第36話 海底のボス
海辺に立つアークたち。
目の前には深く青い海が広がり、沖のほうではまだ小さく渦が巻いていた。
アークは真剣な表情でしゃもじを構える。
「よし、いよいよ潜るぞ。海底まで行くには“潜航魔法”が必要じゃ」
しゃも:「また即興で作るんですか、その場のノリで」
「ふふふ、ノリと勢いこそが魔法の真髄じゃ」
アークは指を鳴らし、呪文を唱える。
「――しゃもじ式潜水システムVer.2《シュモディープ・ダイブ》、起動!!」
カノン:「バージョン2ってことは……1は?」
「沈んだ」
しゃも:「二度と浮かばなかったやつですね」
アークの足元から水が渦を巻き、光る泡が立ち上る。
三人の体がゆっくりと浮かび上がり――
そのまま**ドボォォォン!**と海の中へ飛び込んだ。
最初は順調だった。
アークたちは魔法の膜に包まれ、泡一つない静寂の海中を進んでいく。
水の抵抗はほとんど感じず、まるで空を飛んでいるようだ。
アークはしゃもじをイルカの尾びれサイズに変形させ、
それを両足で挟み、勢いよく水を蹴って泳いでいた。
「ふははっ、見よしゃも! これぞしゃもじ推進式・泳法奥義“イルカ蹴り”じゃ!!」
しゃも:「なんかもう発想が天才なのかバカなのか分かりません」
一方カノンはというと、
人の姿で泳ぐのは初めてらしく、手足をバシャバシャさせてぎこちなく漂っていた。
「すごい……! 水の中なのに、息ができるんですね!」
彼女の顔は不安半分、楽しさ半分。
泡の中で髪をゆらしながら、懸命にアークの後を追っていた。
「ぴぇぇ……カノン! 泳ぐというより……溺れかけておらんか?」
「だ、大丈夫です! ……たぶん!」
しゃも:「アーク様、このままだと速度差で置いてけぼりですよ」
アークは仕方なさそうにため息をつき、しゃもじを止めた。
「……まったく、仕方のないやつじゃ。たまにはわしが背中に乗せてやる」
「えっ!? アーク様の背中に!?」
「なに照れておる、落ちるでないぞ。正座して安定を取れ!」
カノンは顔を真っ赤にしながら、アークの背中に正座で乗り込む。
しゃも:「海中で正座する人、初めて見ました」
「よし、出発じゃ! しゃもじイルカ号、再び航行開始!」
しゃも:「……いよいよ名前まで付けましたね」
二人の体が再び青い水の中を滑るように進む。
海中の光がゆらめき、魚たちの群れが虹のような軌跡を描く。
その先――暗い岩陰で、巨大な影が動いた。
「む……あれは……?」
しゃも:「魔力反応あり。高速で泳ぐ魔物――“本魔グロ”です!」
岩の隙間から姿を現したのは、
全長五メートルはあろうかという、鋭い眼光の巨大マグロ。
その身体には紋様のような魔力の筋が走り、泳ぐたびに水流が渦を巻く。
アークが目を輝かせた。
「おおっ……あれが噂の“本魔グロ”か! 見るからに脂が乗っておる!」
しゃも:「食材扱いが早すぎます!」
カノン:「アーク様、戦う気満々じゃないですか……!」
アークはしゃもじを挟み直し、尾びれをバタバタと動かして前へ出る。
「ふはは、魚は鮮度が命! 捕まえた瞬間が一番うまいんじゃ!」
しゃも:「あの……封印の調査を忘れてませんか?」
「ついでじゃ! ついでに食材調査もするのじゃ!」
カノンは呆れつつも笑って頷いた。
「アーク様らしいです……でも、あのスピードどうやって止めますか?」
アークは顎をさすり、ニヤリと笑う。
「ふむ、ならば――しゃも、例のスパイスを!」
しゃも:「スパイスって、海中で撒く気ですか!?」
しかしその瞬間、しゃもじが**ビビッ!**と光を放つ。
アーク:「ぴ、ぴぇぇぇ!? な、なんじゃこれはぁぁ!!」
しゃも:「アーク様! 本魔グロの“海魔エネルギー”をオートで吸収中です! このままでは暴走します!」
