第27話 君の名は
山を三つ、谷を二つ越えた先。
そこには、鉄の匂いと煙が立ちこめる巨大な山脈都市――ドワーフ王国・ガルドロムがあった。
岩肌をくり抜いたような街並み。
あちこちで鍛冶槌の音が鳴り響き、溶けた鉄の匂いと酒の香りが混じっている。
「おおぉ……! この香り! 鉄と油と肉汁の三重奏じゃ! ぴぇぇぇぇ、最高じゃ!」
アークは深呼吸をして鼻を膨らませた。
後ろでカノンが肩をすくめる。
「アーク様……普通の人は、この匂いでむせますよ」
しゃもが冷静に突っ込む。
「この人、“金属アロマ”とか作り出しそうですね」
だが、アークの耳にカノンの真剣な声が届いた。
「……気をつけてください。ここは“魔法使い嫌いの国”です」
「なんじゃと!?」
アークはのけぞるように叫んだ。
「昔、魔導師が“魔法で鍛冶を楽にできる”と言って、ドワーフの誇りを踏みにじったそうです。
以来、魔法使いは入国すら歓迎されてません」
「ぴぇぇぇぇぇ……わし、魔法使いなんじゃが!?」
しゃも:「つまり入国した瞬間に叩き出されるタイプです」
アークは腕を組んでうーんとうなったあと、パッと顔を上げた。
「よし、わしは今日から――料理人じゃ!」
カノン:「……なぜ料理人?」
アーク:「もししゃもが光っても、“調理器具の演出”と言い張れるじゃろ!」
しゃも:「妙に理にかなってるようでかなってないですね」
街の入口には、金属のアーチ状ゲートが設置されていた。
通るたびに魔力感知光が走る。
兵士:「次の者、通れ!」
アークはコック帽を被り、しゃもをフライパンのように腰にぶら下げて列に並んだ。
「(よし……完璧じゃ。わしは老舗の料理人“アーク・グルメリア”じゃ)」
しゃも:「即興で名前作るな……」
そしてゲートを通った瞬間――
ピコーンッ!!
しゃもが爆光。
青い警告ランプがチカチカと光る。
兵士:「魔力反応あり!」
アーク:「ぴぇぇぇ!? ま、待て、違うんじゃ!」
慌てたアークはしゃもを掲げ、早口でまくしたてた。
「こ、これは“しゃもじ型フライパン”じゃ! 魔力熱で温度を自動調整できる! 料理人御用達! 安心安全調理器具なんじゃぁぁぁ!!」
兵士たちはしばらく顔を見合わせた。
一人がぽつりとつぶやく。
「……別に構わん。通れ」
アーク:「え、えぇ? いいのか?」
兵士:「ああ、同族だろう?」
「ど、同族?」
しゃもが小声で言った。
「アーク様、気づいてませんか。今、完全に“ドワーフ扱い”されてます」
アーク:「ぴぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
アークは呆然と立ち尽くした。
確かに――背が低く、長い髭をたくわえ、腰にはしゃもじ型フライパン。
そして腹の前に手を組んで歩く姿。
どう見ても、ドワーフの料理職人にしか見えなかった。
怒りたくても怒れないアークは、顔を真っ赤にしてゲートを通過した。
カノンは後ろでくすくす笑いながら小声で言う。
「でも、アーク様は……かっこいい魔法使いですからね」
アークはピタリと足を止めた。
そして小さく咳払いをして、鼻を鳴らす。
「ふ、ふむ……まあ、それは当然じゃな!」
しゃも:「ちょろいですね、この人」
ガルドロムの街は昼夜を問わず活気に満ちていた。
あちこちの煙突から立ちのぼる蒸気が、赤く灯るランプの光を反射して揺らめく。
鉄と酒の香り、そして人々の笑い声が交じり合う――まるで巨大な工房そのものだった。
アークはしゃもをぶら下げながら、鼻をひくつかせる。
「……ふむ、この香ばしい匂い……絶対どこかでうまいもん煮ておるのう」
カノンが地図を見ながら答える。
「アーク様、食堂街はこの通りを抜けた先です」
しゃも:「もう完全に観光気分ですね」
やがて二人が入ったのは、**『鉄鍋亭』**と刻まれた木製の看板の店だった。
分厚い扉を押し開けると、熱気と笑い声がどっと押し寄せる。
壁には鉄の鍋やハンマーが飾られ、炉の炎が赤く燃え盛っていた。
「おおぉ……これぞ職人の空間じゃ! 鉄と油と酒の香りが混じり合う……まさに文明の極みじゃ!」
アークは感激したように鼻を鳴らす。
隣のカノンは少し引き気味だ。
