第1話 お爺ちゃん
──眩い光の中で、アーク・エルディアは目を覚ました。
「ここは……?」
足元には光の紋様の円陣、見上げれば豪奢な天井。
周囲をぐるりと囲む大勢の人々。王冠を戴く大男──どう見ても王様、その周囲を固める偉そうな連中。
「……なるほど。これが流行りの“勇者召喚”というやつか」
アークは内心で頷いた。
かつて研究の中でこの魔法体系を解析したことがある。異世界から英雄を呼び寄せる古代の大儀式。
つまり、前世で大魔法使いだった自分は今世では勇者として呼ばれた──そう解釈した。
「ふむ……これからの人生は勇者として。悪くないな」
胸の奥がわくわくと高鳴る。だが──
周囲の人間たちの様子が、どうにもおかしい。
ざわざわ……とどよめきが広がる。
王様は額に手を当て、側近は眉をひそめている。
「……おい、これは……どういうことだ」王が低い声でつぶやく。
「陛下……召喚、失敗です」
「なにっ?!」
側近が冷たく告げると、王は露骨にため息を吐き、くるりと踵を返した。
「この者は勇者に非ず! ただの老人だ! 余の国に不要なり!」
その言葉に合わせて、兵士たちが一斉に槍を構える。
重苦しい空気。「ああ、またダメだったか」と言わんばかりの視線。
「……え? ちょっと待て、これ、わし?」
ようやくアークは気づいた。
──召喚された姿が、“おじいちゃん”だったことに。
白髪、しわ、腰の曲がった年齢不詳の姿。
鏡がなくても分かる。周囲の戸惑いは、間違いなくこの外見のせいだ。
「おいおい! 女神よ! ちょっと待て!
ステータスを引き継ぐのはありがたいけど、見た目まで老人引き継ぐって普通ないでしょ?! これじゃ“勇者”どころか、“余生”だろ!」
わくわくしていた心は一気に冷め、アークは祭壇の上で頭を抱えた。
「……場違い感ハンパない」
そのとき、一人の僧侶らしき青年が気まずそうに近づき、小袋を差し出した。
「……これ、ほんの少しですが。宿代にでも……」
「え、あ、どうも……?」
小袋を受け取るやいなや、僧侶はそそくさと立ち去る。
背後では兵士が無言で扉を開け、出口を示していた。
「この者を追い出せ。二度と城に足を踏み入れるな」
王の声が遠くで響き、アークは深いため息をついた。
「いや……なんかすみませんね? ってわしが謝る立場なのか?」
かくして──千年の大魔法使いにして、新たな人生を与えられた男の物語は。
まさかの「おじいちゃん勇者」として、追放令を受けて城を追い出されるところから始まったのだった。
事情など何も告げられぬまま、アークは城を追い出された。
「……いや、説明くらいしてくれよ! 勇者召喚とか言うならマニュアル配ってくれてもいいだろ!」
ぶつぶつ文句を言いながら、まずは頭を整理することにする。
アークは分身魔法を使って自分の姿を観察してみた。
「……やっぱりおじいちゃんかよ」
白髪にしわ、背中はわずかに曲がり、腰には杖のような棒。遠目から見れば剣を差している勇者風だが、近くで見ると完全にご隠居スタイルだ。
「せめて若返り補正とかないのか……城からスタートとか派手に来たと思ったら、これだもんな」
色々思うところはあったが、まずは落ち着いて村か街を探すことにした。
運よく道中で荷馬車に出会い、頼み込んで乗せてもらうことができた。
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活気のない村
到着した村は……活気がなかった。
道を歩く村人たちはどこか疲れた顔をしており、子どもたちの笑い声すら聞こえない。
「……なんか暗いな。いやでも今はそんなの気にしてる場合じゃない! 俺には最優先事項がある!」
──そう、食事だ。
アークは村人に食事処を尋ね、案内されたのは一軒の店だった。
一階が酒場で二階が宿。店主は人の良さそうな中年で、こう言った。
「泊まってくれるなら、料理は少し安くしてやるよ」
「よし、ここに決まりだ!」
アークは即決で宿を借り、待望の食事を頼むことにした。
「メニューは……今ある食材でおまかせ料理、だな」
「構わん! なんでもいいから異世界のご飯を食わせてくれ!」
心を落ち着け、胸を高鳴らせ、料理が来るのを待つ。
やがてテーブルに並べられたのは──
蒸したじゃがいもと、よく分からない雑草のスープ。
「…………」
「……どうぞ、冷めないうちに」
アークはスプーンを手に取り、口に運んだ。
ふわりと広がる、どこか懐かしい風味。
胸の奥に、千年生きたエルフ時代の食卓がよみがえる。
「……ってこれ! エルフ時代と全然変わらないじゃん!!」
テーブルを叩きそうになるアーク。
「まずくはない。いや、むしろ懐かしい。だが、期待していたのは肉とか魚とか豪華なやつだろ! 女神よ、話が違うぞ!」
諦めきれず、アークは店主に尋ねた。
「のぉ、肉とか魚はないのか?」
「……最近は魔物が増えてな。獣も魚も、狩り尽くされちまったんだよ」
「魔物?」
「一年前に勇者様が魔物の巣を潰してくれたんだが……」
「ほう、勇者が」
「だが、そのせいで中にいた魔物が一気に外へ逃げ出してな。勇者様は“巣を潰したから大丈夫だろ”と立ち去ったが……その後の駆除はされず、今じゃこの村の周りは魔物だらけよ」
アークは絶句した。
「……勇者? わし以外にも勇者が?」
どうやら、自分が呼ばれる一年前に別の勇者が召喚されていたらしい。
だがその勇者は、どう考えても“雑な仕事”しかしていない。
「……なるほど。勇者の尻ぬぐい、ってやつか」
アークは深いため息をつき、部屋に戻った。
「……まぁいい。明日、自分の実力を試してみるか」
何やら面倒な世界に来てしまったようだ。
そう思いながら、アークはベッドに横たわった。
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