第29話 探索隊
グランから受け取った手書きの地図を片手に、アークは満面の笑みを浮かべていた。
「ふふふ……山じゃ、山じゃ! 久々の登山じゃな!」
しゃも:「登山じゃなくて、捜索ですよアーク様」
アークは鼻歌を交えながら、山道に足を踏み入れた。
「同じことじゃ! 山は登るだけで心が洗われるんじゃ!」
そう言いながら、アークの表情にはどこか懐かしさが滲んでいた。
「エルフだった頃はのう……暇さえあれば弟子どもを連れて山を歩いたものじゃ。
花を摘み、果実を探し、日が暮れるまでピクニックじゃ。
あの頃は誰も文句を言わなんだ……しゃももまだ静かじゃったしのう」
しゃも:「……私、当時まだ存在してませんけど」
「細かいことは気にするでない!」
カノンは笑いながらついていく。
「ふふっ、でも楽しそうですね。アーク様のピクニック……今度やりましょう!」
アークは目を細め、頷いた。
「うむ、やるかの。今度は“クリスタル探しピクニック”じゃ!」
しゃも:「……どちらかというと“勇者の尻拭い登山”ですけどね」
山道は朝露に濡れ、風がひんやりと心地よい。
だがアークは進むたびに、まるで犬のようにあちこち嗅ぎまわっていた。
「むっ、この草は“ミントリーフ”じゃな! 腹の調子を整える!」
アークは四つん這いになって鼻をひくひくさせる。
「おお……この香り、間違いない。朝露のミントは効き目が倍じゃ!」
カノン:「ア、アーク様……なんか、犬みたいですよ?」
しゃも:「いえ、完全に犬です。嗅覚型のエルフです」
アークは全く気にせず、今度は近くの茂みに顔を突っ込む。
「おお、あっちは“マウンテンベリー”! 酒に漬けたら絶品じゃぞ!」
しゃも:「……完全にピクニックモードですね」
カノンは苦笑しつつも、楽しそうに後をついていく。
「アーク様、物知りですね! この花も食べられるんですか?」
「む? それは毒草じゃな」
「ええっ!?」
「……が、煮詰めれば薬にもなる。自然はすべて材料じゃ、ふははは!」
しゃも:「学者ぶってますが、要するに何でも食べ物扱いです」
アークは振り返り、鼻をすすりながらドヤ顔を浮かべた。
「ふん、嗅覚も知識も一流じゃ。わしを誰と心得る? 森の賢者にして“歩く嗅覚図鑑”アーク・エルディアじゃ!」
しゃも:「自称がまた増えましたね」
カノン:「でも……ちょっと楽しそうです」
やがて陽が一番高く昇るころ。
山の奥から、冷たい風が吹き抜けた。
カノンが地図を覗き込みながら言う。
「アーク様、もうすぐです。この先に“クリスタルの洞窟”があるはず」
アークはしゃもじを杖代わりにして立ち上がり、にやりと笑った。
「よし、行くぞ! この山の恵みをたっぷり採取した今、わしに敵はおらん!」
しゃも:「それ、完全にピクニックの締め台詞です」
木々が途切れ、目の前に黒々とした岩肌が現れた。
そこにはぽっかりと大きな洞窟――
“クリスタル洞窟”と呼ばれる場所が、静かに口を開けていた。
中からは、ぼんやりと青い光が漏れ出している。
カノン:「わぁ……きれい……」
アーク:「ふむ、まるで星空を飲み込んだようじゃな」
しゃも:「さて、ピクニック気分はここまでです。
これからは“勇者の尻拭い任務”に切り替えですよ」
アークは息を整え、しゃもじを構えた。
「ふっ……承知した。
いざ行くぞ、しゃも・カノン隊――クリスタル探索、開始じゃ!」
カノン:「なんか名前がかわいいです」
しゃも:「語感だけは一流ですね」
洞窟の奥、淡い光が揺れる空間に出た瞬間――
アークたちは、目を疑った。
そこには無数のキノコが、足を生やして二足歩行していた。
丸い傘にちょこんとついた目。
どの個体も背丈はアークと変わらず、愛嬌たっぷりの顔をしている。
「……な、なんじゃこの愛らしい集団は……?」
しゃもが解析モードに入り、光を放つ。
【魔物名:魔つ茸】
【危険度:低~中】
【香り:超高級】
「ぴぇぇぇぇぇ!? ま、まつたけじゃと!? 高級食材の魔物化個体か!?」
アークの目が、金貨マークに変わる。
カノン:「アーク様、危険そうですよ!」
アーク:「危険? いや、これはチャンスじゃ! 今夜の晩餐が歩いておる!」
しゃも:「戦う前から食う気満々……」
50体ほどの魔つ茸たちは、ぷるぷる震えながらじりじりと近づいてくる。
傘の裏から胞子をまき散らし、ピクンと一斉に跳ねた!
