第18話 強者のオーラ
夜のあいだ、カノンはドラゴンの姿に戻り、アークの寝床をぐるりと囲うように横たわっていた。
その巨体はまるで天然の城壁。月明かりを浴びた鱗は柔らかく光を反射し、冷たい夜気を遮ってくれていた。
アークは土魔法で作った簡易寝床に体を沈めながら、どこか安心しきった気持ちで眠りについていた。
――そして朝。
朝日が地平線を照らし、鳥のさえずりが響く。
アークが目を覚ますと、すぐそばに大きな龍の瞳があった。
「ひぃっ!? ……ああ、カノンか。心臓に悪いのう」
カノンはくすりと笑い、再び人の姿へと変わる。
「おはようございます、アーク様。よく眠れましたか?」
「まあの。……まるで高級宿より安眠できたわい」
立ち上がり、背伸びをひとつ。
アークはしゃもを軽くトントンと叩いてから言った。
「さて、今日から本格的に出発じゃ。魔法の国へ向かうぞ」
カノンは元気よく頷き、笑顔を浮かべた。
「はいっ! 必ずご案内します!」
こうして、アークとカノンの新たな旅路が始まった。
二人が目指す先は――魔法が栄え、知識が集まるという国。
しゃもが小さくぼやく。
「……どうせまた尻拭い案件に巻き込まれる未来が見えますね」
「うるさいわい! 今は飯と酒と、ちょっとした魔法の研究ができれば十分じゃ!」
アークの声は、朝靄の道に響き渡った。
カノンの背に乗り、雲を切り裂くように大空を駆け抜ける。
アークはしゃもを片手に握りしめ、まるで子どものように叫んでいた。
「ひゃっはぁぁぁ! わし風になっとる!」
風を切る爽快感に完全にテンションが上がっていたが――
魔法の国の壮麗な城壁が眼下に見えた瞬間、アークはハッと我に返る。
「……やばっ。このまま行ったら、間違いなく大騒ぎになるやつじゃ」
慌ててカノンに指示を出し、一旦街から少し離れた森へ降下した。
地に足をつけた途端、アークは膝に手を置いて深呼吸する。
「……完全に浮かれすぎておったわ。反省じゃ反省」
カノンは苦笑いを浮かべつつ人の姿に戻り、隣に並んで歩き始めた。
森を抜け、街へ続く道を歩いていたそのとき。
遠方から「ドドドドッ」と馬蹄の音が迫り、土煙が舞い上がる。
大勢の兵士が馬にまたがり、列を成して近づいてくるのが見えた。
アークとカノンの前で馬を止めると、先頭の指揮官らしき人物が声を張り上げる。
「おい! この辺りにドラゴンが飛んで来なかったか!?」
「ひ、ひぃっ……」
アークは顔をひきつらせ、しゃもを両手で握りしめながら大慌てで手をバタバタさせる。
「そ、それがのぉ! ドラゴンに襲われそうになったんじゃが、どこからともなく現れた勇者っぽい人が助けてくれての!
で、そのドラゴンは西に逃げていったんじゃ! 勇者っぽい人も追いかけて行ったんじゃよ! ほんとに!」
尋常ならざる焦りっぷりに、兵士たちは思わず顔を見合わせる。
だが、その挙動不審さを「本当に襲われて怯えている」と誤解してしまった。
指揮官は真剣な顔で頷き、手綱を引いた。
「分かった! ここはまだ危険だ。早く街まで逃げなさい!」
そう言い残し、兵士たちは再び土煙を上げながら駆け抜けて行った。
静けさを取り戻した街道で、アークはしゃもを睨みつける。
「……わし、今、完全にやらかしとらんかったか?」
しゃもが小さく震え、落ち着いた声を響かせる。
「言い訳自体は下手くそでしたが……動きと挙動が“襲われた人そのもの”で、お見事でした」
「やかましいわい!」
カノンは純粋な瞳でアークを見つめ、にこっと笑う。
「アーク様、お見事でした。本当に……勇者っぽかったです!」
「いや、勇者っぽくないほうが助かるんじゃが……」
アークのぼやきは、青空の下で虚しくかき消えた。
ドラゴンの件で検問をすり抜けることができたアークとカノンは、難なく下街へ入ることができた。
アークは内心ホッと胸を撫でおろす。
「(ふぅ……持ち金ギリギリじゃったから、門で金を取られたら危ういところじゃったわい)」
街へ足を踏み入れると、そこは活気に満ちていた。
露天商では水魔法で宝石を磨き、屋台では火魔法で串焼きを焼き、風魔法で看板を宙に浮かせる者までいる。
まさに「魔法が生活に根付いた国」そのものの景色だ。
アークは腕を組み、しゃもを片手に堂々と胸を張って歩き始める。
顔つきは威厳に満ち、鼻はツンと高い。
