第31話 塩 犬 酒
洞窟を後にしたアークたちは、
様々な“塩の結晶”を採取し、再びドワーフの街ガルドロムへ戻っていた。
夕暮れ時の街は、赤い光に包まれている。
鍛冶場の煙が山肌を染め、遠くで鉄を打つ音が響く。
カノンが胸の前で瓶を握りしめる。
「アーク様、本当に……これで娘さんが助かるんでしょうか」
アークはしゃもじをくるりと回して笑った。
「助からんわけがない! なんたってこれは――神の塩じゃ!」
しゃも:「言い方が雑になってますけど、理屈は合ってます」
グランの家に戻ると、
机の上には薬草や水の瓶が散らかっていた。
奥のベッドには小さな少女――リーネが静かに寝ている。
肌は白く、ところどころが石のように硬化していた。
「……間に合ってくれ」
グランの声が震える。
アークは静かに頷き、しゃもじを構えた。
「しゃも、精密調整モードじゃ。……量を誤るとただの塩漬けになる」
しゃも:「誰も漬物にしたくありませんよ」
アークは指先で塩をすくい、魔法陣を展開した。
淡い光が床を走り、空中に紋様が浮かび上がる。
「癒光転化!」
白い光が塩に染み込み、ふわりと少女の体へと舞い散る。
やがて硬化していた肌が柔らかさを取り戻し、
ほんのりと血色が戻っていく。
リーネ:「……あったかい……」
グラン:「リーネ! リーネっ!」
少女が目を開け、かすかに微笑んだ。
その瞬間、部屋に歓声が満ちた。
カノンは涙ぐみながら、両手を合わせて祈る。
「アーク様……本当に、すごいです……!」
しゃも:「まあ、“飯の延長線で世界を救う”のがこの方の特技ですからね」
アークはしゃもじをクルッと回し、鼻を鳴らした。
「ふっ、結局のところ――飯も命も、塩加減が大事じゃ」
グランは感謝の言葉を述べようとしたが、
アークの背後に残る“光の魔法陣”がまだ消えていないことに気づく。
「……おい、じいさん。今の……魔法じゃねぇか?」
カノン:「あっ……!」
沈黙が流れる。
しゃも:「あ、あー……完全にやっちゃいましたね」
アークは一瞬で青ざめ、慌てて両手をぶんぶん振った。
「ち、違う! これは料理魔法じゃ! 治癒も調理の一環じゃ!」
グラン:「料理魔法であんな光出すかぁ!?」
カノンは焦りながらもフォローする。
「えっと、その……アーク様は、“お料理の神様”みたいな方なんです!」
しゃも:「フォローが雑ですね」
アークは顔を真っ赤にしながら、
「ぴぇぇぇぇぇ……! バレてしもうたぁぁぁぁぁ!」と嘆き、
グランの床にしゃがみ込んだ。
だが次の瞬間――
グランは深く息をつき、静かに頭を下げた。
「……あんたが魔法使いでも構わねぇ。
娘を救ってくれた、それだけで十分だ」
アークは少し驚いたように目を見開く。
そして、ふっと優しい笑みを浮かべた。
「……ふむ、そう言ってもらえると、救われるのう」
しゃも:「結果オーライですね」
カノン:「アーク様、もう“ただの料理人”って言えませんね」
アークは頭をかきながら照れ笑いを浮かべた。
「まあ、バレたもんは仕方ない。……でものう、しゃも」
しゃも:「はい?」
「今後は光るしゃもじが原因ということで通すぞ!」
しゃも:「なすりつけ!?」
笑い声がまた部屋に広がり、
夜のガルドロムには優しい光がともっていた――。
リーネの治療から一夜明けた朝。
アークはすっかり安心し、しゃもじを磨きながら上機嫌だった。
「ふふふ……やはり塩と魔法の融合は究極じゃ。
わしのしゃもじスキル、ますます磨きがかかっとる」
しゃも:「今のうちに“しゃもじスキル”という言葉の定義を見直した方がいいと思いますよ」
だがその時――。
外からどよめきが響いた。
「グランの娘が治ったって本当か!?」
「魔法で治療したらしいぞ!」
「魔法? この国で魔法を使えるドアーフがいるのか!?」
カノンが慌てて窓をのぞく。
「アーク様っ! 人がいっぱい集まってます!」
アーク:「ぴぇぇぇぇ!? もうバレたんか!? 誰じゃ口の軽いのは!」
しゃも:「アーク様です。堂々と光りながら詠唱してました」
数分後、家の前はまるで市場のような大混雑。
通りの鍛冶屋や商人たちが口々に叫ぶ。
「魔法使いのじいさんが娘を治したらしい!」
「奇跡の塩を操る男!」
「“塩賢者アーク・グルメディア”だ!!!」
アーク:「誰が塩賢者じゃああぁぁぁ!!!」
しゃも:「あ、正式に名前ついちゃいましたね」
グラン:「おいおい、みんな落ち着け! この人は……その……」
しかし、群衆の熱気はもう止まらない。
「うちの腰痛も治してくれ!」
「ワシの鍛冶の腕に祝福を!」
「うちの鍋の焦げも直してくれ!」
アーク:「ぴぇぇぇ!? なんで最後のやつだけ家事レベルなんじゃ!?」
カノン:「アーク様、どうしますか!? 押されてます!」
しゃも:「人気アイドル並みの囲まれ方ですね」
アークは頭を抱えたあと、しゃもじを構えた。
「……もうええい、こうなったら――サービスじゃ!」
空中に小さな魔法陣を展開。
そこから光る塩の粒がひらひらと降り注ぎ、
街中を柔らかく照らした。
「おおぉぉぉっ!」
「塩が……光ってる!」
「ありがたや~!」
アーク:「ただの塩光エフェクトじゃが……まぁ、見た目は大事じゃな」
しゃも:「完全にエンタメですけどね」
一方その頃。
街の看板には大きく書かれていた。
> “魔法使い歓迎! 魔導料理フェス開催!”
