第2話 杓文字
翌朝。
アークは村を出て、人目のない林の中へと足を運んだ。
「さて……まずは、この世界でどの程度魔法が使えるか、確認しておかんとな」
手をかざし、初歩の炎の魔法を唱える。
――ぼっ。
手のひらに小さな火の玉が灯った。
見慣れた、前世通りの魔法。
「……ふむ、問題なし」
次に、腰にかけていた“杖”を握りしめて同じ魔法を試す。
――ごぉぉぉおおお!
「なにこれーーー!?」
さっきとは比べ物にならない巨大な火球が、手のひらの上に現れた。
木の枝に触れれば村が一つ吹き飛びそうなサイズだ。
慌てて魔法を消し、アークは顔を引きつらせる。
「わ、わし……今、初歩魔法で村ひとつ焼き払える火力出したぞ?! なにこれ?! やばすぎだろ!」
しばし混乱したが、原因にすぐ思い至った。
腰にかけている“杖”。
「……こいつのせいか?」
恐る恐る杖を見つめると、目の前にウインドウのような光の板が浮かび上がった。
そこには、こう記されていた。
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名前:神器しゃもじ
持つ者の魔力を増幅させる
伸縮自在
万能
料理のレシピ付き
ご飯をよそうと美味しくなるよ
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「しゃもじかよ!!!」
アークは思わず叫んだ。
「いやいやいや! 剣とか杖とか、勇者っぽいのはいっぱいあるだろ?! なんでよりによってしゃもじ!? 女神エラリアふざけてない?!」
怒りと困惑が入り混じり、地面にしゃもじを突き刺す。
どう見ても柄の長い木製の杓文字である。勇者感ゼロだ。
「……いや、落ち着け俺。見た目はアレだが、力は本物だ」
試しに「しゃもじサイズ」と念じてみると、杖ほどの大きさだった神器が、手のひらサイズのしゃもじに変形した。
「……なんか腰に差して歩くの恥ずかしいから、今は懐に収納しておこう」
ひとまず安心して、アークはその後もいくつかの魔法を試した。
結果、しゃもじを使うと火力も範囲も数倍に跳ね上がることが判明。
神器の名に偽りなしだが……見た目の残念さだけはどうしようもない。
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「ふう……とりあえず、魔法は問題なく使えるな」
そう安堵して木陰で休んでいると──
――ガサッ。
茂みが揺れ、のっそりと現れたのは、灰色の毛皮をした狼型の魔物だった。
目はぎらぎらと光り、牙を剥き出しにしてこちらを睨んでいる。
「……あー、なるほど。これが村人の言ってた“魔物”ってやつか」
アークは懐に収納したしゃもじを見て、深いため息を吐いた。
「……よりによって初実戦で、わしの武器はしゃもじかよ」
狼の唸り声が森に響き、アークの初戦闘が幕を開けるのだった。
灰色の狼型の魔物が、アークを睨みつけて低く唸った。
背筋を逆立て、牙を剥き、今にも飛びかかってきそうだ。
「……ふむ。記念すべき、この世界での初戦闘だな」
アークは手をかざす。
炎の魔法の念じる、淡々と──
――ごぉぉぉぉぉぉっ!
轟音と共に炎が放たれ、狼は回避する間もなく直撃した。
一瞬で毛皮が焼け焦げ、地面に倒れ伏す。
「……おいおい、初歩の魔法だぞ? この威力はチートじみてるな」
前世と同じ感覚で放った炎魔法は、まるで別物。
神器しゃもじを懐に入れているだけで、威力が跳ね上がっているのだ。
「……便利すぎるだろ、これ」
焼け焦げた狼を見下ろしながら、アークは呆れ混じりに笑う。
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しかし──そのとき。
「……がるるるるっ!」
黒煙をあげながらも、狼はまだ立ち上がろうとしていた。
魔物特有の生命力だろう。
「しぶといな。だが──」
アークはゆっくりと懐から“杖”を引き抜いた。
だがそれは、どう見ても長い木の杓文字。
「しゃもじかよっ!」
自分でまたツッコミを入れつつ、しゃもじを肩に担ぐ。
そして狼の頭に──
ぺちんっ。
……乾いた音が響き、狼はそのまま気絶した。
「…………」
「…………」
一人と一匹、場の空気が完全に固まる。
「……あー……なんだこれ。勇者の武器って、もっとこう……かっこいい剣とかだろ?
わし、今しゃもじで狼をシバいたぞ?」
顔を覆って天を仰ぐアーク。
そのとき、ふと地面に横たわる魔物を見下ろし、眉をひそめる。
「……ん? 待てよ。この魔物、食べられるのかの?
肉にしたら……ステーキ……? いや、狼鍋とか……? ううむ……」
腹が鳴った。
「……よし、まずは村に戻って聞いてみるか。
食えそうなら──しゃもじでよそって、いただきじゃ!」
こうしてアークの異世界勇者生活は、初戦から「しゃもじフィニッシュ」と「食べられるかどうか問題」で幕を閉じたのだった。




