第35話 ビキニ
本来なら歌と笑い声で賑わうリゾートのはずだった。
だが――。
アークは砂浜を歩きながら首を傾げていた。
「むむ……なんじゃこの静けさは。
海といえば美女、歓声、そして水着ギャルではないのか?」
しゃも:「アーク様、期待がすでに目的を見失ってます」
カノンは辺りを見回しながら、少し寂しそうに言う。
「でも……本当に人がいませんね。お店も閉まってるし……」
屋台は半分以上がシャッターを下ろし、
通りには風が寂しく吹き抜けていた。
アークは腕を組み、真剣な表情でうなずく。
「ふむ……これは、観光不況というやつじゃな。
リゾート地が静かとは、まるで酒場で水だけ出すようなものじゃ」
しゃも:「例えが絶妙におかしいです」
カノン:「アーク様、もしかして……なにかあったのかも」
アーク:「ぬ……確かに怪しいのう。
よし、宿に戻って情報収集じゃ!」
宿に戻ると、カウンターの奥に小柄な老婦人が腰をかけていた。
日焼けした肌に深いシワ、丸い眼鏡の奥の瞳は優しいが、どこか疲れている。
「……あらまあ、戻ってきたのねぇ。外は静かだったでしょう?」
アークが椅子を引いてどっかり座る。
「うむ、静かすぎてわしの心まで冷えてしまったわい。どうしたんじゃこの街は」
しゃも:「アーク様、こういうときの“どっかり座り”は完全に取り調べです」
老婦人は苦笑しながらも、
ゆっくりと湯呑みの酒を口に含んだ。
「……あの勇者が来てからさ。
“海底に眠る聖剣を抜く”なんて言ってね、
港で騒ぎを起こしたのよ……」
アーク:「また勇者かぁぁぁぁぁぁ!!!」
宿が一瞬静まり返る。
しゃも:「反射的に叫びましたね」
老婦人は肩をすくめる。
「若い子たちもたくさんいるけどねぇ、
みんな仕事がなくて沈んじまってるのさ。」
カノンは心配そうに眉を下げる。
「そんな……それじゃ、この国の人たちは……」
「観光で食べてる人が多いからねぇ。
若い子たちは出稼ぎに行っちゃって、年寄りばっかり残ってるよ」
アークは天を仰ぎ、両手で頭を抱える。
「わしの尻拭いが……また増えたぁぁぁぁぁぁ!!!」
しゃも:「職歴“勇者後始末請負人”更新ですね」
アーク:「そんな履歴書いらんわ!!」
老婦人はふっと笑い、
「……でもね、おじいさん。あんた、ただ者じゃないでしょう?
しゃもじなんか持ってるけど、なんだか頼りになる匂いがするよ」
アークは照れくさそうに鼻を鳴らした。
「ふふふ……見ての通り、飯で世界を救う男じゃ」
しゃも:「……自覚だけは世界級です」
「……まぁ、とはいえのう。海底調査なんぞ面倒くさいし、尻拭いは明日にしても――」
アークがぼそりと呟いた瞬間、カノンが何かを思いついたように手を叩いた。
「アーク様! せっかくですから……水着に着替えましょうか?」
「――ぴぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
アークはその場で跳ね上がり、鼻息を荒くした。
しゃもが冷静にコメントする。
「反応速度、史上最速です。もはや反射ですね」
しばらくして――。
カノンが宿の部屋から姿を現した。
「お待たせしました、アーク様!」
淡い水色のビキニが、彼女の魅力をいっそう引き立てていた。
風に揺れる金の髪は、陽光を受けて白銀にも似た輝きを放つ。すらりと伸びた肢体に沿って、ふわりと流れるその髪――。
透き通るように白い肌が、照れたような笑みを浮かべた瞬間、まるで海の精霊が微笑んだかのような錯覚を覚える。
光を浴びて、ビキニの布地がきゅっと張りつく。柔らかく、豊かな胸のふくらみが、彼女の細身の輪郭に女性らしい曲線を描いていた。
そして、くびれた腰から伸びる太ももは、一歩進むたびに光と影をまとい、健康的で優雅な美しさを映し出す。
――夏の浜辺に現れた、ひとりの精霊。
そんな言葉が、自然と浮かんでしまうほどに。
「ど、どこでそんなものを……」
「宿の売店にありました! 女性限定セールで半額でした!」
しゃも:「お買い得ヒロインですね」
アークは顔を真っ赤にし、鼻を押さえながら後ずさる。
「ぴ、ぴぇぇぇ……なんという破壊力……この国の女性は皆こうなのか……!」
しゃも:「違います。たぶん“カノンだけ似合ってる”んですよ」
カノンは照れくさそうに、しかし嬉しそうにくるりと一回転してみせた。
水色の布が太陽の光を受けてきらめく。
「どうですか? アーク様!」
「……こ、これは文化研究じゃ……け、研究対象として見るだけじゃ……」
しゃも:「顔、真っ赤ですよ」
アーク:「黙らっしゃい!!!」
そのままアークは両手を腰に当てて大声を上げた。
「よぉし!! よくぞ言ってくれたカノン!
今こそわしの知恵としゃもじが唸る時じゃ!」
しゃも:「完全に“やる気スイッチ=水着”ですね」
「海底だろうがポセイドンだろうが、このしゃもじ一本で片付けてくれるわ!」
カノン:「アーク様、頼もしいです!」
浜辺へ向かう道で、アークはふと立ち止まった。
「……そういえば、ドワーフの国で“ビキニアーマー”を作ってもらえば……
カノンの姿を一年中拝めたのでは……」
しゃも:「いまさら何を反省してるんですか」
アークは頭を抱えてうなだれた。
「ぴぇぇぇ……なぜその発想に至らなんだ……」
しゃも:「ギリギリ理性が働いてた証拠です」
カノン:「アーク様? どうしたんですか?」
「……いや、人生には取り返しのつかん選択というものがあるという話じゃ……」
しゃも:「人生哲学っぽく誤魔化しましたね」
そして――。
カノンが海風を受けながら、きらきらした瞳で海を見つめる。
「アーク様、行きましょう! ポセイドン退治に!」
アークはしゃもじを肩に担ぎ、どこか得意げに鼻を鳴らした。
「ふん、こうなりゃ海の底でも宴会でも付き合ってやるわい!」
しゃも:「フラグ、思いっきり立ちましたね」
アーク:「縁起でもないことを言うでない!」
だが次の瞬間――
海の彼方で、ドゴォォォン! と爆音が轟いた。
水面が泡立ち、巨大な渦が発生する。
空まで届くほどの水柱が立ち上がり、あたりの砂浜が震えた。
カノン:「あ、アーク様っ! あれって……!」
アーク:「ぴ、ぴぇぇぇぇ!? もう始まっとるのか!?」
しゃも:「たぶん、向こうも宴会の準備を始めたんですよ」
「ぬぅぅぅ……ならばこちらも応じるまでじゃ!!」
アークはしゃもじを構え、顔を真剣に引き締める。
「――いざ、海底へ! わしのしゃもじが波を斬るわい!」
しゃも:「そのフレーズ、どう考えてもフラグ強すぎます」
波が砕け、三人の姿が青い海へと飛び込んでいった。
泡の向こう、暗い海底で何かが――目を覚まそうとしていた。
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