第30話 しお
魔つ茸の群れを倒し、洞窟の奥へと続く細い通路を抜けると――
そこには別世界のような空間が広がっていた。
天井も壁もすべて、透明な鉱石のように輝いている。
青、紫、金――光の層がゆらめき、空間全体がまるで巨大な宝石の中にいるようだった。
カノンは息をのむ。
「……きれい……! まるで空そのものが閉じ込められてるみたいです……」
アークはしゃもじを肩に担ぎながら、目を細めた。
「ふむ、これがグランの言っておった“伝説のクリスタル”か……
なるほど、見事なまでに“高級そう”じゃのう!」
しゃもが光を放ちながら解析を始める。
「成分分析中……高純度魔力結晶体。
ですが……この構造、自然生成ではなく、人工的な封印石のようです」
「封印石じゃと?」
アークはしゃもじを近づけ、反射する光を覗き込む。
内部には、まるで“誰かが眠っているような”影が見えた。
カノンが不安そうに言う。
「……アーク様、これ、触って大丈夫なんでしょうか……?」
「ふむ、良い質問じゃ」
アークは少し考え、そして堂々と胸を張った。
「よし、実験じゃ!」
しゃも:「出た、思考より先に実験」
カノン:「アーク様!? いきなり触るんですか!?」
アークはお構いなしに、しゃもじの先でクリスタルを“コン”と突いた。
──その瞬間。
洞窟全体がびりびりと震え、床の魔法陣が浮かび上がる。
光が収束し、クリスタルの中から淡い人影がゆっくりと浮かび上がった。
しゃも:「あー……封印解除しましたね、完全に」
カノン:「ア、アーク様っ! どうしましょう!?」
アーク:「落ち着け、たぶん挨拶くらいはしてくれるじゃろ」
光の中から現れたのは――
長い髪をなびかせた女性の姿。
その肌は透き通るように白く、瞳は淡く光を帯びていた。
「……我を、目覚めさせたのは……そなたか……?」
アークはしゃもじを掲げ、堂々と答えた。
「うむ、わしじゃ! 千年の大魔法使い、アーク・エルディアである!」
しゃも:「あー、また名乗りましたよこの人」
カノン:「あの……今の、怒ってる声ですよね……?」
光の女はわずかに目を細め、低く呟いた。
「ならば――その名にふさわしい“試練”を、受けてもらおう」
アーク:「ぴぇぇぇぇ!? なんでそうなるんじゃぁぁぁぁぁ!!!」
洞窟が轟音と共に輝き、光の奔流が一同を包み込んだ――。
光の奔流が収まると、洞窟の中は静まり返った。
アークたちの目の前には――鏡のような床が広がり、そこに立つもう一人のアークがいた。
「……ぴぇ? わ、わし!? なんじゃ、わしが二人!?」 しゃも:「やりましたねアーク様。ついに自分と向き合うイベントですよ」 カノン:「アーク様、がんばってください! 自分に勝つのが一番難しいって言いますし!」
幻影アークはしゃもじを構え、冷たい声で告げる。
「怠惰、暴食、慢心。お前は己の力を誇りすぎた。」
アークは一瞬だけ神妙な顔をしたが――
「ふむ……全部、的を射ておるな。だが、わしを超えるのはわしだけじゃ!」
しゃも:「相手、あなた本人ですよね?」
幻影が詠唱を始めた。
そのスピードは目にも止まらぬほど速い。
しゃも:「アーク様! 幻影、詠唱速度が10倍です!」
カノン:「は、速すぎますっ!」
アークは鼻で笑った。
「ふっ……あやつ、見せびらかしおって。
――ちなみにのう、わしは本来詠唱など必要ない」
しゃも:「え? じゃあなんでいつも詠唱してるんです?」
アーク:「かっこいいからじゃ」
しゃも:「うわー……まさかの“演出重視”」
カノン:「アーク様、見栄で詠唱してたんですか!?」
「当然じゃ! 魔法は芸術、美学の結晶じゃ! “詠唱省略”なんぞ味気ない!」
幻影アーク:「……語ってる間に詠唱完了したぞ」
ドゴォォォン!!
