年もの間、野菜と果実、穀物ばかり……。
肉料理の匂いを嗅ぐことすら禁じられておった……」
震える手で器を握り、もう一口。
禁じられていたものを初めて“解禁”する瞬間──
その熱々の肉は、アークにとって未知の味でありながら、胸の奥を満たす幸福そのものだった。
「……これが、肉……これが“異世界飯”……!」
感極まり、目尻がわずかに潤む。
アークはしゃもじを見つめ、にやりと笑った。
「うむ、これぞわしが求めておった“異世界飯”よ! 肉! 肉じゃぁ!」
アークは豪快にかき込み、器を空にする。
満足げに息を吐き、しゃもじを見つめる。
「……しかし、村人には言わんほうがええな。“魔物を食ったじじい”とか言われかねん」
だが、後にアークが村人たちの前でしゃもじを掲げる日が来るのは、そう遠くなかった。
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