“特別出演:塩賢者アーク・エルディア様”
アーク:「やめろぉぉぉぉ! わしは芸能人ちゃうわい!!」
しゃも:「アーク様、これが“ドワーフの信仰対象になるまで1日”の記録です」
カノン:「……でも、みんな笑顔です。悪くないですよ?」
アークは頬をぽりぽり掻き、
「……ふむ、まぁ、喜んでおるなら……よしとするかのう」
と、少し照れくさそうに笑った。
しゃも:「アーク様、なんだかんだで嬉しいんですよね」
アーク:「ぴぇぇぇ!? そ、そんなことはないぞい!!」
しかし、顔は真っ赤。
結局夕暮れのガルドロムの街。
鍛冶場の煙がオレンジ色の空に溶けるころ、
魔導料理フェスが始まっていた。
広場の中央には長テーブルがずらりと並び、
肉を焼く音、鍋の煮える香り、ドワーフたちの笑い声が入り混じる。
「おおぉ……! これは戦場じゃな!」
アークは目を輝かせ、しゃもじを腰に差して鼻をクンクン。
犬のようにあちこち嗅ぎ回り、
鍋から漂う匂いに反応しては次々と味見していく。
「むっ、こっちは炭火ロースト! 香ばしい!」
「ぬぅ、このシチュー……エールで煮とるな、良い味じゃ!」
しゃも:「完全に客というより職業“食レポ”ですね」
カノン:「アーク様、鼻が地面に付きそうですよ……」
そして、アークの出店ブース。
大きな土瓶をどん、と置き、
中でぐつぐつ煮えるのは――かつて山で狩った魔つ茸。
「ふふふ、これぞ“魔導土瓶蒸し”じゃ。
香りで倒れぬよう、覚悟しておけ!」
アークはしゃもじを器用に操り、
丁寧に火加減を調整する。
土瓶の底から魔力の光がゆらゆらと漏れ、
中の汁が黄金色に輝いていた。
「出汁は……魔つ茸の旨味に、塩の結晶をひとつまみ……。
これで“命が蘇る味”の完成じゃ!」
しゃも:「また大げさな……」
アークは湯気の立つ土瓶の蓋をゆっくりと開けた。
ふわりと立ち上る芳香が、広場中に広がる。
その香りは、まるで山の清流と焚き火の煙を混ぜたような
深く優しい香りだった。
「な、なんだこの香りは……!」
「きのこなのに……酒が欲しくなる!」
ざわめき始める観客の中で、
アークはしゃもじを片手に誇らしげに笑う。
「当然じゃ。出汁こそ文化、香りこそ魔法――
そしてわしは、“しゃもじの錬金術師”じゃ!」
しゃも:「何その新しい肩書き」
カノンは一番最初に試食の椀を手に取った。
「いただきます!」
口に運んだ瞬間、彼女の目がぱっと見開かれた。
「……お、おいしい……! 体の中からあったかくなります……!」
アークは鼻を高くして頷く。
「ふふん、魔つ茸の旨味は命の源じゃ。
おぬしの体がぽかぽかするのも当然じゃ」
しゃも:「それ、完全に栄養ドリンクの宣伝みたいですね」
周りのドワーフたちも次々と列を作り、
熱々のお吸い物をすすりながら感嘆の声を上げた。
「うめぇぇぇ! これ、酒が何倍でもいける!」
「こいつぁやべぇ……味に“重み”がある!」
「こんな上品な料理、鍛冶場じゃ絶対出せねぇぞ!」
やがてアークのブースは、フェスでもっとも長い行列ができるほどの人気店となった。
アークはしゃもじを腰に差し直し、
「ふふ……料理とはな、魂の鍛造じゃ。火と塩で人を救う、これぞ真の鍛冶道よ」
と、なぜかドワーフ職人のような顔で語るのだった。
しゃも:「もう完全にこの国に馴染んでますね」
フェスの終盤。
テーブルの上には様々な料理が並び、
ドワーフたちがウォッカを手に乾杯していた。
アークはふと思いつき、
しゃもをトントンと叩いて笑う。
「しゃも、あの塩を使うぞい。例の、山で見つけたやつじゃ」
「まさか……」
「そうじゃ、やってみたくなったんじゃよ」
アークは透明なグラスのふちを湿らせ、
塩をまぶしてウォッカを注ぐ。
そこに、柑橘系の果汁をたらりと絞り入れた。
キラリと光る塩の粒、
淡く揺れる黄金の液体。
アークは一口飲み――
「ぴぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! うまいっ!!!」
その場にいたドワーフたちが思わず歓声を上げる。
「なんだその酒は! 新しいぞ!」
「塩と果実!? 酒の革命じゃ!」
誰かが叫んだ。
「名前を付けよう! “ソルティドッグ”だ!!」
「ぴぇぇ!? 犬!? なんで犬じゃ!?」
「だって、お前が匂い嗅ぎまわってたからな!」
アーク:「ぴぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
しゃも:「犬扱い、確定ですね」
カノンは笑いながらグラスを掲げる。
「でも、とっても綺麗……アーク様の作るお酒、世界一です!」
アークは顔を真っ赤にしながら、
「ま、まあ当然じゃ……わしの調理魔法は芸術じゃからな!」
その夜、ガルドロムの夜空には笑い声と音楽が響き渡り、
“ソルティドッグ”という新たな酒の名が生まれた――。
1話が長くなりましてすみません。
もっと短く書くように努力します。




