第28話 ウォッカ
「おい、新入り……景気よく飲んでるな」
低くしわがれた声が響く。
アークが顔を上げると、隣のカウンターにどっしり座った一人のドワーフがいた。
分厚い胸板、鉄粉のこびりついた手、そして深い皺の刻まれた瞳。
名は――グラン・ブラッドハンマー。
だがその肩越しには、見るからに物騒な二人組のドワーフが腕を組んで立っていた。
どう見ても借金取りである。
「グラン、また飲んでやがるのか」
「期限は過ぎてんだ。今日こそツケを払ってもらうぜ」
グランは頭を下げ、震える声で言った。
「ま、待ってくれ……! 明日には金を……!」
アークはウォッカを口に含んだまま、じっとその様子を見ていた。
(……ほう。これはまた、わかりやすい“事件の香り”じゃのう)
しゃもが小声で突っ込む。
「アーク様、トラブルセンサーが勝手に作動してます」
アークはグラスを置き、静かに立ち上がった。
「……おぬしら、借金の取り立てなら、せめて飲み終わってからにせんか」
借金取りA:「はあ? なんだてめぇ」
借金取りB:「兄弟の情に首突っ込むな!」
「兄弟……?」
アークはニヤリと笑い、肩を組むようにグランの隣に座った。
「そうじゃ。わしら“鉄鍋の兄弟”じゃろうが!」
店中のドワーフが「おおっ!」と声を上げる。
「兄弟なら――困ったときは助け合う。それがドワーフの流儀じゃ!」
しゃも:「いや、アーク様、人間ですってば」
カノン:「……もう誰も信じてませんけどね」
アークはお構いなしにグラスを高く掲げた。
「よし、こうなったら飲み勝負じゃ! 勝った方の言い分を通す!」
借金取りたちは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「面白ぇ。後悔すんなよ、ドワーフの兄弟さんよ!」
ウォッカの瓶が次々と並び、店中が見守る中で始まったドワーフ式飲み比べ対決。
1杯、2杯、3杯……と次第に空の瓶が積み重なっていく。
「ぴぇぇぇぇぇ……けど……まだまだいけるわい……!」
「くっ……このちっこいの、底なしじゃねぇか……!」
ついに借金取りが椅子から転げ落ちた。
「勝負あり!」
歓声が上がり、店主が大笑いする。
「はっはっは! 新入り、やるじゃねぇか!」
グランは呆然とアークを見た。
「……あんた、本当にすげぇな……ドワーフでもなかなか勝てねぇぞ」
アークはしゃもじをくるりと回し、勝ち誇ったように言った。
「ふふふ、酒とはのう――火より熱く、鉄より強く、心を鍛えるものじゃ」
しゃも:「途中から詩人になってます」
夜も更け、周囲の笑い声が落ち着いたころ。
グランは静かに語り始めた。
「……あれは一年前のことだ。
この国に、“勇者”を名乗る若造がやってきた。
“聖剣の性能テストがしたい”ってな……」
アークは、しゃもじをくるくると回しながら首を傾げた。
「ふむ、性能テスト……? なんじゃそりゃ。
そもそも、魔王は東におるじゃろうが!
なんで西の国に来とるんじゃ、あのバカ勇者は!?」
カノンが小さく「東の方角……魔王領ですね」と補足する。
アークは鼻息を荒くした。
「そうじゃ! 本来なら命を懸けて東に進むべきじゃろうが!
それを“性能テスト”とか言って西で刀振り回すとは何事じゃ!
