第22話 牢屋飯
静まり返った巨大な書庫。
数千冊の魔導書が整然と並び、月明かりが窓から差し込む。
アークは慎重に棚をめくりながら、しゃもに小声で言う。
「ふむ……古代魔法関連の本はこの辺りのはずじゃが……」
しゃもが光を弱めて照らす。
「タイトルが全部“禁断”“封印”“閲覧注意”って書いてありますね。どれも怪しいです」
「全部読むか」
「読む気満々じゃないですか!」
カノンは緊張しながらも、手伝うように棚をなぞる。
「アーク様、この“封印の記録書”って……」
その瞬間──
ガガガガガガッ!!
棚の奥から金属音が鳴り響いた。
しゃも:「……いまの、何の音でしょう?」
アーク:「わしの腹ではないぞ」
カノン:「アーク様、あれ……!」
本棚がスライドし、奥から巨大な**警備魔像**が現れた。
目に赤い魔力の光が宿り、声が響く。
> 「不正侵入者、発見。排除、開始。」
アーク:「ぬわーーーっ!? なんじゃこのタイミングは!!」
しゃも:「侵入者認識、100%正解ですね」
カノン:「逃げましょうアーク様っ!」
アークは慌てて魔法陣を展開。
「《スモーク・しゃも・カーテン!》」
バフッ!!
煙がもくもくと立ち込め──視界ゼロ。
しゃも:「これ、ただの煙じゃないですか!匂い玉ですよ!」
アーク:「えっ!? 間違えた!!」
鼻を押さえてゲホゲホしながら走り出す二人。
後ろからドドドドッと鉄の足音。
> 「逃走行動、検知。追跡モード、起動。」
「あーく様、スパイ映画どころかコントですよこれ!」
「うるさいっ! スパイも逃げるときはこうなるんじゃ!」
カノンは廊下を駆け抜けながら、魔法で床に小さな火の玉を投げた。
「《ファイア・トラップ!》」
爆発!
床が崩れ、魔像の片足がハマる。
「ナイスじゃカノン!」
「えへへっ、褒められた!」
アークはさらにしゃもを構え、叫んだ。
「《リフレクト・しゃもスラッシュ!》!」
……しかし、ただの「カーン!」という音が響いた。
しゃも:「……普通に金属に当たりましたね」
アーク:「今のは試運転じゃ!」
二人は非常口を突っ切り、月明かりの中庭に飛び出す。
アークは息を切らしながら叫ぶ。
「ま、まさか図書館一つにゴーレムまでおるとは……この国、物騒すぎるわい!」
しゃも:「そりゃあ勇者が石化させた王様の本を保管してるくらいですから」
カノン:「……でも、楽しかったですね!」
「た、楽しかったて……!?」
アークは苦笑う。
「まあよい、命あっての物種じゃ。次はちゃんと昼間に入るとするかの」
しゃも:「昼間はもっと衛兵多いですよ」
「…………」
夜風が吹き抜け、二人のシルエットが静かに闇に消えていった。
騒ぎの末、作戦を立て直す為に、再び牢屋に戻ったアーク。
「作戦を立て直す」という名目だったが、実際は逃げるのが面倒になっただけである。
「ふぅ……やはり静かな牢の方が落ち着くのう。計画は立て直しじゃ」
しゃもが小声でツッコむ。
「捕まり直すのを“落ち着く”って言う人、初めて見ましたけどね」
アークは壁にもたれ、ぼんやりと牢の隅を見やった。
そこには、かつてマフラーを巻いてやった“石像”が静かに立っている。
「お主、まだ寒かろうと思ってのぉ……」
アークは苦笑しながら、石像の首に巻かれたマフラーを直した。
しゃもが呆れ声を出す。
「ついに暑くてボケてきましたか?」
「誰がボケ老人じゃ!」
その瞬間――
マフラーがふわりと光を放った。
ほのかな熱が牢内に広がり、空気が揺らめく。
「……おや? なんじゃこのぬくもりは?」
「アーク様、まさか本当に暖房魔法でも発動したんじゃ……?」
だが次の瞬間、石像の表面にヒビが走った。
ピシッ、ピシピシッ――!
音が響くたびにヒビは広がり、眩い光があふれ出す。
アークはしゃもを掲げ、思わず後ずさった。
「お、おいおい、まさか――!」
ドォンッ!