「アーク様……そんなに嗅いだら酔いそうですよ……」
しゃもがぼそりとつぶやく。
「鉄の匂いでテンション上がる老人、たぶん世界でも二人目くらいです」
アークは席に着くなり、勢いよく手を上げた。
「店主! この国の名物を持ってこい!」
「へい! ドワーフの魂が詰まった“ガルドロム・ウォッカ”と“鉄鍋ミート煮込み”だな!」
やがて分厚い鉄鍋に盛られた煮込みが運ばれてくる。
中では、豆とトマト、それにひき肉がぐつぐつと煮えたぎり、立ち上る湯気が客の食欲を刺激していた。
同時に、銀のグラスに注がれた透明な液体――名物ウォッカも置かれる。
アークは手に取り、光に透かしてうっとりする。
「……ほう、これが“ガルドロム・ウォッカ”か。見よ、透き通ったこの輝き! まるで氷の精霊が宿っとるようじゃ!」
一口、ぐいっと飲む。
「ぴぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 喉が焼けるぅぅぅぅ!! ……うまいっ!!」
店内がどっと湧いた。
「なんだありゃ!? あのじいさん、初見でウォッカ一気だぞ!」
「すげぇな! しかも倒れねぇ! あれぞ“真のドワーフ”だ!」
アーク:「……ど、ドワーフ?」
カノン:「アーク様……気づいてません? 完全に同族扱いされてますよ」
アーク:「ぴぇぇぇぇ!?!?」
しゃも:「まあ仕方ありませんね。背の低さ、髭、そしてその頑丈な腹……完璧です」
アークは顔を真っ赤にして口をもごもごさせた。
「わ、わしは人間じゃ! れっきとした魔法――いや、料理人じゃ!」
「料理も鍛冶も火を扱う! つまり“鉄鍋の兄弟”ってことだろ!」
「そうだそうだ! ドワーフの中にもこんな髭の立派な奴はそうおらん!」
店中のドワーフがグラスを掲げる。
「新入りの兄弟に乾杯だぁぁ!!!」
「ちょ、ま、待ておぬしら誤解――」
「兄弟! 名前は!?」
「ア、アーク……アーク・グルメディアじゃが……」
「よっしゃ! 今日から“鉄鍋アーク”だぁ!!」
店が揺れるほどの歓声。
アークは諦めたようにグラスを持ち上げた。
「……ま、まぁ……飲めば皆、兄弟じゃな」
しゃも:「早いですね諦めが」
アークは顔を真っ赤にしながら、勢いよくミート煮込みをすくう。
豪快に口へ運ぶと、香ばしい肉汁とトマトの酸味が広がった。
「ぬぅ……! このコク! この深み! まるで鉄の魂がスープになっとる!」
しゃも:「鉄の味がするなら失敗では?」
カノン:「アーク様、ソースがひげについてます……」
「気にするな、カノン! ワイルドとはな、こういうことを言うんじゃ!」
パンをちぎり、煮込みに押し当て、肉汁を吸わせて食べる。
アークの手際は見事なものだった。
まるで“戦場での補給”のような勢いで、鍋はあっという間に空になっていく。
しゃも:「……完全に野営食の勢いですね」
カノン:「でも……すっごく幸せそうです」
アークは豪快に笑い、ウォッカをもう一杯。
「ふぅぅ……! これぞ人生じゃ! 鉄と火と酒があれば、わしはどこでも生きていける!」
店主が笑って言う。
「兄弟! その食いっぷり、鍛冶屋でもねぇのに見てて気持ちいいぜ!」
「ふっふっふ、わしは火と鍋を愛する者。職人魂には共鳴するのじゃ」
しゃも:「(今、完全にノッてますねこの人)」
そんな中、カウンターの隅から声がした。
「……おい、新入り。景気よく飲んでるな」
振り向くと、髭を編み込んだ中年のドワーフが、酒瓶を抱えて座っていた。
「……アンタ、見かけねぇ顔だな。料理人か? それとも……鍛冶の流れ者か?」
アークはひげについたソースをぬぐい、にやりと笑った。
「ふむ……どっちかと言えば――しゃもじの戦士じゃな」
店が一瞬静まり、次の瞬間、爆笑が起こった。
「しゃもじの戦士だと!? なんだそりゃ!」
「はははは! 面白ぇドワーフだな!」
しゃも:「完全にドアーフ扱いですね……」
アークはウォッカを掲げ、笑った。
「ま、今夜だけは同胞でもええかのう!」
笑いと火花が弾ける“鉄鍋の夜”は、こうして更けていった。
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