……おのれ、尻拭いの匂いしかしないのう!!」
しゃもが冷静に突っ込む。
「アーク様、声がだんだん勇者の討伐演説みたいになってます」
「うるさいわい! わしはもう“勇者の尻拭い業”を引退したいんじゃ!」
グランは苦笑しつつも、重い口を開いた。
「……まあ、その尻拭い、今回も頼むことになるかもしれん」
アーク:「ぴぇぇぇ……もう始まっておるのか、このパターン……」
「最初は、ただの自慢だと思ってたんだ。
けどな、奴は王に許可も取らず、ドワーフたちの鍛冶場に押しかけた。
“最高の鉄が集う国なら、ちょうどいい試し斬り台だ!”ってな」
しゃも:「嫌な予感しかしませんね」
「鍛冶師たちが止める間もなく――
奴は聖剣を抜き放った。
“これが勇者の一閃だ!”って叫んでよ……」
グランの拳が震える。
「その一撃が、光になって――街ごと包んだんだ。
聖剣の魔力波が暴発してな……金属も、魔石も、そして人間も……全部が“魔力障害”を負った」
アークの笑みが消える。
「……つまり、魔力の過剰干渉で、体内のバランスが壊れたんじゃな」
「そうだ。
俺の娘もその波に巻き込まれた。
体が徐々に石のように硬くなっていく“石化症”。
医者も薬師もお手上げで、唯一の希望が“伝説のクリスタル”だって言われた」
アーク:「ふむ、“伝説の”とは……うさんくさい響きじゃな」
カノンは拳をぎゅっと握る。
「そんな……かわいそうです……!」
しゃも:「まさに“聖剣の副作用”ですね」
「勇者はどうしたんじゃ」
グランはテーブルを握りしめ、歯を食いしばる。
「“おお、いい切れ味だ!”って笑ってよ……
“街が無事ならいい実験になったな”って言い残して、
そのまま次の国へ行っちまった」
沈黙。
火の音だけがパチパチと鳴る。
カノンは小さく息を呑み、目を伏せた。
「……ひどい……」
しゃもが呟く。
「つまりこの国が魔法を嫌う理由は、“勇者の置き土産”というわけですね」
アークは椅子の背にもたれ、腕を組んだ。
「……なるほどのう。魔法が信用されぬわけじゃ。
光の刃を振るう者が、闇を撒いていったということか」
グランは苦く笑い、肩を落とした。
「それでも娘を……助けたいんだ。
だから“伝説のクリスタル”を探して、借金までして山に行った。
だが、結局魔物にやられて……」
アークは静かにしゃもじを握った。
「わかった。――その娘、わしがなんとかしてやる」
しゃも:「アーク様、また唐突にフラグを立てましたね」
「ふん、黙れしゃも。
勇者が壊したなら、わしが直してやる。
それが“尻拭い屋”の仕事じゃ」
グランの目に、かすかな光が宿る。
「……頼む。あんた、名前は?」
アークはウォッカを一気に飲み干し、
しゃもじを掲げてにやりと笑った。
「アーク・グルメディア。
千年を生きた料理人研究科――そして、しゃもじの料理人じゃ!」
店中が一瞬静まり……
どっと笑いが起こる。
「じいさん、カッコつけるとこそこじゃねぇ!」
「でもいいじゃねぇか、“しゃもじの料理人研究科”! 悪くねぇぞ!」
アークは笑いながら立ち上がった。
「よし、明日――わしらでその“クリスタル”を取りに行くぞ!」
カノンはうれしそうに頷く。
「はいっ! 必ず娘さんを助けましょう!」
しゃも:「……またトラブルに首突っ込みましたね、アーク様」
アーク:「ふん、違うわい! これは善意じゃ。
それに――こういう話のあとには、大抵うまい飯がついてくるもんじゃ」
しゃも:「結局、腹の都合ですね」
カノンは笑いをこらえきれず、ふふっと微笑んだ。
「でも……アーク様がいれば、どんな困難もなんとかなる気がします!」
アークはしゃもじを掲げ、にやりと笑う。
「当然じゃ! わしを誰と心得る!
千年の修羅場をくぐり抜けた――しゃもじの探索家、アーク・グルメディアじゃ!」
しゃも:「あ、また自称が増えました」
グランは呆れながらも笑い、
「……不思議な奴らだな。でも、頼もしい」とつぶやいた。
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