カノン:「えっ!? どうして魚の魔力なんか吸っちゃうんですか!?」
しゃも:「簡単です。私は――“食材の力に強く反応する仕様”なんですよ」
アーク:「そんな仕様は聞いとらんわぁぁぁ!!」
魔力を帯びたしゃもじが真紅に輝き、
周囲の海流が一変――
数十匹の本魔グロが一斉にこちらへと向かってきた。
「ぴぇぇぇぇぇぇ!! こ、これは食べ放題どころの騒ぎじゃない!!」
しゃも:「群れが本気です! アーク様、逃げましょう!」
カノン:「海中で寿司ネタパーティーになっちゃいますよっ!!」
水圧を切り裂くような轟音とともに、
アークたちは海底の渦へと吸い込まれていった――。
海底の渦に飲まれたアークたちは、神殿の前へ叩きつけられるように落ちた。
どこまでも暗い海底。
そこに巨大な扉がそびえ、まるで呼吸しているかのように脈動していた。
直後――
ゴゴゴゴゴゴ……
神殿の扉が勝手に開いた。
中から漏れた光が海底を照らし、神殿全体が揺れ始める。
そして現れた巨大な影。
それは、海そのものをまとったような体躯を持ち、
槍のような三叉の武器を手にした海神。
その口が、深海の音のようなしわがれた声を響かせる。
古代神殿の瓦礫が揺れ、巨大なトライデントを手にした男が現れた。
海の守護神――ポセイドン。
青白い髭は波のように揺れ、深海の光を宿した瞳がこちらを射抜く。
「眠りを妨げし小さき者よ……何者だ。何ゆえ封印を――」
重々しい声が響く。
だが。
アークはポセイドンを完全に無視して、しゃもじの角度を変えながらブツブツ呟いていた。
「ぬぬ……本魔グロがあれほどとは……鉄火丼もネギトロ丼も捨てがたい……晩飯どうするべきか……」
「…………」
ポセイドンのこめかみに波紋のような青筋が浮かぶ。
しゃもが即ツッコミを入れた。 「アーク様! 今ここ、明らかに“ラスボス登場シーン”ですよ! 空気を読みなさい!」
「あっ……そうじゃったな」
ようやく顔を上げるアーク。
気まずそうにポセイドンを見上げる。
「で、そなた名前は?」
「名乗りを要求する態度か!? 余は海を統べる守護神――」
しかしアークはまた下を向いて丼のことを考え始める。
「鉄火丼……否、やはりネギトロ……いや、中落ち軍艦も……」
カノンが小声で耳打ちした。 「アーク様……隣でポセイドンさん、めちゃ怒ってますよ……」
ポセイドンの目がカッと見開かれる。
「小僧ォォォッ! 神に対してその態度ッ!! 無礼極まるわッ!!」
海流が渦を巻き、海底全体が揺れた。
カノンは反射的にアークの背中に隠れる。
むにゅ。
背に柔らかい感触が押し当てられ、アークの脳天に雷が走る。
「ふぉおおおおお!! わし、戦う!!!」
しゃも: 「理由が最低ですからね!? そこは否定させてください!」
アークはしゃもじを掲げ、魔力を集中させた。
「はっはっは! わしに敵うと思ったか!
喰らえッ! 上級詠唱――《ヘヴンリー・オブリタレーション・オメガ・カタストロフィア》!!」
しゃも: 「名前からしてアウトですよそれ! 海中で撃っていい魔法じゃありませんって!」
カノン: 「アーク様あああ!!」
ポセイドン: 「ま、待て! 話し合いの余地はまだ――!」
しかしアークは覚醒しすぎて話を聞かない。
しゃも: 「くっ……軌道だけでも逸らす!!」
魔力の奔流が発射された瞬間、しゃもが強制修正!
ズドオオオンッ!!
海底神殿の天井が吹き飛び、海水ごと空へ突き抜けていく。
巨大な光の柱が雲を割り、空へ向かって伸びた。
しばし沈黙。
アーク: 「……反省はしておる」
しゃも: 「一ミリもしてませんよね?」
ポセイドン: 「話が!! 違うだろうがああああ!!!!」
つづく。
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