「(ふふん……わしの方がよほど魔法の本質を知り尽くしておるわ! わし昔は偉かったんじゃもん! わしのオーラ、分かるかのう?)」
街ゆく人々が、ちらちらとアークを振り返る。
アークはそれを見てますます自信を深める。
「(おお……なかなか見どころがあるのう。この街の者ども、わしの偉大さを肌で感じ取っとるわけじゃな!)」
実際は「背の低い老人が、しゃもじを掲げて妙に誇らしげに歩いている」姿に目を引かれていたのでわなく、街ゆく人々の視線は――その隣を歩くカノンへ注がれていた。
街行く者たちは、思わず振り返り、ひそひそと声を漏らす。
「なんて綺麗な娘さんだ……」
「どこの貴族の子かしら……?」
もちろんアーク本人にその自覚はない。
やがて、一軒の宿屋にたどり着いた。
木造二階建ての落ち着いた雰囲気の宿で、玄関には「旅人歓迎」の札が掲げられている。
アークは懐の袋を開け、数える。
「銀貨……十枚。ふむ……二人分となると心許ないのう」
意を決してカウンターへ進み、店主に声をかけた。
「店主! わしら二人、ここに泊めてもらいたいんじゃが……これでどうじゃ?」
アークは銀貨十枚を差し出し、しゃもをコンッとカウンターに立て、オーラ全開で店主を睨みつけた。
まるで「偉大なる大魔法使い様に値切りを許すのは当然じゃろう?」と言わんばかりに。
店主は腕を組み、しばし沈黙。
にらみ合いの空気が流れる。
カノンは隣で「どきどき」しながら様子を伺い、しゃもが小声でぼやいた。
「……交渉ではなく威圧に近いですね」
だが店主の視線はアークではなく、その横に立つカノンに釘付けだった。
「……ほぉ、嬢ちゃん、旅の途中かい? いやぁ可愛らしい……」
カノンは少し頬を赤らめ、ぺこりとお辞儀をした。
「はい。お世話になります」
店主は一瞬でにやけ顔になり、アークへ向き直る。
「特別に……その銀貨十枚で泊まっていいよ!」
「おおっ! やはりわしの交渉術が効いたか!」
アークは勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
しゃもがぼそりと呟いた。
「……交渉術ではなく、カノンの可愛さが勝因ですね」
「なんじゃと!? わしのオーラのせいに決まっとるわい!」
カノンはくすっと笑い、首を縦に振った。
こうして――なんとか今夜の宿を確保することができたのだった。
部屋の準備ができるまで、アークとカノンは宿の食堂へ案内された。
木の梁がむき出しの広々とした空間で、既に旅人たちが席に着き、賑やかに食事をしている。
やがて運ばれてきたのは――
大鍋で煮込んだ豆と野菜のスープ
香草で焼き上げた鶏肉のプレート
そして、香ばしい黒パン
アークは腕を組み、じっと料理を見つめた。
カノンが不思議そうに首をかしげる。
「アーク様、どうされたんですか?」
「ふむ……いやのう。宿飯というのは、その国の民草の生活水準を最も端的に表すものじゃ」
しゃもが即座に突っ込む。
「ただの晩飯を評論家みたいに語らないでください」
アークはしゃもを振り払い、パンをちぎってスープに浸す。
一口含むと……眉がぴくりと動いた。
「……悪くはない。悪くはないが、煮込み時間が半刻ほど足りんのう。
豆の芯がまだ固うて、野菜の甘みが引き出せておらん」
カノンが目を丸くして慌てる。
「えっ、そんなこと分かるんですか!?」
「わしは千年大魔法使いにして、千年妄想食事研究家でもあるからな!」
さらに鶏肉を口に運び、すぐに鼻を鳴らす。
「ふむ、香草はよい。だが火加減が甘いのう……余熱を活かせばもっと肉汁が逃げんのじゃが……」
横でしゃもが小声で皮肉を言う。
「……自分が作った料理と比べてドヤ顔したいだけでしょう」
「黙らっしゃい!」
アークは残りのスープをぐいと飲み干し、最後にパンをかじった。
そして、ため息混じりに呟く。
「まあ……空腹を満たすには十分じゃ。だがな……」
鼻を高くして宣言する。
「わしが作ったほうが確実に美味い!」
そのドヤ顔は、食堂の他の客たちから「誰だこの小さいじいさんは」と不思議そうな視線を集めることになった。
カノンは恥ずかしそうに肩をすくめながらも、どこか楽しげに笑っていた。
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