第37話 指先のリズム
海底神殿は、まるで嵐の後のように静まり返っていた。
天井は吹き飛び、光の柱が海面へと続いている。
その真下で、ポセイドンは槍を杖代わりにし、頭を押さえていた。
「……信じられぬ。封印を破った勇者より……質が悪い……」
しゃも:「ですよねぇ」
アークは胸を張って腕を組む。 「ふっ、わしを甘く見るからそうなるのじゃ。わしは“千年級”なんじゃぞ?」
カノンはアークの陰からそっと顔を出し、 「ア、アーク様……あの……自分のしたこと、分かってます?」
「もちろんじゃ! 海の底が広々した!」
しゃも:「悪びれるどころか誇ってますよこの人」
ポセイドンは大きくため息をつき、ついに槍を下げた。
「……もうよい。争う気は失せた。
話をしよう、人の子よ。そのしゃもじ付きの魔法狂と、ドラちゃんよ」
アーク:「狂とは失礼な。料理が趣味なだけじゃ」
しゃも:「封印斬って魔法ぶっ放して神殿壊して料理の話してたら、誰でもそう思います」
カノン:「あたしドラちゃんじゃないし……」
ポセイドンは残った神殿の壁を指でなぞると、文字のような光が浮かび上がった。
「もうすぐ1年たつ、勇者が海底に聖剣を求めてやってきた。
だが――“封印の剣”と知らず、抜けば力を得られると思い込んでいた」
カノン:「封印の剣……?」
ポセイドンは静かにうなずき、続ける。
「封印は“海魔を抑えるフタ”。
聖剣は“倒す武器”ではなく“封じる楔”。
だが勇者は封印を抜き、“イェーイ伝説ゲット!”などと叫びながら消えた」
しゃも:「情報の重さに対して勇者のノリが軽すぎますね」
アークは額に手を当てた。
「……つまり、こういうことじゃな。
勇者が封印を抜いた → 海魔あふれる → 海荒れる → 観光地終わる
→ わしがまた尻拭い」
しゃも:「はい、いつもの構図です」
ポセイドンは深く頷いた。
「……封印が……いらんほど綺麗に吹き飛んだな……」
しゃもが冷静にひとこと。
「要するに、アーク様の魔法が“封印ごと海底の問題を物理的に消し飛ばした”ということです」
アークは胸を張る。
「うむ。結果オーライじゃろ。海も静かになったことじゃし」
カノン:「いや、静かっていうか……跡形も――」
しかしその時。
――ぐぅぅぅぅぅぅ……
全員が振り返る。
音の発生源は、ポセイドンの腹だった。
ポセイドンはバツの悪そうな顔で言う。
「……数百年ぶりに目覚めたのだ。腹も減る……」
アークはしゃもじをクルッと回し、笑った。
「よし、ならば神殿を破壊してしまった詫びじゃ。わしが作ってやろう」
背後には、先ほど巻き込まれた本魔グロの巨体が横たわっている。
ポセイドン:「その魚は……我が眷属ではあるが……」
アーク:「海の恵みは、人も神も等しく味わうもんじゃ。いただくぞ」
しゃも:「アーク様の中では“神=一緒に晩酌する相手”ですね」
即席の岩を削り、石のカウンター兼まな板を土魔法で制作。
アークはしゃもじを巨大な包丁サイズへと変化させ、本魔グロを豪快に捌きはじめる。
皮を引き、血合いを除き、筋を丁寧に取る。
手つきはまさに百戦錬磨の料理人。
カノンはキラキラした目で見つめていた。
「アーク様、すごい……!」
「ふっ、魚はな、刃よりも“指先のリズム”で切るんじゃ」
米がないため寿司にはできない。
だがアークは迷わず、部位ごとの刺し身盛りで勝負に出た。
大トロ → とろける霜降り
中トロ → 旨味のバランス
赤身 → 海の香りそのまま
カマ炙り → しゃもじの発熱機能で香ばしく
皿代わりの大貝殻の上に美しく並べ、最後に塩(クリスタル産)をひとつまみ。
アーク:「――完成じゃ。“本魔グロ・エルディア盛り”」
しゃも:「ネーミングの自意識が強い」
アークは無視し、まず自分が一切れを口に運んだ。
──その瞬間、アークの全身が震えた。
「…………ぴぇぇぇぇぇぇ…………!!」
カノン:「アーク様!? な、なにかあったんですか!?」
アークはぷるぷる震えながら、涙をこぼした。
「こ……これは……!
舌の上で海がとろける! いや海どころか太平洋が踊っとる!!
こんな……こんな肉じゃない魚が世の中にあったとは……!」
しゃも:「表現がだんだん広すぎて世界地図レベルです」
カノンも一切れ口に運び、目を丸くした。
「……ん……っ!
な、なんですかこれ……!
おいしい……おいしいですアーク様……!」
彼女は手を胸に当て、噛みしめるように味わう。
「柔らかくて……なのに旨味がぎゅっとして……
体がぽかぽかしてきます……!」
アークは満足げに頷いた。
「うむ。これが海の力、そして料理の力じゃ」
しゃも:「完全に料理アニメの領域に入りましたね……」
ポセイドンがごくりと喉を鳴らし、それから刺身を口にした――
「…………なんだこれは……海そのものがとろける……!」
次第に食べる速度が上がり、
気づけば神が皿を抱えて貪るほどの勢いだった。
しゃも:「神、完全に陥落」
カノン:「アーク様の料理は、やっぱりすごいです!」
ポセイドンは涙をぬぐいながら言った。
「……満たされた。もうよい。
この海はすぐ戻る――我が命で、再び封じよう」
アーク:「いいのか?」
ポセイドンは静かに頷く。
「封印とは、器と意志が揃ってこそ成る。
今の我は満腹で満ち足りた。
“守りたい”と思える」
しゃも:「満腹が世界を救う国、ここに爆誕」
ポセイドンは天を仰ぎ、ゆっくりと光の粒子に包まれていく。
「さらばだ、料理の魔法使いよ……」
そして眠りにつく前、
「次会う時は……寿司を頼む……」
そう言い残し、深淵へと帰っていった。
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