石の殻が弾け飛び、煙と光の中から一人の男が現れた。
黄金の髪に王冠をかぶり、威厳をまとった姿――まさしく“王”そのもの。
「……う、うむ……体が温かい……? 余は……生きておるのか?」
アークはぽかんと口を開けたまま、しゃもを握りしめる。
「え、えぇぇぇぇ!? まさか、あの石像が前王!? いや、いやいや、偶然じゃぞ!? たまたまじゃからな!?」
しゃもが呆然と呟く。
「まさか……マフラーが封印解除のキーとは……。
“ぬくもりで国家再生”って、新しいジャンルですよアーク様」
王はふらつきながら立ち上がり、アークに視線を向けた。
「そなた……余を蘇らせたのか? 感謝する。そなたこそ、真の勇者であろう」
アークは全力で否定した。
「違う違う違う! わしはただのしゃもじじいじゃ! マフラー編んだだけじゃああ!」
しゃもがぼそりと付け加える。
「まさか“おじいちゃんの夜なべ”が王国を救うとは……歴史に残りますね」
アークは天を仰いだ。
「……わしの人生、どこでこうなったんじゃろうな……」
牢屋の石壁に囲まれた狭い空間。
封印が解けたばかりの王は、腹を押さえて「ぐぅぅぅぅ……」と情けない音を響かせた。
「……腹が……減った……」
アークは眉を上げた。
「詳しい話はあとじゃな。まずは飯でも食って落ち着け。カノン、お主もこっちへ来い」
隣の牢にいたカノンは嬉しそうに頷き、アークの魔法で鉄格子を開けて中に入ってくる。
しゃもが光りながらつぶやいた。
「牢屋の中で料理始める囚人、初めて見ましたよ」
「腹が減っては会話もできん。食は平和の第一歩じゃ!」
アークは収納魔法から食材を取り出す。
「さて、今日の献立は――魔イルドボアの腸詰め、つまりウインナーじゃ!」
懐かしい香りが漂う。
アークはしゃもじをひょいと構え、フライパンを浮かせて魔力で火を灯す。
「ほれ、音を聞け。ジュウジュウ……たまらんのう!」
ジュウゥゥ……ッ!!
牢屋の石壁に反響するのは、ウインナーが弾ける心地よい音だった。
脂が火花のように弾け、香ばしい香りが立ちこめる。
湿っぽく冷たい牢獄の空気が、一瞬で食堂のような温かさに変わっていく。
アークはしゃもじを器用に操り、まるで楽器を奏でるようにリズム良くウインナーを転がした。
「見よ、この黄金色の焼き目を! 食欲の芸術じゃ!」
しゃもがぼそりと突っ込む。
「……牢屋でテンション高いですね。油、はねてますよ」
「料理とは魂の戦じゃ。多少の火傷は名誉の勲章じゃ!」
アークは笑いながらしゃもじをくるりと返し、次に鍋を取り出す。
魔法の火を灯し、そこへ刻んだ野菜と穴ク魔の肉を放り込む。
じっくりと煮込み始めると、牢の中に野菜の甘みと肉の旨味が混ざり合った香りが漂い出した。
「……おいしそう……!」
カノンの瞳がキラキラと輝く。
王も腹を押さえながら身を乗り出した。
「な、なんと……この香りだけで飯が食える……!」
アークはしゃもじを突き出し、誇らしげに言う。
「これぞしゃもじ料理の真髄じゃ! 魔法でも科学でも再現不能の旨味調和!」
しゃもが小さく光ってぼやく。
「いえ、再現は可能です。ただ普通は牢ではやりません」
スープが完成し、黄金色の湯気が立ちのぼる。
アークはしゃもじで鍋を軽くかき混ぜた。
しゃもじが淡く光り、温度と味を最適化する。
「お主、やるのう」 「はいはい、また“神器”として働かされてますよ」
ウインナーも焼き上がり、パリッとした音と共に香りが弾けた。
アークはそれをパンに挟み、しゃもじでパンの表面を軽くあぶる。
ジュッと音が鳴り、焼きたての香りが牢の中に広がる。
「できたぞ! 牢屋特製ホットウインナーと野菜スープのセットじゃ!」
王が恐る恐るかぶりつく。
パリッ……ジュワァァ……!
「う、うまいっ!! 歯を立てた瞬間に、肉汁が溢れるではないかっ!!」 脂のしつこさはまるでない。
舌の上でとろけ、香ばしさだけが残る。
カノンも頬を押さえて感動している。
「サクッとしてるのに……なめらか……! 脂がしつこくないどころか、飲めます……!」
アークはドヤ顔で腕を組み、うんうんと頷いた。
「ふっふっふ、しゃもじ効果で脂の重さを軽減しておる。 つまり――無限に食えるやつじゃ!」
しゃもがため息をつく。
「……健康診断で引っかかるタイプの発言ですね」
「牢に診断士はおらん! 食えるうちに食っておくんじゃ!」
三人は無心で食べ続けた。
王は涙を流しながらウインナーをかじり、カノンは頬を紅潮させてスープをすする。
アークはそんな二人を見て、しゃもじを撫でながら満足げに呟いた。
「……食とは、身分も立場も越えるもんじゃな」
しゃもが静かに返す。
「……ですね。牢屋でも、いい匂いだけは一流です」
石の牢屋に、笑い声と香ばしい匂いがこだました。
まるでそこだけが、別世界のように温かかった。
今回も読んでいただいてありがとうございます。