「カノン! まずは牽制じゃ!」
カノンは魔法陣を展開し、雷の槍を構える。
「了解ですっ! 《ライトニングスピア》――!」
「まてぇぇぇぇぇ!!!」
アークが慌てて止めに入る。
「火と雷は禁止じゃ! 焦げる! 味が落ちる!!」
「な、なんでですか!?」
「食うからじゃ!!!」
しゃも:「……戦闘目的が完全に食欲です」
カノンはあたふたしながら、仕方なく風魔法に切り替える。
「じゃ、じゃあ……《エアスラッシュ》!!」
風の刃が舞い上がり、キノコたちの列をきれいにスライスしていく。
ふわっと漂う――高級料理の香り。
「ぬぉぉぉ! 香りが! 香りが上品すぎるぅぅぅ!!」
アークは興奮のあまり鼻をすすり、よだれを垂らす。
だが、切られた魔つ茸は分裂して増え始めた。
「アーク様! 切ると増えます!」
「なんじゃと!? お得仕様じゃないか!」
「お得じゃないです!!」
しゃも:「……増殖型の食材とか、胃袋が追いつきませんよ」
魔つ茸たちは一斉にアークへ飛びかかる。
傘の裏から胞子弾を放ちながら、まるで“香りの弾幕”のように迫ってくる。
アークはしゃもじを構え、ドヤ顔で叫んだ。
「ふははは! このわしを包み焼きにできると思うなよ!」
しゃも:「包み焼きされそうなのはむしろアーク様です!」
カノンは頬をふくらませながら、必死に魔法を連射。
アークはしゃもじでキノコを叩き落とし、転がったものを素早く拾っては布袋に詰め込んでいく。
「ほれ、今日の夕食確保! 明日の分も冷凍保存じゃ!」
しゃも:「それはもう狩りではなく買い出しですよ……!」
最終的に、魔つ茸たちは袋に詰められ収納魔法で保管、戦場(?)は静けさを取り戻した。
カノンは汗を拭き、息を整えながら言う。
「……終わりましたね」
「うむ……これで今夜は“松茸フルコース”じゃ!」
しゃも:「たぶん世界で初めて“討伐報告より先に献立を考える勇者の尻拭い係”です」
アークは満足げに笑いながら、しゃもじを肩に担いだ。
「尻拭いも、腹が満ちれば悪くないのう!」
アークたちは小さな焚き火を囲んでいた。
火の上では鉄鍋がぐつぐつと音を立て、香ばしい匂いが風に乗って流れていく。
「ふははは……見よ、この輝く肉厚ボディ! まさにキノコ界の貴族じゃ!」
アークは満足げにしゃもじを振り、魔つ茸の傘を裏返す。
じゅわっ――。
バターが溶け、傘の溝に染み込み、きらきらとした油の粒が弾けた。
その香りは、まるで高級な鉄板料理のように濃厚で、鼻の奥をくすぐる。
しゃも:「……アーク様、香りがもう犯罪レベルです」
カノン:「すごい……こんなにいい匂い、初めてです!」
アークはしゃもじをフライ返しのように使い、器用に裏返しながら誇らしげに言う。
「火加減こそ魂じゃ。理屈じゃない、腹の声で焼くんじゃ!」
しゃも:「……いや、普通に温度計使ったほうが」
「うるさい、しゃもは黙って香りを堪能せい!」
焦げ目がつきはじめると、焚き火の周りは一層香ばしさで満ちた。
アークは皿に魔つ茸を盛り、バターソースをとろりと流しかける。
続けてスープ鍋を手に取り、しゃもじでかき混ぜた。
「お次は“魔つ茸と山野菜のクリーム煮込み”じゃ!」
「えっ!? もう次の料理が!?」とカノンが驚く。
「料理人の魂は止まらんのじゃ!」
しゃも:「止まらないどころか暴走してます」
アークは味見をし、一瞬真顔になった。
「……ぬぅ、この塩加減。絶妙じゃ……!」
カノン:「さすがアーク様です!」
しゃも:「だいたい“偶然”で味が決まる人がよく言いますね」
焼きたての魔つ茸をナイフで切ると、
肉厚な身の中から透明な汁がじゅわっと溢れ出した。
それが焚き火の熱気で湯気となり、風に混じっていく。
カノンは一口食べ、目を見開いた。
「……っ! すごい、弾力が……! 噛むほどに旨味が広がっていきます!」
しゃも:「“食レポ”が上達してますね」
アークは満足げにうなずき、しゃもじを軽く掲げた。
「ふむ……塩ひとつまみ、脂少々、そして自然の恵み。
――これだけで、世界は平和になれるのじゃ」
しゃも:「いや、なりません」
アーク:「なる! 腹が満ちれば戦争も止まる!」
カノンは笑いながら、口いっぱいに煮込みを頬張った。
「アーク様って……ほんとに強くて優しくて……でもいちばん“おいしい人”ですね」
アークは少し照れたように鼻をこすり、
「ば、ばかもん……わしはただの料理好きじゃ……」
しゃも:「いや、“胃袋で世界を救う賢者”として記録されそうです」
風が心地よく吹き抜け、焚き火がパチパチとはぜる。
魔つ茸の香りと笑い声が、洞窟の中に静かに溶けていった。
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