雷撃が床を貫き、アークはひょいっとしゃもじで弾き返す。
「ふはは! わしを舐めるな! 美学は実力をも凌駕する!!」
しゃも:「言ってることが哲学っぽいけど、やってるのはただの反射神経ですね」
カノン:「アーク様! 幻影がもう一発来ますっ!」
幻影が再び詠唱を早める。
アークはそれを見てドヤ顔で宣言した。
「よかろう……見せてやる、**本気の“無詠唱魔法”**じゃ!」
両手を組み、目を閉じ――
しゃもじをクルッと回した瞬間、幻影の足元から巨大な魔法陣が展開される。
「《時空遅延》!」
幻影の動きが一瞬で鈍化する。
その光景にしゃもとカノンは息を呑んだ。
カノン:「すごい……詠唱もなしに……!」
しゃも:「ついに見せましたね、ガチアークモード……」
アークは鼻を鳴らした。
「ふっ、こうしておけば楽じゃ。……でも“詠唱してる方がテンション上がる”のも事実じゃからな」
しゃも:「要するにノリですね」
そのままアークは幻影の魔力をしゃもじで吸収し、最後に叫んだ。
「――《しゃも・スイング・グレートカッター》!!!」
ビターン!!
幻影は見事に真っ二つになり、光の粒となって消えた。
静寂の中、アークはしゃもじを肩に担ぎ、満足げに言う。
「ふむ……結論。見栄を張るのもまた魔法のうちじゃな」
しゃも:「それ、若い魔法使いに間違って伝わるやつです」
カノン:「でも……アーク様、かっこよかったです!」
アーク:「うむ、そうであろうそうであろう!」
しゃも:「……はい、また調子に乗りましたね」
光が消え、洞窟の奥で何かが輝き始めた。
アークたちは顔を見合わせ、次なる冒険へと歩き出した――。
幻影が消え、洞窟に再び静寂が戻った。
空気の中に残るのは、魔法の残滓と、微かに潮のような香り。
カノンが辺りを見回す。
「……終わったんですか? なんだか、空気が軽くなった気がします」
アークはしゃもじを杖代わりに突き立て、ゆっくりとうなずいた。
「うむ。封印が完全に解けたようじゃ。……しかし――」
パリン……。
足元で何かが砕ける音がした。
見ると、輝きを失った巨大クリスタルが、次々と崩れ落ちていく。
その破片は淡く白く光り、やがて――塩の結晶となって散らばった。
しゃも:「……成分解析完了。ナトリウム結晶、すなわち“塩”です」 アーク:「ぴぇ!? し、お……? しおとはあの、飯にかけるアレか!?」
カノン:「……ま、まさか、伝説のクリスタルが“お塩”だったんですか……?」
しゃもは真面目な声で続ける。
「ただの塩ではありません。分析結果によると――」
「この白い結晶は“癒やしの塩”――精霊の力を帯びたものです。
使えば軽い病を癒す効果があります」
「この青みがかった塩は“魔力増幅塩”――摂取すると一時的に魔力上昇」
「この黒いのは“焦げた塩”――多分アーク様の詠唱が長すぎて焼けたやつです」
アーク:「ぴぇぇぇ!? わしのせいで!?」 カノン:「ふふっ、でも……見た目、綺麗ですね!」
しゃも:「つまりこれは“奇跡の調味料セット”です。
病気にも効く、力も上がる、味も良し。万能すぎて腹立ちます」
アークは目を輝かせて言った。
「ふふふ……まさか伝説の宝が、飯の旨味強化アイテムだったとはな!」
しゃも:「国一つ救えるレベルの塩を、どう料理に使うつもりですか」
カノン:「アーク様、これ……娘さんの薬にも使えるかもしれませんね!」
アークはしゃもじを掲げ、神々しい笑みを浮かべた。
「うむ! これぞまさに――“神の味覚”じゃ!!」
しゃも:「言い方がもう完全に料理アニメ」
こうして“伝説のクリスタル”は、“奇跡の塩”として姿を変えた。
だが、彼らはまだ知らない――
この塩が、のちにドワーフの国に“第二の騒動”を引き起こすことになることを。
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